【完結】天使の愛は鬼を喰らう

大竹あやめ

文字の大きさ
13 / 44
契の指輪

13

しおりを挟む
 帰り道、車の中で二人は、一言も話さなかった。

 鷹使は緋嶺の様子に気付いているのだろう、いつもの冷たい雰囲気ではなく、そっと見守るようなスタンスで運転席にいる。

(本当に、俺が弱ると優しくなるんだから)

 いつも優しくしろよ、とか思うけれど、それはそれで気持ちが悪いので言わないでおく。そして、優しい鷹使に安心している自分がいるのも、黙っておこうと思った。

「……ステーキでも食べに行くか?」

 しかも鷹使はそんな事を言い出すから、緋嶺は素直になれず、窓の外を見る。

「……大野さんにもらった白菜、消費しないといけないだろ?」

 それはそうだが、と鷹使は呟く。しかし次の瞬間、車を急停車させた。

「……っ、なに……っ!?」

「緋嶺!」

 鷹使を振り返った緋嶺は、視界の端でフロントガラスが割れるのを見た。ハッとした時には遅く、続いてお腹に鈍い衝撃がある。

 なにごとだ、と息を詰めた緋嶺は衝撃があったお腹を見た。そこには太い、浅黒い肌の腕が自分の身体を突き刺していて、フロントガラスがあった場所に、人間ではそうそう無い体格の大きな人型が見えた。

 緋嶺は胃から込み上げたものを吐く。べちゃべちゃと音を立てて口から落ちたのは、血だった。鷹使が慌てた様子で緋嶺を呼ぶ。

「……指輪はどこだ?」

「……は……?」

 車のフレームを片手で曲げて、中に身を乗り出して来た大男は、運転席にいる鷹使を睨む。

「この男は指輪共々破壊する。そう族長同士で決めたはずだが?」

 なぜお前が護っている、大男は尋ねた。緋嶺は目線だけそちらに巡らせると、鷹使は数人の角が生えた男に押さえ付けられ、動けないでいる。鬼たちか。それではこれが鬼の族長か。

豪鬼ごうき、コイツに罪はない……っ」

「また押し問答を続ける気かヒスイ。コイツが正気を保てなくなったら、世界が滅びるんだぞ?」

(……指輪? 豪鬼? ヒスイ? 何なんだ? 何の話だ?)

 豪鬼とはこの大男のことか? 鬼の族長は豪鬼というのか、と緋嶺は朦朧とする意識の中で、重たい腕を動かし、突き刺さった腕を掴んだ。緋嶺の両手でも余るほどの太さのそれを、抜こうと力を込める。

「……ぬ?」

 大男は緋嶺が腕を自力で抜き始めたことに驚いたようだ。もう片方の腕を添え支えるが、緋嶺の力の方が強いのか、どんどんそれは抜けていく。

 すると、鷹使のそばにいた鬼たちが悲鳴を上げた。大男も同じで、一気に腕が引き抜かれ、その手が奴の目元を覆った。どうやら鷹使が彼らの目を攻撃したらしい。それと同時に爆風が吹き荒れる。竜巻に巻き込まれたような風圧に息ができなくなると、ふわりと身体が浮いて、一気に辺りが静かになった。

 緋嶺は霞んだ目で見ると、鷹使に抱かれて空を飛んでいるのが分かる。彼の背中には純白の羽があり、時折羽ばたいては前に進んでいた。天使の風を操る力か、と緋嶺は少し咳をする。

「……っ、か……」

 喋ろうとして、ごぽっと嫌な音を立てて出てきたのは言葉ではなく血だ。鷹使は喋るな、とだけ言って地面に降り立った。

 建物に入ってようやく、家に帰ってきたのだと知る。そのまま寝室まで行き布団に寝かされると、珍しく眉を下げた鷹使がいた。

「緋嶺……」

 そっと彼の顔が近付く。唇が触れ合い、緋嶺は酷く安心して全身の力が抜けた。

「緋嶺……緋嶺、ダメだ、寝るな……っ」

 緋嶺の様子を見た鷹使は慌ててまた顔を近付ける。再び鷹使の唇を受け入れながら、緋嶺はどうして彼はこんなにも慌てているのだろう、と思う。いつもは皮肉な笑みをたたえているのに、らしくない、と気分が良くなり、自然と笑みがこぼれた。

「……アンタ……俺に、死んでほしくない……のか……?」

「当たり前だ!」

 鷹使は叫ぶ。しかし、その後に続いた彼の言葉に、比喩ではなく、本当に血の気が引いた。

「サラとの約束が守れなくなる……っ」

(……ああ、そうか……)

 彼はサラの遺言を守ろうとしているだけなのだ。決して、緋嶺自身をまもろうとしている訳じゃない。

 嘘でもいいから、緋嶺が大切だからと言ってくれる人はいないのだろうか? そう思って薄れていく意識を手放そうとする。

「んぅ……っ」

 すると鷹使に唇を噛まれて意識が引き戻された。先程から彼は口付けばかりしているけれど、これは緋嶺から力を抜いた時の応用で、逆に力を送り込んでいるのだと、唇を重ねるごとにハッキリしてくる。

「た……かし……」

「……血が止まっただけだ。まだ無理するな」

 天使の力は万能だな、と緋嶺は内心苦笑する。元々気のコントロールを主にした術に長けているだけあって、自分の力を色んなものに応用できるのはすごいな、と思った。

 しばらく口付けを繰り返し、部屋には濡れた音と湿った息づかいの音が響く。しかし緋嶺の意識はまた落ちようとしていた。

「……ん……」

 甘い声が緋嶺の口から零れる。クラクラする頭で緋嶺は力を振り絞って鷹使の首に腕を回すと、自分でも思っても見なかった言葉が出てきた。

「鷹使……俺の、家族になって……?」

「……ああ」

 切れ切れの息の中そう言うと、鷹使はそう言ってまた口付けをする。緋嶺はその答えに安心し、とうとう意識を落とした。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話

降魔 鬼灯
BL
 ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。  両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。  しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。  コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。  

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

望まれなかった代役婚ですが、投資で村を救っていたら旦那様に溺愛されました。

ivy
BL
⭐︎毎朝更新⭐︎ 兄の身代わりで望まれぬ結婚を押しつけられたライネル。 冷たく「帰れ」と言われても、帰る家なんてない! 仕方なく寂れた村をもらい受け、前世の記憶を活かして“投資”で村おこしに挑戦することに。 宝石をぽりぽり食べるマスコット少年や、クセの強い職人たちに囲まれて、にぎやかな日々が始まる。 一方、彼を追い出したはずの旦那様は、いつの間にかライネルのがんばりに心を奪われていき──? 「村おこしと恋愛、どっちも想定外!?」 コミカルだけど甘い、投資×BLラブコメディ。

勇者様への片思いを拗らせていた僕は勇者様から溺愛される

八朔バニラ
BL
蓮とリアムは共に孤児院育ちの幼馴染。 蓮とリアムは切磋琢磨しながら成長し、リアムは村の勇者として祭り上げられた。 リアムは勇者として村に入ってくる魔物退治をしていたが、だんだんと疲れが見えてきた。 ある日、蓮は何者かに誘拐されてしまい…… スパダリ勇者×ツンデレ陰陽師(忘却の術熟練者)

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

処理中です...