澄んだ声、重なる指先

大竹あやめ

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5 誕生日

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「真澄、こっち来て」

 しばらくして真澄は稜に呼ばれた。立ち上がって彼に付いて行こうとすると、リビングの照明が消される。

「俺の部屋に行こう。戸締り確認してくれる?」

 そう言われて、真澄は玄関の鍵を確認する。稜の部屋は掃除しなくていいと言われていたので、見ることはあっても入るのは初めてだ。二階に上がり、開いていたドアから部屋を覗くと、少しだけ部屋が片付いている気がした。

「ごめん散らかってるけど。隣の部屋のクローゼットに布団あるから持ってきてくれる?」

 真澄は返事をして隣の部屋に行く。言われた通り敷布団を出したが、あとは毛布しかないのでそれだけを持って戻った。

「泊まる? とか誘っといて、客にやらせるなんてな。……ありがとう」
「良いよ。掛け布団がなかったけど、バスタオルとか借りていい?」
「ああうん、もちろん」

 稜に慣れないことをさせると危険なのは、真澄もわかっているつもりだ。最初はこれで一人で食事を作ろうとしていたのだから、無事で良かったと思う。
 真澄はバスタオルを浴室に取りに行って戻ると、稜はベッドに座って待っていた。

「……なんか、稜の部屋入るの初めてだから緊張する」
「なんで?」
「いや、……ちょっと片付けてくれたんだね」
「……一応ね」

 真澄は敷いた布団の上に座ると、部屋を見渡す。六畳程の部屋はベッドと勉強机と、本棚があればいっぱいで、敷布団も端の方は折らないと敷けなかった。見上げた本棚には色んな本があり、点字の本はもちろん、有名作家の本や、絵本、児童書、写真集まである。これは全部稜が読むものなのだろうか。

「これ、全部読んだの?」
「これって?」
「部屋にある本。いっぱいあるね」
「大体は。ルーペ片手に」

 少し視力があることが、稜の読むことへの好奇心を掻き立てたらしい。へぇ、と真澄は単純に感心する。

「真澄、聞いてくれるか?」
「ん? なに?」

 床から稜を見上げると、彼は勉強机の引き出しから、一枚の写真を取り出した。差し出されて見てみると、眼鏡をした幼い稜と、両親らしき人、そして妹らしい女の子が写っている。みんな笑顔で、良い写真だ。

「あ、稜眼鏡してる……」
「そう、小さい時はな」

 稜が言うには、赤ちゃんの時に、かかりつけの医師から目の動きがおかしい、と言われたらしい。その後少し成長しても目が見えていないような行動をしていたのだとか。
 きちんと検査をして出た結果は黄斑部の異常。視野異常と視力低下を伴う遺伝性の病気らしい。
 それを聞いた稜の母親は泣いたそうだ。彼女の家系に同じ病気の人がいたこと。発症していないだけで、稜の妹もその遺伝子を持っていること。自分のせいだと責める母親に、稜は黙っていることができなかった。
 目が見えなくても読める、相手の表情がわからなくても声でわかると、母親に示すようになるのだ。

「でも正直、治療法はないと知って最初は悔しかった。今は受け入れてるけど」
「……」

 真澄は何も言えなかった。時折、心底羨ましそうに「どんな表情で言ってるんだろう」と零していたのは、稜の本音であり、彼の母親には決して言えない悔しさも混ざっていたのだ。
 ――彼が強いと思えるのは、自分も痛みを知っているからこその言葉だからだ。最初は母親に向けた優しさだったのかもしれない。でもそれが成長するにつれ、人間関係の広がりとともに、彼が寄り添いたいと思う人も増えていく。相談をよく受けるというのも、それが要因なのだろうと感じる。
 すると彼にしては珍しく、乾いた笑い声を上げた。

「悪い、湿っぽくなって。なんか真澄には知って欲しくて」
「ううん……」
「見えなくてもこんなことができるぞ、って母さんに見せてたらさ、本を買うことにはお金を惜しまなくなっちゃって」
「ふふ、嬉しかったんだね」

 やっぱり、稜は強くて優しい。真澄は笑うと、彼も笑った。思えば、稜から家族のことを聞くのは初めてだなと思う。

「点字を一緒に勉強しようって言ってくれたのも母さんだし、盲ろう者のコミュニティとか、障がい者が集まるイベントとか、積極的に連れて行ってくれて……」

 なるほど、と真澄は思う。彼は、家族に大事にされていたようだ。
 そして稜は、自分だけが悔しい想いをしたわけじゃない、と感じるのと同時に、自分が知らないところで苦労している人が沢山いると知ったらしい。障がい者と接する機会が少ない健常者は、さらに知らないのは当たり前だと感じた、と稜は言う。それは彼の家族も例外ではなかった。

(だからか……)

 真澄が福祉の勉強をしたいと言った時、知ってもらえるだけで良いと稜は言った。それは少しでも、福祉に関心を持ってもらいたいだけだったのだ。
 彼のアイデンティティが、目が見えないことへの悔しさがきっかけなら、真澄は友人としてそれをサポートする以外はない。どんなことができるのか、何が自分に必要なのか、改めて考える必要が出てきたなと強く思う。

「それで……あー、……これほんと言いたくないんだけど……」

 真面目な話をしていたと思ったら、稜は急に歯切れが悪くなる。見ると彼はガシガシと頭をかいていた。

「今言った、障がい者コミュニティで知り合った奴がさ、真澄を紹介しろって……」
「えっ?」

 思ってもいなかった流れに真澄は驚くと、はあ、と稜はため息をついて項垂れる。珍しい、と思っていると彼は小さな声で「まじアイツ許さん」と不穏な言葉を吐いていた。

「嫌なら断ってくれ。ってか、俺は真澄をアイツに会わせたくない」

 稜がそこまで言うなんて本当に珍しい。でも、その人が誰なのかもわからないのに、嫌も何もないだろうと真澄は思う。

「嫌って言うか……どういう人なの? その人」
「……この間、電話で話してた奴」

 そう言われて思い返した。確か女性で幼なじみみたいな存在で、デリカシーがなくて好奇心の塊と稜は言っていた気がする。しかし、実際に会ったわけじゃないので、やはり嫌かは判断しかねた。

「別に……僕は会ってもいいけど……」

 そんな人がなぜ自分に会いたがるのか不思議だった。稜も、会わせたくなければ黙っていればいいのに、なぜ正直に聞いてきたのだろう?

「真澄、……空気読めよー……」
「……っ、ごめんっ」

 はあ、とさらに項垂れた稜は膝と頭がくっつきそうだ。謝った真澄を稜は睨んでくる。けれどやはり視線は少しズレていた。

「返事がなければ、意思確認した事実を聞きに家に行くからって言われて……」
「……それ、僕が嫌って言ったことにすればいいんじゃないの?」
「アイツの目的は真澄に会うことなんだよ……真澄がいる時間帯を狙って来るに決まってる」

 真澄には、どうしてそこまでその人が会いたがっているのかわからなかったけれど、稜と仲が良い人なら会ってみたい。そう言うと、「仲良くない!」と怒られた。

「異性の俺とも平気で下ネタ話す奴だぞ? そんなの、女として見る方がどうかしてる!」

 真澄は笑う。本当に、稜はその人の話になると慌てる。それが面白くて、真澄もからかってしまうのだけれど。

「稜はそういう話、嫌いなんだ?」
「あ、……いや、好きって言うのも違うだろっ?」

 普通だよフツー! と騒ぐ稜の耳はなぜか赤い。
 内藤といい、真澄の周りには男女関係にだらしがない人が多かった。だから彼氏を寝取られただとか、二股かけているだとか、そういう噂は普通だったなぁ、と真澄は遠い目になる。もちろん、自分はそういう話を噂で聞くだけで、当事者になったことは一度もないけれど。

「前にも話したけど……男女の痴情のもつれは、僕の周りではよくあったよ。……今思えばあんまり治安もよくなくて、モラルも低い地域だったかも」
「……聞きたくない。真澄の口から痴情のもつれとか聞きたくないっ」

 稜は耳を塞ぐふりをする。

「ちょっと、僕を何だと思ってるの? そりゃあ、僕の痴情がもつれたことはないけど……」
「いや、真澄って声が澄んでて綺麗だから、勝手なイメージで……!」

 そう言う稜の耳は赤いままだ。過去に彼女もいたのに、変なところで純情そうなところを見せるな、と真澄は笑った。

「何それ、初めて言われた。稜だって彼女いたんだし、多少は耐性あるでしょ?」
「う……っ」

 明らかに狼狽える稜が面白い。真澄はクスクスと笑うと、稜の頬がどんどん赤くなっていく。

「……ダメだ。もう終わりっ! 寝るぞ!」
「えー、まだ早いよー」

 案の定強引に話を終わらせた稜は、タオルケットを掛けて横になってしまった。そんな姿がかわいいなぁと思いながら、真澄は今の気持ちを正直に話してみる。

「稜、僕……高校の時に執着されてから、恋愛するのが怖いと思ってる」
「……」

 稜は起き上がった。その顔は真剣で、真澄は苦笑する。

「本人はちゃんと言わなかったけど、多分……僕のことそういう意味で好きだったんじゃないかなぁ」

 でも、真澄はきちんと【嫌だ】と言えなかったから、関係が悪化していった部分もあるだろう。だからこそ、今の稜との関係を大切にしたい。

「好かれて嫌だという気持ちはなかったから、恋愛はできる、……んだと思う」
「それって、……確か男だったよな?」

 先程とはうって変わって、真面目に話を聞いてくれる稜。真澄はうん、と頷く。

「僕、人付き合い苦手だから。……距離感バグってるって言われたし、稜こそ、僕が重いと感じたら遠慮なく【嫌だ】って言ってね?」

 重たいのは何も恋愛だけに限ったことじゃない。どんな関係にせよ、片方に重みが寄ればバランスが崩れる。真澄はそれが怖かった。

「なんだよそれ……」

 稜が呟く。

「稜が大切だと思う気持ちはあるんだ。けど、負担にはなりたくないから」

 恋情を友情と履き違えて執着してきた元同級生と、同じことはしたくない。真澄は眉を下げてそう言うと、稜は大きなため息をついてまた項垂れてしまった。

「そんなの、思う訳ない」

 静かに、稜は呟く。彼は顔を上げると、ベッドから降りて真澄のそばに来た。

「俺はもっと真澄と仲良くなりたい。真澄は優しいし、人のこと考え……過ぎることもあるけど。あと飯が美味い」

 もっとワガママ言っていいと思うぞ、と言われ、真澄は笑う。

「人に尽くす系で自分のことを後回しにするからなぁ真澄は」
「そうなの?」
「ほら自覚ない。今日のお祝いだって、お互いにやるってことでやっと納得してたじゃないか」

 そう言った稜は、良いこと思いついた、と口の端を上げる。

「お祝いついでに。真澄のワガママを一つ聞こう」
「ええ?」

 誕生日プレゼントだ、と言う彼に、真澄は戸惑う。食事もケーキも、真澄は十分嬉しかったのに、さらにワガママなんてと思っていると、稜は笑った。

「真澄はもう少し、自分がしたいことを言ってもいいと思う」

 ほら、早く、と急かしてくる稜に真澄は焦り、ますます自分が何を望んでいるのか、わからなくなる。

「ほらほら、十数えるうちに言って。いーち、にーい……」
「あ、えっと! これからも、僕と友達でいてくださいっ!」

 制限時間を設けられ、真澄は咄嗟にそう叫ぶ。やはりわざとだったらしい稜は満足そうに笑うと、真澄のワガママを馬鹿にすることなく頷いた。

「……うん、こちらこそよろしく」

 そう言った彼の声は、これ以上なく優しかった。
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