澄んだ声、重なる指先

大竹あやめ

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8 相手を知ること

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 それから五日後、真澄は田口と稜の世話になりながらもなんとか回復した。申し訳なくて断ろうとしたら、田口も稜も頑として譲らず、それどころか「ちゃんと助けを求めなさい」と田口に強い口調で言われる始末で……反省した。
 田口いわく、数々のご家庭を見てきて、色々な事情があることを知っている、だそうだ。ひょっとして真澄のことも、何かしら勘づいているのでは、と思っていると、彼女は笑ってこう言う。「人の生活は、案外言動に出てるんですよ」と。
 そんなこんなで元通り、一日の終わりに稜の家で仕事をし、少し話して帰る日々に戻った。

「……え? 今日は外で食べるの?」
「うん。だから今日は掃除だけで良い」

 また急に、と真澄はバックパックを下ろす。食事は稜も楽しみにしてくれているのに、作れないのが残念だと思っていると、彼は笑ってこう続けた。

「デートだよ真澄。嬉しくない?」
「……っ」

 真澄の顔が一瞬にして熱くなる。
 想いを伝え合ってからというものの、稜のストレートに言う性格に、真澄は翻弄されっぱなしだ。嫌なことをストレートに言われるとムカつくこともあるけれど、褒める時もストレートだから心臓に悪い。
 そして、こうやってからかってくるのも日常になりつつあった。

「照れてる? かわいいなぁ」

 クスクスと笑う稜の声がくすぐったくて、真澄は肩を竦める。恨めしく彼を見るけれど、楽しそうに笑っているので怒れない。そしてこういう時、彼はわざとらしく言うのだ。

「ほら、嫌なら【嫌だ】って言って?」

 恋愛話で狼狽えていた稜が別人みたいだ、と言って迫力なく睨むと、今度こそ稜は大声で笑う。

「あくまでも友達として聞いてくる真澄に、思わず告白しそうで焦ってた」
「う、……え? ……いつから意識してたの?」

 それは確か真澄が誕生日を迎える前だったはず。そうなると、稜は先に真澄を意識していたことになる。
 すると稜はニヤニヤ笑いを浮かべて、興味を持ってくれるなんて嬉しいなぁ、と言う。嬉しいのは確かだろうけれど、その顔は絶対からかう顔だ、と真澄は一歩引いた。

「真澄と同じ状況でだよ。大学で奴と会った時」
「内藤くん?」

 そう、と稜はなぜか上機嫌だ。

「その前から真澄の声は澄んでて優しいなって思ってたんだ。……奴が気に食わないと思ったし、真澄に名前を呼んでもらったら……」
「あ……」

 そういえばあの時、稜は一人で何かに納得したようだった。そして、笑顔の彼は真澄に指点字で何かを伝えてきた。真澄が【嫌だ】を使いこなせるようになったら教える、と言って。
 真澄は聞いてみたいと思った。【嫌だ】はまだ使いこなせないけれど、稜のことならなんでも知りたい、と。

「あの時……指点字で何て言ったの?」

 そう聞くと、稜は嬉しそうに笑う。自分をわかってくれて嬉しい。まさにそんな表情だ。そしてそんな彼の顔を見てそうか、と真澄は思う。理解されるということは、嬉しいことなんだな、と。人と深く関わろうとしなかった真澄は、その喜びを知らないまま生きてきた。それは環境面も大きく関係しているだろう。

「真澄が……」

 稜は微笑みながら目を伏せる。その優しい表情に、真澄は思わず見惚れてしまった。

「好きになったみたいだ、って……」
「……っ」

 稜の素直な言葉は本当に心臓に悪い。こんなに爽やかに、明るく自分を好きだと言う人は初めてだ。

「り、稜……」

 どうしよう、心臓が大きく動いて爆発しそうだ。思わず胸を押さえると、どうした? と訝しげな稜の声がする。
 真澄はグッとお腹に力を込めて、震えそうになる声を絞り出した。

「やっぱり、そういうこと言うの慣れてるでしょ……」
「え? いや、……普通だろ?」

 真澄は稜を見る。彼は少しも自分の言動に疑問を持っていないようで、不思議そうな顔をしていた。しかしすぐに何かを思いついたようで、「ああ」と苦笑する。

「俺はこうして欲しいって気持ちや要求を、口にしないと助けてもらえないから……環境の違いかも?」
「なる、ほど……?」

 それにしても、稜はやはり嫌味にならないからすごいと真澄は思う。

「ほら、一口に視覚障がい者って言っても、見え方はそれぞれ違うから」

 稜の言葉にそれもそうか、と思った。先天性の病気を患っている人、途中から失明する人、それぞれに背景があって、すべて同じじゃない。家庭環境も、生活環境も違うのだから、相手を理解しようとすることは大事なんだな、と思う。
 そこで、真澄は休んでいた間に考えたことを思い出し、稜に話すことにした。

「稜、僕さ、やっぱり家政士の資格取ろうと思う」
「……うん」

 急な休みだったけれど、稜がそばにいてくれたおかげで生活費を稼ぐという考えから抜け出し、今後のことを考えるきっかけになったのだ。

「それから、いずれはヘルパーの資格も。今は勉強する余裕がないけど」
「それなら、サービス介助士から取ってみるのはどうだ?」

 稜からの思わぬアドバイスに、真澄は目を丸くする。確かにサービス介助士も、稜のような人相手にも役立つ。けれど民間資格だし、と真剣には考えていなかったのだ。

「企業によっては資格取得を勧めてるところもあるし、もし将来違う道に進むとしても、取っておいて損はない。ヘルパーよりは取りやすい資格だし」
「……」

 真澄は稜のその発言に言葉が出なかった。もう今後は家事代行のスタッフとして働こうと思っていたけれど、いきなり間口が広がった感じがしたからだ。

「やりたいと思う気持ちは良いけどさ、選択肢はまだ狭めなくて良いと思う」

 ――本当にこの人にはかなわないなぁ、と思う。真澄の性格と、今の環境も加味してそう言ってくれるのが嬉しくて、思わず笑みが零れた。

「真澄は周りに頼るの下手だから……真面目すぎるし」
「そん、なことはないと思うけどなぁ……?」

 本当に? と笑って聞いてくる稜は疑いの目だ。
「自分の責任でもないのに弁償しちゃうところとか……見てて危なっかしい」
「う……」

 そこは真面目と違う気がするけれど、事実なので何も言い返せない。見えてないでしょ、と力無く反論しても、稜は笑うだけだ。

「……よし、じゃあ外に出るか。掃除は帰ってからお願いするよ」
「あ、うん。わかった」

 稜に促され、真澄も貴重品を持って出かける準備をする。いつも通り肩を掴まれて、稜と一緒に外へ出た。
 まだまだ気温は高いけれど、空は黄昏色だ。綺麗な空、と呟くと、稜も空を見上げる。

「……本当だ」
「見えるの?」
「ぼやけてるけど色はなんとなくわかる。雲や電柱が逆光で影になってたりして、輪郭が出てわかりやすい」
「……そっか」

 そういえば、色がはっきりしたもののほうが見やすいと彼は言っていた。コントラストが高いものなら多少は見やすいのだろう。

「そういえば。珍しいね、外で食べるなんて」
「……まあな」

 いつもなら、今日のおかずは何とすぐに聞くほどなのに、どうして外食しようと思ったのか。真澄は聞いてみるけれど、稜は曖昧な返事だ。それも珍しくて、真澄はどうしたの? と聞いてみる。

「……怒るなよ?」

◇◇

 そう言った稜の言葉の意味を、真澄はファミレスに着いた途端理解した。同じ店だし少し嫌な思いをしたのもあり、さすがに真澄は閉口する。

「ほんっと、この間はごめん!」

 咲和は目の前で申し訳なさそうに両手を合わせ、頭を下げた。

「稜、どういうこと?」

 騙したなという目で隣に座る稜を見ると、彼はこちらを見ない。黙って注文したパスタを食べようとしていた。
 代わりに咲和が話しだす。

「稜から恋愛相談されてたのにも関わらず、試すようなことしちゃって……危うく稜の恋路を邪魔するところだったー」
「え? 恋愛相談……?」
「そう! 稜って見栄っ張りだから、真澄さんの誕生日の食事、どれが良いとかいろいろ……」
「咲和、それは言うなって言っただろ」

 いまいち状況が飲み込めていない真澄は、咲和の話をただ聞くことしかできなかった。稜の制止にも「ほらね」と彼女はどこ吹く風で笑っている。

「健常者と付き合うのも大変だよ? って、同じ立場の先輩から言わせてもらったわけ」
「えっ?」

 意外に思って声を上げると、咲和は「この間いたメンツの一人が私の彼氏」と笑った。

「っていうことは、咲和さんは恋人がいるってことですか……?」
「そう。だから真澄さんが心配することなんて何もないのよ」

 私からすれば稜は戦友。障がい者への理解を広めるための同志なの、と咲和は言う。聞けば彼女も稜も、度々福祉に関するイベントやシンポジウムに参加しているらしい。

「だからって、彼氏とのあれこれを『障がい者の性』って高尚な名前をつけて、俺に話すのはどうかと思う」
「あら、これも立派な題材よ? 私、感覚は残ってるから、下半身不随でも感じられる」

 真澄はなるほど、と思う。彼女は本当に生活を障がい者理解へ全振りしていて、すべて真面目なこととして捉えているだけなのだ。稜が咲和を平気で下ネタを話す人と言っていたのは、このことだったんだな、と。

「稜は夢見がちで見栄っ張り。真澄さん、覚えておいてね」

 まぁ、男は大体そうよねー、と咲和はハンバーグを箸で食べ始める。真澄も、稜がかっこつけたがることは知っているので、曖昧に笑うだけに留めた。ここで稜をからかったら、よくない気がする。当の本人は不機嫌なのか、それとも会話に関心がないのか、黙々とパスタを食べていた。

(いや、関心がないわけじゃないよな)

 同じ目的のために、一緒に行動するような二人だ、多分話は合うのだろう。やはり咲和の言う、戦友という単語がしっくりくるのかもしれない。

「それで? 真澄さんは稜のどこが好きなの?」
「えっ?」
「……っ、ゲホ……ッ」

 唐突な質問に真澄は虚をつかれ、稜はむせた。質問の意味を理解した真澄は、急激に顔が熱くなっていくのを自覚する。
 それを見た咲和は喜んだ。

「あら? あらあらあらー。稜に押し切られたとばかり思ってたけど、真澄さんも満更じゃなかったんだ?」
「咲和……」

 隣で稜が呆れている。でも、真澄はきちんと伝えたいと思った。稜のどういうところが好きで、これからどうしたいのかを。

「僕に、人に認められるような特技があることを、教えてくれた人だよ。稜に出逢って介助って奥が深いなって思ったし、これから勉強したい」

 何ができて、何ができないのかは人それぞれ。それは障がい者に限らずみんなそうだ。真澄も、自分を知る必要がある。そんなことに気付かせてくれた人。

「……やっぱり一番は、料理が美味いって言ってくれる稜のためだけど」

 真澄はそう言うと、咲和は「うわー、ごちそーさまー」と笑った。
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