【完結】好きな人には気をつけろ!

大竹あやめ

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それから、春輝は冬哉とあまり話せなくなってしまった。春輝が話し掛けてもそれとなく離れていくし、話せたとしても、いつもは元気いっぱいに笑っていた冬哉が、曖昧な笑みを浮かべて必要最低限しか話さない。

「木村も強情だよね」

間宮が苦笑する。春輝は次の体育のプールのために着替えていた。

ここのところ冬哉の事を、間宮に聞いてもらっているから申し訳ないと思いつつ、プールサイドに出る。屋内とはいえ、窓ガラスから降り注ぐ強い日差しが肌を刺し、春輝は思わず両腕を手のひらでさすった。

「どうしたの?」

「いや、オレ日に焼けると赤くなるから……すでに日差しが痛い」

間宮は苦笑する。

「屋内でもだめ? 春輝肌白いもんね。……こっちの日陰にいたら?」

間宮に日陰に促され、少しホッとした。背格好はそっくりなものの、間宮の肌は健康的で強そうだ。羨ましいと思いつつ見ていると、間宮は意外としっかりとした体つきをしている事に気付く。

「何? そんなに見られると穴が開くよ」

間宮がクスクス笑いながら言った。春輝はいや、と両手を振る。

「意外と鍛えてるんだなって」

「うん。俺、すぐに太っちゃうんだよね」

中学生の時は本当にデブで醜かったんだよ、と笑う間宮。

(何だろう? 間宮は時々言葉遣いがキツいんだよな……)

春輝はそんな間宮に少し違和感を感じながら、でも普段は優しいから、と気にしない事にした。それを言うなら、貴之の方がよっぽどキツい。

(あ、冬哉……)

今日は水泳のカリキュラム消化のための授業なので、学年で一斉にプールだ。

春輝は冬哉を見ていると、向こうもこちらに気付いた。けれど春輝の視線から逃れるかのように、他の生徒の陰に隠れてしまう。背が低いから余計に、生徒の陰に隠れてしまうと見つけられない。

「そんなに木村が気になる?」

間宮の声がして、春輝はハッとした。

「だって、春輝から話し掛けても逃げられるんでしょ? だったらもう放っておいたら?」

「う……ん、でも、やっぱりちゃんと話したいよ」

そう、と間宮はため息混じりに呟く。彼は放っておけと言うけれど、春輝は冬哉とはこのままではいけない気がして、根気よく話し掛けよう、と心に決めた。


 ◇◇


その日一日の活動を終えて、夕食も摂り、春輝はいつものように就寝までダラダラ過ごす。貴之はいつものように先に風呂に入り、また机に向かっていた。

「一之瀬、そろそろ風呂に入れ」

貴之がこちらに顔を向けずに言う。春輝ははいはい、と返事をすると、洗濯済みの山から着替えを取り出そうとした。

(…………あれ?)

春輝の背中にゾクッと嫌な予感が走る。

先週洗ってそのまま置いたので、替えはあるはずだ。なのに下着が既に足りなくなっている。

(何で? ランドリー室は乾燥までやるから、洗濯機に取り残さない限り、減らないよな?)

あの時ちゃんと確認して全部出したはず。

そこまで考えて出てきた可能性に、春輝は冷や汗が出た。

(先週……冬哉と話してて……いやいやいや!)

何かの拍子に失くしただけだ。春輝はそう思い込む事にする。確か予備が何枚かあったはず、と思って立ち上がると、貴之が声を掛けてきた。

「どうした?」

何でこんな時に声掛けてくるんだよ、と春輝は慌てて誤魔化す。

「い、いやっ、何でもないっ」

下着が無い……盗まれたなんて考えたくなかったし、人に、特に貴之には知られたくなかった。恥ずかしいし、おおごとにはしたくない。

春輝はストックを取り出し、風呂に入る。肌がゾワゾワして気持ち悪くて、いつもより念入りに身体を洗った。

風呂から出ると貴之が点呼に行くといって部屋を出ていった。春輝は思い立って、自分の持ち物を一度確認してみる。怖いけれど、知らないのはもっと怖い。

(下着だけ? ……いや、カバンに付けてたキーホルダーが無い)

さすがにキーホルダーは落としたのかもしれないけれど、疑わずにはいられない。

(いつ失くしたか分からない物なんて、気にする必要無いはずなのに……)

春輝は胸を押さえた。心臓が大きく脈打っている。

誰が、何のために?

もしかして、シャーペンとハンカチも失くしたんじゃなくて、盗まれた?

「……っ」

春輝は慌てて私物を元に戻すと、ベッドに入って布団を頭から被った。

(え? 何で? 何でオレ? 下着なんて盗んで、何するんだよ?)

布団の中で春輝はギュッと目を閉じる。ここは男子校だ、当たり前だが男しかいない。万が一盗まれたのだとして、犯人も、目的も分からないから、怖かった。

その日はあまり、眠れなかった。


 ◇◇


「おい、起きろ」

あっという間に朝になり、いつもの声で春輝は飛び起きる。

「……っ、朝!?」

春輝の反応に、貴之は眉間に皺を寄せた。

「随分寝起きが良いな。ちゃんと眠れたのか?」

「あ! うん、もうぐっすり!」

「……」

春輝は誤魔化すと、貴之はため息をついて部屋を出ていった。重い身体を動かすと、制服に着替えて部屋を出る。そして食堂で朝食をかきこみ、教室へと走った。

しかし寝不足のせいなのか、階段を上がる途中でチャイムが鳴ってしまう。嘘だろ、と叫んで教室に入ると、担任が既に出席を取っていた。

「一之瀬、遅刻なー」

(マジか……)

春輝はガックリ肩を落とす。貴之に何て言われるか、想像するだけで今から頭が痛い。

「今日は間に合わなかったね、珍しい」

何かあったの? といつものように間宮がやって来た。春輝はかろうじて、笑顔を浮かべる。

「ってか、本当に何かあった? 顔色悪いよ?」

彼は春輝の顔を心配そうに覗き込んできた。

いっそ、間宮に相談してみようか? そう思いかけて止めた。真面目な間宮なら、すぐに貴之に相談しろと言うだろう、おおごとになるからそれは嫌だ。

チャイムが鳴る。

「無理だと思ったらすぐに言えよ?」

そう言い残し、間宮は自分の席に戻って行った。


 ◇◇


その日の授業は大半を寝て過ごし、罰則を受けるために部活を休んで寮に戻った。

案の定、貴之は春輝の顔を見るなり、睨んでくる。眼鏡の奥の強い瞳に、春輝は肩を竦めた。

「ったく、何のために毎日起こしてると思ってる?」

「……はい、ゴメンナサイ……」

じゃあとりあえず、玄関ホールの掃除な、とホウキを渡される。貴之は下駄箱の掃除だ。

「……何があった?」

「え?」

いきなり話しかけられて、春輝は聞き返す。貴之は掃除をしながら、こちらを見ずに話した。

「昨日、眠れなかったんだろ。何があったんだ?」

「……」

春輝は言葉に詰まる。何故気付いた、と思うのと同時に自分でも思い出したくない内容なので、何も言えずにいると、まあいい、と貴之は春輝のホウキを取り上げる。

「え、ちょっと、掃除は?」

そのまま貴之は掃除用具を片付け始めたので、こんな軽く済ませて良いのかと言うと、掃除のパートさんがいるから綺麗だろ、と足を進める。

「随分いい加減なんだな寮長さん」

こんないい加減な罰なら、寮則もあって無いようなものだ、と春輝は貴之を睨む。

「なんとでも言え。それよりお前の抱えてる問題の方が重大と見た」

そっちを先に解決しないと、また同じ事の繰り返しだと言われ、春輝はぐうの音も出ない。
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