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悠には、小さい頃の記憶があまりない。
母親や、六つ離れた姉が言うには、生まれたときから清盛と遊んでいて、兄弟みたいに育ったという。
一時期人を怖がって、清盛すら避けた時があったみたいだが、それも覚えてはいなかった。
そして、そんな話を清盛とはした事がない。彼にとってどうでも良いことなんだと、悠は判断した。
二学期になって、そんなことをぼんやり考えたのは、清盛に新しい彼女ができていて、その子が幼稚園の頃の清盛の話を聞きたがったからだ。
遊園地へ一緒に遊びに行ってできた新しい彼女、井上まりんは、とにかく休み時間があれば清盛のところに来て、ベタベタして過去の話を聞きだそうとする。
今までも清盛に彼女がいた時期もあったし、初めのうちは良かったのだが、人前で腕を組んだり、キスしそうな距離で話したりを見せ付けられては、嫌になってくる。
今日も昼休みが始まるなり、廊下にまりんの姿を見つけ、うんざりした。
実はそれとなくまりんと一緒にならないように避けていたのだが、そろそろ口実もなくなってきた。どうしようかと迷っていると、清盛に呼ばれる。
「悠ー、昼飯食うぞー」
気は進まないが、「今行く」と言いかけたところを、藤本に止められた。
「たまには二人で食べろよ。俺ら渡り廊下で食うから」
行くぞ、と先に歩き出す藤本を怪訝に思いながら、これで口実ができた、と後を付いていった。
しかし、今日の藤本の態度はいつもの彼とは違う。イライラと廊下を踏み歩き、屋外の渡り廊下に着くと、ドカッと勢いよく腰を下ろした。
「あの、藤本?」
「いいからお前も座れ」
高圧的な物言いに逆らえず、素直に腰を下ろす。
そういえば、清盛抜きでこうして話をするのは初めてかもしれない、とぼんやり思う。
無言で昼食のパンをかじる藤本は、イライラしつつも、何か考えているようだ。
「この際だから、ぶっちゃけるぞ」
決意したように顔をこちらへ向けると、神妙な面持ちの藤本がいた。
「お前、清盛の態度にムカつかないのか?」
いきなりの切り出しにきょとんとしたが、じっと見てくる藤本を見ていて、そういうことか、とうなずいた。
きっと友達だからと大分フラストレーションを溜め込んでいたのだろう、悠もまりんたちのいちゃつきに辟易していたし、かといってこの手の話は本人たちが自覚しないと、自粛しようがない。
「ああ、確かにイチャイチャしすぎだよね」
自分だけではなかった、と安堵して苦笑すると、藤本はさらに表情を険しくした。
「だから、何でお前笑ってるんだよ? 俺、清盛があんな裏切りする奴だと思わなかった」
藤本の物言いに、すこし物騒なものを感じて、悠は落ち着けと言った。
彼は基本、人をからかいはするが穏やかで、裏切りなんて言葉を使うような人ではない。
「裏切りって……いつ清盛が裏切ったんだよ?」
「だって! 恋人の目の前で二股かけるか、普通?」
そこで悠は何かがおかしいことに気がついた。
会話がかみ合っていない気がする。悠は、友達の目の前で彼女といちゃつき、友情より恋を取る清盛は裏切り者だ、と彼は言っていると思っていた。
「ちょっと待って。意味が分かんない」
本気できょとんとする悠の態度にもイラッとしたのか、藤本は吐き捨てるように言った。
「だから、俺もこれ言うのに相当勇気出してんだから、正直に言えよっ。恋人に、目の前で浮気されて腹立たねぇのかって!」
「…………え?」
悠は、言葉の意味をすべて理解する前に、反射的に冷や汗をかいた。今の藤本の話によると、清盛の恋人は、悠ということになる。
「ち、違うからっ! 俺ら、そんな関係じゃないよっ」
第一男同士だし、俺みたいなのと付き合っても何のメリットもないだろ、と慌てて否定する。
「へ? 違うのか?」
今度は藤本がきょとんとする番だ。彼の顔からあっさりと険が取れ、そうなんだ、と納得したようだ。
(あ、焦った……)
確かに恋人関係ではないが、悠には一方的な恋愛感情がある。
普段の異常な仲の良さからそう推測したみたいだが、鋭い意見に図星をさされ心臓がバクバク言っている。
しかし、藤本の次の言葉で、悠の心臓は破裂しそうになった。
「でもお前、清盛のこと好きだろ?」
「…………っ」
藤本は真面目な顔で、じっとこちらを見ている。
いつものからかう顔ではなく、これだけは確信している、という顔だ。
何も言えない悠に対して、今度は苦笑すると、ここまで来たなら全部話すな、と続けた。
「清盛にさ……聞いてたんだよ、お前が女嫌いだってこと。ってか、あいつ、お前のいないところでお前の話ばっかしてるんだよ。だからさっきみたいな勘違いしたんだけど」
藤本の話によると、悠と初めて会ったときから、ヤバイ奴だと思ったらしい。
人を寄せ付けず、完全な壁を作って人と接するくせに、表情、仕草、どこか厭世的なそれに色気が乗り、人を惹きつけてしまう。
その気がある人なら、力ずくでその壁を崩して屈服させたい、と思わせるタイプらしい。
藤本の周りには、性癖について非常におおらか且つマイノリティー溢れる連中が多かったため、同性に恋をする程度じゃ驚かないらしい。
「そんな、どうしようもなく人を惹きつけるお前が女嫌いときた。でも男が好きだという雰囲気もない。それで、観察してたら清盛だって思ったわけ」
「な、何で?」
全身の毛穴が開いたようで、噴き出す汗が止まらなかった。
袖で額の汗を拭うと、乾いた口の中をお茶で潤す。
時々刺さるような視線をくれると思っていたら、やはりコイツは見抜いていたか、と逃げられないことを悟った。
常にどこか諦めている雰囲気のある悠は、清盛が絡むときだけ表情が付く。
たまたま身近にいたから、それが顕著に感じられた、というのが藤本の意見だ。
悠としては隠し通しておきたかったが、しかし胸のうちを暴かれて、少しすっきりしている部分もあった。
「清盛は基本的に人が好きだろ? おまけに楽しけりゃいいって性格してる。正直あまり褒められない付き合いをしてる彼女もいた。……お前も苦労するよな」
そう言って悠を見た藤本は、だからと言って放っておけないから困るよなぁ、と付け足した。
「さ、早く昼食っちまおうぜ。俺の思ってることは言えたけど、お前のことも聞きたい。勿論、話せる範囲でな」
正直藤本がここまで突っ込んでくるとは思わなかった悠は、初めての理解者に、嬉しくて泣きそうになるのを堪えなければならなかった。
母親や、六つ離れた姉が言うには、生まれたときから清盛と遊んでいて、兄弟みたいに育ったという。
一時期人を怖がって、清盛すら避けた時があったみたいだが、それも覚えてはいなかった。
そして、そんな話を清盛とはした事がない。彼にとってどうでも良いことなんだと、悠は判断した。
二学期になって、そんなことをぼんやり考えたのは、清盛に新しい彼女ができていて、その子が幼稚園の頃の清盛の話を聞きたがったからだ。
遊園地へ一緒に遊びに行ってできた新しい彼女、井上まりんは、とにかく休み時間があれば清盛のところに来て、ベタベタして過去の話を聞きだそうとする。
今までも清盛に彼女がいた時期もあったし、初めのうちは良かったのだが、人前で腕を組んだり、キスしそうな距離で話したりを見せ付けられては、嫌になってくる。
今日も昼休みが始まるなり、廊下にまりんの姿を見つけ、うんざりした。
実はそれとなくまりんと一緒にならないように避けていたのだが、そろそろ口実もなくなってきた。どうしようかと迷っていると、清盛に呼ばれる。
「悠ー、昼飯食うぞー」
気は進まないが、「今行く」と言いかけたところを、藤本に止められた。
「たまには二人で食べろよ。俺ら渡り廊下で食うから」
行くぞ、と先に歩き出す藤本を怪訝に思いながら、これで口実ができた、と後を付いていった。
しかし、今日の藤本の態度はいつもの彼とは違う。イライラと廊下を踏み歩き、屋外の渡り廊下に着くと、ドカッと勢いよく腰を下ろした。
「あの、藤本?」
「いいからお前も座れ」
高圧的な物言いに逆らえず、素直に腰を下ろす。
そういえば、清盛抜きでこうして話をするのは初めてかもしれない、とぼんやり思う。
無言で昼食のパンをかじる藤本は、イライラしつつも、何か考えているようだ。
「この際だから、ぶっちゃけるぞ」
決意したように顔をこちらへ向けると、神妙な面持ちの藤本がいた。
「お前、清盛の態度にムカつかないのか?」
いきなりの切り出しにきょとんとしたが、じっと見てくる藤本を見ていて、そういうことか、とうなずいた。
きっと友達だからと大分フラストレーションを溜め込んでいたのだろう、悠もまりんたちのいちゃつきに辟易していたし、かといってこの手の話は本人たちが自覚しないと、自粛しようがない。
「ああ、確かにイチャイチャしすぎだよね」
自分だけではなかった、と安堵して苦笑すると、藤本はさらに表情を険しくした。
「だから、何でお前笑ってるんだよ? 俺、清盛があんな裏切りする奴だと思わなかった」
藤本の物言いに、すこし物騒なものを感じて、悠は落ち着けと言った。
彼は基本、人をからかいはするが穏やかで、裏切りなんて言葉を使うような人ではない。
「裏切りって……いつ清盛が裏切ったんだよ?」
「だって! 恋人の目の前で二股かけるか、普通?」
そこで悠は何かがおかしいことに気がついた。
会話がかみ合っていない気がする。悠は、友達の目の前で彼女といちゃつき、友情より恋を取る清盛は裏切り者だ、と彼は言っていると思っていた。
「ちょっと待って。意味が分かんない」
本気できょとんとする悠の態度にもイラッとしたのか、藤本は吐き捨てるように言った。
「だから、俺もこれ言うのに相当勇気出してんだから、正直に言えよっ。恋人に、目の前で浮気されて腹立たねぇのかって!」
「…………え?」
悠は、言葉の意味をすべて理解する前に、反射的に冷や汗をかいた。今の藤本の話によると、清盛の恋人は、悠ということになる。
「ち、違うからっ! 俺ら、そんな関係じゃないよっ」
第一男同士だし、俺みたいなのと付き合っても何のメリットもないだろ、と慌てて否定する。
「へ? 違うのか?」
今度は藤本がきょとんとする番だ。彼の顔からあっさりと険が取れ、そうなんだ、と納得したようだ。
(あ、焦った……)
確かに恋人関係ではないが、悠には一方的な恋愛感情がある。
普段の異常な仲の良さからそう推測したみたいだが、鋭い意見に図星をさされ心臓がバクバク言っている。
しかし、藤本の次の言葉で、悠の心臓は破裂しそうになった。
「でもお前、清盛のこと好きだろ?」
「…………っ」
藤本は真面目な顔で、じっとこちらを見ている。
いつものからかう顔ではなく、これだけは確信している、という顔だ。
何も言えない悠に対して、今度は苦笑すると、ここまで来たなら全部話すな、と続けた。
「清盛にさ……聞いてたんだよ、お前が女嫌いだってこと。ってか、あいつ、お前のいないところでお前の話ばっかしてるんだよ。だからさっきみたいな勘違いしたんだけど」
藤本の話によると、悠と初めて会ったときから、ヤバイ奴だと思ったらしい。
人を寄せ付けず、完全な壁を作って人と接するくせに、表情、仕草、どこか厭世的なそれに色気が乗り、人を惹きつけてしまう。
その気がある人なら、力ずくでその壁を崩して屈服させたい、と思わせるタイプらしい。
藤本の周りには、性癖について非常におおらか且つマイノリティー溢れる連中が多かったため、同性に恋をする程度じゃ驚かないらしい。
「そんな、どうしようもなく人を惹きつけるお前が女嫌いときた。でも男が好きだという雰囲気もない。それで、観察してたら清盛だって思ったわけ」
「な、何で?」
全身の毛穴が開いたようで、噴き出す汗が止まらなかった。
袖で額の汗を拭うと、乾いた口の中をお茶で潤す。
時々刺さるような視線をくれると思っていたら、やはりコイツは見抜いていたか、と逃げられないことを悟った。
常にどこか諦めている雰囲気のある悠は、清盛が絡むときだけ表情が付く。
たまたま身近にいたから、それが顕著に感じられた、というのが藤本の意見だ。
悠としては隠し通しておきたかったが、しかし胸のうちを暴かれて、少しすっきりしている部分もあった。
「清盛は基本的に人が好きだろ? おまけに楽しけりゃいいって性格してる。正直あまり褒められない付き合いをしてる彼女もいた。……お前も苦労するよな」
そう言って悠を見た藤本は、だからと言って放っておけないから困るよなぁ、と付け足した。
「さ、早く昼食っちまおうぜ。俺の思ってることは言えたけど、お前のことも聞きたい。勿論、話せる範囲でな」
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