【完結】その声を聴かせて

大竹あやめ

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「は? 今日の夜本番出てくれって?」

次の日の昼、友人の鳥羽晶とば あきからの電話に、真洋は声を上げた。

「うん、急に店長から頼まれてさぁ。どうせ夜は空いてんだろ?」

失礼な言い草にムカついたが、その通りなので黙っておく。

「だからって急すぎるだろ。しかもお前はジャズ専門。俺はクラシックメインでジャズの経験なんて無いに等しいぞ」

ひとくくりに音楽と言っても、ジャンルごとに演奏法は大きく違う。

晶も演奏家なら、その辺は理解しているものだと思っていたのだが。

「前からやってみたかったんだよね、俺のピアノとお前のトランペットで合わせたらどうなるか」

どうやらこちらの意見を聞くつもりは無いらしい。晶の声は、明らかにワクワクしていた。

「……晶、人の話聞いてるか? 面白がってねーよな?」

「えー? 何が?」

この性悪! と内心悪態をつく。晶はことあるごとに真洋を困らせて、その様子を楽しんで見てるのだ。

「何だよ真洋、あれこれ文句言ってても、結局いつもそれなりにこなしてるだろ?」

思いがけない褒め言葉に、真洋はむず痒さを覚えた。

口が悪いが、思ったことを真っ直ぐに言う晶は、裏表が無くて憎めない。

「分かった分かった、やれば良いんだろ!? 合わせの時間は充分有るんだろうな!?」

いくらなんでも、練習する時間が無いのでは、到底この話は受けられない。

「さすが真洋。じゃあ今から『Аアー』に来い、待ってるからなー」

「は? 今から? ってオイ!」

真洋は聞き返したが、既に通話は切られており、どこまでもマイペースな晶に呆れたのだった。







「あらー真洋ちゃん、来てくれたのね!」

「店長、こんにちは」

Аアー』で真洋を出迎えてくれたのは、このバーの店長だ。

髭面にスキンヘッド、熊みたいな大柄体型なのにオネェ言葉で、初めて会った時はギャップにびっくりしたなぁ、と真洋は思う。

「ごめんねぇ、ワタシが無理言って晶ちゃんと真洋ちゃんのコラボ見たいなんて言ったから~」

どうやら演奏の依頼主は店長と言うのは、本当らしい。

ここのお店は真洋も晶も常連でお世話になっているので、その恩返し的な感じで晶は依頼を受けたのかもしれない。

バー『А』はこの辺りではゲイの集まる場所として有名だ。いわゆるハッテン場までとはいかないが、ゲイ同士の交流の場となっている。

「真洋、来たか」

スタッフルームから来た晶が側までやってくる。

金髪のロングストレートの髪、白い肌に大きな目、まつ毛も眉毛も金髪に近く、瞳の色も明るめなので、アジア人の血が薄い事が分かる。

黒のロリィタ服に、黒の大きなリボンが付いたカチューシャ、やっぱり黒のオーバーニーソックスにつま先の丸い黒のヒールシューズを履いた晶は、一見すると女の子のようだ。

「どのみちお前は話を受けただろ? 俺に逆らえないしな」

腕を組んで話す晶はニヤニヤとこちらを見ている。

晶には色々と借りがあるので、どうしても言うことを聞いてしまうのだ。

ただ単に、晶が強引だっていうこともあるが。

「そ、れ、に!」

晶は真洋の鼻先を指さす。

「お前、まさかその格好でステージに乗るんじゃないだろーな?」

「いや、もちろん着替えはあるけど……」

晶からメールがあり、衣装は上下黒の服を持ってきた。

急だったので、1度家に帰って取りに行ったのだから、文句を言われる筋合いはない。

「そこじゃねーよ。そのモサモサの髪の毛に、瓶底メガネで出るつもりかって聞いてんの」

「はぁ、俺いつもこんなだし」

「だからお前はいつまでたってもオファーが来ねーの! ちょっとこっち来い!」

晶は真洋の手を取ると、そのままスタッフルームの方へと歩き出す。

「は? 合わせは?」

「そんなの後!」

ちょっと待て、それは非常に困る、と真洋は抵抗する。

しかしこの小柄な体から何でこんな力が出るのか、ビクともしなかった。

そんな2人を見て店長は「目の保養だわー」と笑っている。

スタッフルームに連れてこられた真洋は、化粧台の前に座らされた。

「晶、気持ちは嬉しいんだけど、俺、レッスンの先生で充分食っていけてるから……」

それに練習させてくれ、とお願いするが、晶は聞くはずもない。

勝手にメガネを外され、髪の毛をいじられる。困ったなぁ、と思いつつも、大人しく晶の好きなようにさせた。

「やっぱり! お前、肌綺麗だし素材は良いよな」

ちょっとメイクさせろ、と晶の私物らしいメイク道具をジャラジャラと出してきて、下地とファンデーションを塗られた。

髪も下ろしていた前髪をかきあげ、整髪剤で整えられる。

「よし! 我ながら完璧なビフォーアフターだな。やっぱ真洋はそこらのアイドルよか顔が良い」

満足気な晶に対して、真洋は乾いた笑いを上げるしかなかった。

こんなしがないトランペット奏者が、少々オシャレしたところで、何も変わらないのに。

「じゃあ、そろそろ練習させてくれよ。俺、お前と違って本番に強くないんだから」

晶は生粋の演奏家だと思う。

有名音楽大学を主席で卒業しているし、その名に恥じない実力もあるし、何より場数をこなしている。

中学生の頃からストリートで演奏を始めていた晶は、メンタルも強いし、真洋では到底敵わないと思っている。

ホールに行くと、店長が真洋を見るなり目を輝かせた。

「あらあら! ちょっと、誰かと思ったじゃない!」

もっとよく見せて、と近付いてくる店長に、晶は手を挙げて制止する。

「だめ、お触り禁止」

「なによぉ、ちょっとくらい良いじゃない」

「ダメ。真洋は、今俺が借りてんだから」

誰にも貸した覚えはないぞ、と真洋は思うが、ここで口を開くとめんどくさい事になりそうなので黙っておく。

「しょうがないわね。じゃ、思う存分練習してて、子猫ちゃんたち」

店長は投げキッスをすると、ホールから出ていった。

「バリタチの店長に好きにさせたら、何されるかわかんねー」

「あ、はは……」

思わぬところで店長の性指向を知らされ、真洋は乾いた笑いしか出ない。

それから晶と曲目の打ち合わせと合わせをし、本番を迎える。

告知もしていなかったので客入りはいつも通りだったが、それでも出会いを求めて店にやってきたゲイは多い。

その中の常連何人かに、「え、お前ら演奏できるの?」と盛り上がってくれた。

グランドピアノが置いてあるだけのステージに着くと、大きく息を吐く。

トランペットのピストンを軽く動かし、肩の力を抜く。

このルーティンは、真洋がトランペットを始めた時からのものだ。目を閉じ、意識を切り替えると晶を見た。

晶も準備ができたようだ、頷くと、流れるような音で弾き出した。

曲目はリストの『愛の夢』をジャズ調にアレンジしたものだ。

この曲は、タイトルから想像する甘い恋ではなく、愛せるだけ愛してください、と情熱的な歌詞が付いている。

(俺には当てはまらない歌詞だけどな)

そんな事を思っていると、ステージに近付いてくる人物に気付いた。

スラッと背の高いその人は、こんな所にも関わらずスーツで来ていて、いかにも真面目そうな顔をしている。

この店では絶対モテないタイプだが、真洋にとっては好みのどストライクだった。

(それなら……)

真洋は演奏のアレンジを仕掛けた。晶は真洋と目を合わせると、嬉しそうに笑い、さらにピアノを被せてくる。

(何か、楽しくなってきた)

真洋は心が高揚していくのを感じた。音楽を仕事にしてきて、本番が楽しいと思うなんて、久しぶりだ。
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