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「どういうつもりだよ、アンタ」

控え室に入るなり、真洋は朝日に胸ぐらを掴まれ、壁に押し付けられた。

「注目浴びなかったからって、怒るなよ」

後から部屋に入ってきた晶を、朝日は睨む。

「鳥羽先輩、アンタもグルだったんですか?」

「んな訳ないだろ。晶、お前俺の事知ってて誘ったのか?」

真洋は朝日の手をどけると、意外にすんなり離してくれた。髪の毛をぐしゃぐしゃと元通りにし、晶を睨むと彼は感情の読めない表情で、真洋を見返す。

「お前なら適任だと思った。それだけだ」

「……こうなる事が分かってても?」

「……」

晶は黙っている。朝日は舌打ちして部屋を出て行き、部屋には晶と真洋の2人だけになる。

「俺、人前に出たくないって言ってたよな? なのに話を受けたのは、お前が困ってそうだったからだ」

この意味分かるよな、と真洋は言う。

「ああ、アンタが元True Lightsの真洋だって事は分かってた。でも……」

やっぱり知ってたのかよ、と真洋はカッと頭に血が上るのを感じた。

「だったら! 俺が敢えて目立たないようにしてたのも分かってただろ! なんでわざわざ舞台に立たせようとするんだ!?」

真洋の正体を知ってて、目立ちたくないのも分かってて、敢えて舞台に立たせるのは嫌がらせとしか思えない。

「いつからだ!? いつから分かってた!?」

真洋は感情のままに怒鳴る。こんなに怒ったのは、光と別れた時以来だ。

「初めて会った時から。でも、確信がなかった。……お前のトランペットを聞いてハッキリした」

初めから分かっていたと聞かされて、真洋は頭を殴られたような衝撃を受ける。

今まで隠していた努力は無駄だったのか。

「マジかよ……お前、俺の事落ちぶれたなとか思ってたんだろ」

震える声で真洋は言うと、いつも冷静な晶が、少し傷付いた顔をした。

(何でお前がそんな顔するんだよ)

でも真洋は止まらなかった。

「俺の噂も少しは聞いてたんだろ? 仕事を紹介したのは同情からか?」

「違う! ……俺はお前のトランペットが好きだっただけだ、アイドルやってたのを知ったのはその後で……引退したの、すげーもったいないって思ってたんだよ」

そんな事言われても、本人が望んでいないことをやるのはどうなのか。

「悪いけど、当時を知ってるヤツとは付き合いたくない。じゃあな、晶」

真洋は足早に荷物を持つと、部屋を出る。

晶の呼び止める声がしたが、無視した。

バックヤードから店内へ出ると、ショッピングモールの賑やかさが、とてもうっとうしく感じる。

さっきはあんなに騒いでいた観客も、ちょっと髪の毛で顔を隠すだけで、誰も真洋と気付かない。

歩くことに集中し、周りの音や視覚を大幅にシャットダウンした。

このまま家に帰って寝てしまおう。それがいい。

真洋は楽器ケースを掛け直し、ショッピングモール内の家電量販店の前を通り過ぎた。

『芥川光さん、前々から熱愛報道はありましたけど、そのお相手としっかり愛を育んでいたんでしょうね、ついにゴールインという事で……』

やたら画質が良いテレビの大画面に、芸能リポーターがニコニコ語るのが映され、光の静止画がその後ろのパネルに映されていた。

真洋は思わず足を止める。

『直筆のメッセージも頂きまして、こちらご覧下さい』

画面に光の文字が映される。流麗なそれは確かに覚えのある光の文字で、「この度お付き合いさせて頂いていた女性と、入籍することとなりました」と書かれている。

「え!? 光くん結婚したの!?」

周りにいた女性たちも、報道に驚きテレビに見入っている。

真洋は足を進めた。

(そっか……)

目頭が熱くなる。ダメだと思えば思うほど、視界が揺れて液体が落ちていく。

もうとっくに終わっていた関係なのに、涙が出るのは何故だろう? あんな別れ方して真洋を傷付けておいて、そのトラウマから抜け出せないでいるのに、光だけ幸せになるのが許せないのだろうか。

周りに不審がられないように歩くスピードを上げ、髪の毛でさらに顔を隠してショッピングモールを出ようとした。

「真洋?」

不意に腕を掴まれた。顔は見ていないが声で誰か分かる、和将だ。

顔を合わせないようにしていると、どうした? と聞かれる。

「アンタ……帰ってなかったのか……」

自分でも思ったより弱々しい声が出た。腕を振りほどこうとするが、和将は離さない。

「ごめん、仕事の電話に出たら演奏見られなくて。そうじゃなくて、どうしたんだ? 泣いてるのか?」

和将の優しい声に、真洋はまた目頭が熱くなる。

「離せよ」

「……私には『離すな』って聞こえるけど?」

「いいから離せよ!」

真洋はヤケになって思い切り振りほどいた。手が離れた隙をついて、全速力で走り出す。

「真洋!」

呼び止める声を無視し、がむしゃらに走る。

和将は、追ってこなかった。
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