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第4話
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それから一月半ほど…… 丁度良い剣術の師が見つからず、魂だけの存在となっていた頃、“邯鄲の夢” で知り得た様々な剣技を試していると、機嫌よさげな父が長身瘦躯の男を連れてくる。
「父様、その人は?」
「あぁ、お前に付けてやると言った指南役のサイアスだ」
「初めましてジェオ殿、宜しくお願い致します」
伸ばし放題の長髪をざっくばらんに纏めた美丈夫は王都に向かう商隊の護衛だったらしく、道すがら梟頭の巨大熊を単独で仕留めた腕前など聞きつけ、父が大枚を積んで引き抜いたとの事だ。
何やら、しれっと結構な金額を口にするので、思わず片頬が引き攣ってしまう。
(…… 領民が納めた血税を無駄にしないよう、しっかりと学ぶべきか)
そう自戒して握手を交わしたサイアス氏はやんわりと端整な顔で微笑むのだが、 一切の容赦や呵責がない危険人物だという事はすぐに判明した。
熟練度を確かめると言って何度か木剣で打ち合った後、満足げに見ていた父が屋敷に戻った途端、あくどい感じで口端を歪ませる。
「良いな、あまり快い噂を聞かない悪徳領主の息子、しかもまだ幼いとくれば、児戯に付き合うだけの仕事かと思いきや… 少しは楽しめそうだ」
呵々と嗤いながら、彼は大上段から切り落とした木剣の刃を返し、下段からの薙ぎ払いでこちらの得物を弾いた直後、軽く右膝を掲げると中段蹴りを放った。
咄嗟に飛び退ろうとするも、俺の鳩尾に硬い靴底がめり込む。
「うぐぅうッ‼」
「相手の武器だけに意識を取られるなよ、組討ちは近接戦闘の華だぞ!」
楽しそうに嘯きつつも体勢の崩れた隙を狙い、遠慮なく袈裟に振るわれた剣撃が迫り、掌中の木剣まで叩き飛ばした。
徒手空拳になった事で、ひとまずは此処までかと身体の力を抜くも、問答無用な相手は留まることを知らない。
「ちょッ、おま……」
「ははっ、素手の敵に遠慮する馬鹿など戦場にはおらんよ!!」
辛辣な言葉と共に迫る “面打ち” に対して後ろへ倒れ込み、極僅かな時間を稼ぎながら、身体に宿るマナの制御によって知覚と動体視力を高める。
その状態から、迫る木剣の腹に右拳のフックを叩き付け、なんとか紙一重で剣筋を逸らした。
さらに追撃を警戒して、地面をゴロゴロと派手に転がり、砂や庭草に塗れて起き上がったのだが、サイアス氏… もう、呼び捨てのサイアスでいいや。
彼はぴたりと動きを止め、興味深そうに小首を捻っていた。
「お前、身体強化系の技術を扱えるクチなのか?」
「歴戦の猛者は皆、自らのマナを駆使していると思い至ったからな」
「ふむ、最低限の心得はあるようだな、ならば遠慮なく鍛えてやろう!!」
「…… お手柔らかに頼む」
少し背筋に悪寒を感じたものの、どうやら類稀なる技量を持っていそうなあたり、彼との出会いは望外の幸運なのだろう。
まだ本格的に痛めつけられておらず、ヘイトを溜め込んでいなかったので、この時はそんな温いことを考えていた。
「父様、その人は?」
「あぁ、お前に付けてやると言った指南役のサイアスだ」
「初めましてジェオ殿、宜しくお願い致します」
伸ばし放題の長髪をざっくばらんに纏めた美丈夫は王都に向かう商隊の護衛だったらしく、道すがら梟頭の巨大熊を単独で仕留めた腕前など聞きつけ、父が大枚を積んで引き抜いたとの事だ。
何やら、しれっと結構な金額を口にするので、思わず片頬が引き攣ってしまう。
(…… 領民が納めた血税を無駄にしないよう、しっかりと学ぶべきか)
そう自戒して握手を交わしたサイアス氏はやんわりと端整な顔で微笑むのだが、 一切の容赦や呵責がない危険人物だという事はすぐに判明した。
熟練度を確かめると言って何度か木剣で打ち合った後、満足げに見ていた父が屋敷に戻った途端、あくどい感じで口端を歪ませる。
「良いな、あまり快い噂を聞かない悪徳領主の息子、しかもまだ幼いとくれば、児戯に付き合うだけの仕事かと思いきや… 少しは楽しめそうだ」
呵々と嗤いながら、彼は大上段から切り落とした木剣の刃を返し、下段からの薙ぎ払いでこちらの得物を弾いた直後、軽く右膝を掲げると中段蹴りを放った。
咄嗟に飛び退ろうとするも、俺の鳩尾に硬い靴底がめり込む。
「うぐぅうッ‼」
「相手の武器だけに意識を取られるなよ、組討ちは近接戦闘の華だぞ!」
楽しそうに嘯きつつも体勢の崩れた隙を狙い、遠慮なく袈裟に振るわれた剣撃が迫り、掌中の木剣まで叩き飛ばした。
徒手空拳になった事で、ひとまずは此処までかと身体の力を抜くも、問答無用な相手は留まることを知らない。
「ちょッ、おま……」
「ははっ、素手の敵に遠慮する馬鹿など戦場にはおらんよ!!」
辛辣な言葉と共に迫る “面打ち” に対して後ろへ倒れ込み、極僅かな時間を稼ぎながら、身体に宿るマナの制御によって知覚と動体視力を高める。
その状態から、迫る木剣の腹に右拳のフックを叩き付け、なんとか紙一重で剣筋を逸らした。
さらに追撃を警戒して、地面をゴロゴロと派手に転がり、砂や庭草に塗れて起き上がったのだが、サイアス氏… もう、呼び捨てのサイアスでいいや。
彼はぴたりと動きを止め、興味深そうに小首を捻っていた。
「お前、身体強化系の技術を扱えるクチなのか?」
「歴戦の猛者は皆、自らのマナを駆使していると思い至ったからな」
「ふむ、最低限の心得はあるようだな、ならば遠慮なく鍛えてやろう!!」
「…… お手柔らかに頼む」
少し背筋に悪寒を感じたものの、どうやら類稀なる技量を持っていそうなあたり、彼との出会いは望外の幸運なのだろう。
まだ本格的に痛めつけられておらず、ヘイトを溜め込んでいなかったので、この時はそんな温いことを考えていた。
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