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第35話
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宗教的な偶像には製作者の熱意が籠められている傾向が強く、仲間内に目の肥えた聖職者もいることから、その技巧を判断してもらうのに丁度良い。
「大きさは全然違いますけど、教会の地母神像と比べても遜色はありません。かなり精緻ですね、この木彫からは揺るぎない信仰心が感じられます」
地母神の化身である聖母の像を棚へ戻すと、そっと胸前で両手の指を組み、略式の祈りなど捧げ始めた侍祭の娘は放置して、こちらの様子を窺う店主に語り掛ける。
「これはジャン・セイランの?」
「おっ、分かるのかい。あの御仁、名前を売るのは無頓着なはずだが……」
「道すがら覗いた雑貨屋でも、似たような作品で同氏の名前を聞いたからな、頭の片隅に残っていた。何処に住んでいるか、知っているなら教えて欲しい」
仕入れの絡みで既知という前提の下、さりげなく小銀貨を二枚握らせて尋ねると、何食わぬ顔でズボンのポケットへ仕舞い込んだ店主が工房の所在を伝えてくれた。
魚心あれば水心ありの構図を見咎め、徐に諫言を挟もうとしたフィアを封殺するべく、さらりと別の話題を振る。
「旅路でも触れたが、麻紙の生産に合わせて彫版や活版の類も手を出したい。取り敢えず、港湾都市の行政局が扱う支払証書の刷新に投入するつもりだ」
細かく並んだ模様の一つだけ微かに違うなど、真偽判定用の仕込みを施した複製の困難な “額面付き証書”、つまり紙幣が発行できれば自領での良い決済手段になるかもしれない。
高価で希少な金銀貨幣と異なり、価値は領主家の権勢や財政に左右されるものの… 麻紙なら原料に関する量的制限を受け難いため、域内の商取引を活発化させることで、経済の規模を拡張してくれるだろう。
「ん~、私は銀貨とかの方が良いかも?」
小首を傾げたリィナに応じて頷き、少しばかりの補足を付け足す。
「その判断は間違ってない、紙よりも本質的な価値は金銀の方が高いからな。ただ、一般的な感覚は別にして取引の証書を扱う商人なら、然ほどの抵抗はないはずだ」
「何やら、貸金業で成り上がった血筋の本領を発揮していますけど、紙のお金は貧富の差を広げそうで、あんまり賛同できないかも……」
過剰な蓄財を罪とする地母神派の侍祭らしく、困り顔のフィアに滔々と経済発展が市井に齎す恩恵を説きたくなるが、禁欲主義的な教会の建前を鑑みれば藪蛇に終わるだろう。
逆に説教を受けてしまう気もするので、手持ち無沙汰となっていた雑貨屋の店主に去り際の一言を掛け、教えてもらった場所へ移動する。
表通りから外れた小道の先、こじんまりした工房の扉を叩いて数十秒ほど待てば、木彫表面の仕上げに取り組んでいたのか、椿油や漆の香りなど身に纏わせながら壮年の男が姿を見せた。
「大きさは全然違いますけど、教会の地母神像と比べても遜色はありません。かなり精緻ですね、この木彫からは揺るぎない信仰心が感じられます」
地母神の化身である聖母の像を棚へ戻すと、そっと胸前で両手の指を組み、略式の祈りなど捧げ始めた侍祭の娘は放置して、こちらの様子を窺う店主に語り掛ける。
「これはジャン・セイランの?」
「おっ、分かるのかい。あの御仁、名前を売るのは無頓着なはずだが……」
「道すがら覗いた雑貨屋でも、似たような作品で同氏の名前を聞いたからな、頭の片隅に残っていた。何処に住んでいるか、知っているなら教えて欲しい」
仕入れの絡みで既知という前提の下、さりげなく小銀貨を二枚握らせて尋ねると、何食わぬ顔でズボンのポケットへ仕舞い込んだ店主が工房の所在を伝えてくれた。
魚心あれば水心ありの構図を見咎め、徐に諫言を挟もうとしたフィアを封殺するべく、さらりと別の話題を振る。
「旅路でも触れたが、麻紙の生産に合わせて彫版や活版の類も手を出したい。取り敢えず、港湾都市の行政局が扱う支払証書の刷新に投入するつもりだ」
細かく並んだ模様の一つだけ微かに違うなど、真偽判定用の仕込みを施した複製の困難な “額面付き証書”、つまり紙幣が発行できれば自領での良い決済手段になるかもしれない。
高価で希少な金銀貨幣と異なり、価値は領主家の権勢や財政に左右されるものの… 麻紙なら原料に関する量的制限を受け難いため、域内の商取引を活発化させることで、経済の規模を拡張してくれるだろう。
「ん~、私は銀貨とかの方が良いかも?」
小首を傾げたリィナに応じて頷き、少しばかりの補足を付け足す。
「その判断は間違ってない、紙よりも本質的な価値は金銀の方が高いからな。ただ、一般的な感覚は別にして取引の証書を扱う商人なら、然ほどの抵抗はないはずだ」
「何やら、貸金業で成り上がった血筋の本領を発揮していますけど、紙のお金は貧富の差を広げそうで、あんまり賛同できないかも……」
過剰な蓄財を罪とする地母神派の侍祭らしく、困り顔のフィアに滔々と経済発展が市井に齎す恩恵を説きたくなるが、禁欲主義的な教会の建前を鑑みれば藪蛇に終わるだろう。
逆に説教を受けてしまう気もするので、手持ち無沙汰となっていた雑貨屋の店主に去り際の一言を掛け、教えてもらった場所へ移動する。
表通りから外れた小道の先、こじんまりした工房の扉を叩いて数十秒ほど待てば、木彫表面の仕上げに取り組んでいたのか、椿油や漆の香りなど身に纏わせながら壮年の男が姿を見せた。
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