悪役皇子、ざまぁされたので反省する ～ 馬鹿は死ななきゃ治らないって… 一度、死んだからな、同じ轍(てつ)は踏まんよ ～

第67話

　俄にわかに喧騒が静まり、皆の注目が集まる中で半身はんみに構えて、上向けた右掌の手指を招くように動かせる。

　“かかってこい” という意図は適切に伝わったらしく、組手の挑戦者を求めていた斧術士の大男は訝いぶかしげな表情となり、無言のまま数秒ほど固まった。

「お貴族の縁者を殴るわけにいかんでしょう。しかも、ウェルゼリア領主の息子だ」
「遠慮はするな、一発でいい、俺に打撃が当たれば金貨十枚をくれてやる」

「はぁ… それじゃあ、まぁ、お言葉に甘えて」

　困惑しつつ絶妙な手加減で放たれた拳を左掌で受け止め、太い腕の外側を搔かい潜くぐらせた右掌で掴んだ直後、身体の向きを変えながら懐ふところへ飛び込んで背負い投げる。

　何もわかってない大男が間抜けな声だけを残して宙に舞い、綺麗な弧を描いて盛大に背中から草地へ叩き付けられた。

　本来ならこれで終わっていたはずだが、地面と接触する寸前に把持はじした腕を引きつけ、かなり落下の衝撃を和やわらげているので、肉体的なダメージは見た目より少ない。

「気遣きづかいには感謝する主義でな、手心を加えておいた」
「…… こちらも体裁ていさいがある、本気を出させてもらおう」

　ばつが悪そうに身体を起こして、そう宣のたまった斧術士は顔つきを変え、荒事稼業の面子めんつを護ろうと殴り掛かってきた。

　素早い左拳のジャブに右拳のフック、少しの距離が開けばフリッカーパンチなど、次々と繰り出される多彩な拳闘の技を円弧の動きで避け、観衆の壁まで追い詰つめられないように立ち廻まわっていく。

　その消極的な姿勢を揶揄やゆする輩やからは捨て置き、徐々に相手の挙動が粗あらくなり出したところで、すれ違いざまに足を引っ掛けた。

「ぐぉおッ！？」

　くぐもった声を漏らして、無様に体勢を崩した大男が転倒すると、皆の歓声に紛まぎれて少なくない嘲笑も沸き上がる。

「ははっ、かすりもしねぇな、旦那！」
「良いように扱われているぞ、情けない」

　浮薄ふはくな野次に煽あおられ、怒りを覚えた斧術士は片膝立ちの状態となり、仕切り直しのため間合いを整ととのえた俺に向けて、負傷覚悟の吶喊とっかんを仕掛けてくるが…… 

　もうマナの制御による身体強化は済ませていたので、鳩尾みぞおちへ喰らわせた蹴り脚一本だけで勢いを押し留め、逆に多々良たたらを踏ませた。

「かはッ… 腹がっ、うぅ」
「悪く思うなよ、大仰おおぎょうにやらせてもらう」

　気侭きままな冒険者らに実力差を理解させる “見せしめ行為” の罪悪感はあれども、身体を撓たわめて前方へ飛び跳ね、折り畳んだ両脚の太腿で前屈気味な大男の首を挟む。

　すぐさま後方宙返りの要領ようりょうで倒れ込み、速度と全身の膂力りょりょくを使いながら、遠心力の赴おもむくままに投げ飛ばした。

「「「おぉおお――ッ！！」」」

　過去に筋肉の信奉者たる鋼の賢者が編み出した絶技 、“アイアンシュタイナー” に魅みせられて、ひときわ大きな喝采が起きている間も攻め手は緩めず、地面との衝突で動けなくなった斧術士に組み付いて、淡々と腕挫ひしぎ十字固を決める。

「ジェオ君は紛まごうことなき、サイアスさんの系譜ですね」
「ほんと情け容赦ないよね、私も鍛錬で散々に殴られたし」

　若干、失礼な仲間内の会話が耳に入り、あの師匠と一緒にするなと内心で抗議していたら、絡からめた左足が弱々しくタップされて組手に於おける勝敗は着いた。

　暫時の歓声に包まれて、次の挑戦者を待っていると金貨に釣られたリィナが名乗りを上げ… ようとして、身構えていたフィアに阻止される。

　盛り上がった後の一戦は気が引けてしまうのか、新たに進み出てくる者はおらず、自身の強さなど印象づけて指揮系統を円滑化する目論見もくろみは成功裏に収まった。