悪役皇子、ざまぁされたので反省する ～ 馬鹿は死ななきゃ治らないって… 一度、死んだからな、同じ轍(てつ)は踏まんよ ～

第116話

　腰元へ提げている角灯カンテラに照らされた巨拳が石畳を砕き、破片を四散させる光景に怯ひるむことなく、俺は近接戦の間合いに踏み込んで右膝を掲げる。

　その状態から、振り降ろしの一撃により屈かがんでいた夜鬼の顔面を蹴り飛ばした。

「――ッ！？」

　微かすかに叫んだ相手は地面に左掌を突いて、倒れそうになる巨躯きょくを支えて立ち上がり、どれも当たれば致命的であろう拳打の嵐を見舞ってくるが……

　人型である以上、動きは格闘術の範疇はんちゅうを越えず、体内を巡めぐるマナの制御で知覚や動体視力も強化している手前、そもそも当たる道理がない。

「―――ッ――ァア！！」

　苛立たしげに咆ほええる夜鬼が繰り出した目晦くらましのジャブ、側頭部を狙ったフック、的まとが大きい腹へのボディブローなど、執拗な連続攻撃を最小限の体捌さばきで躱かわす。

　この程度ならと見切りをつけて、反撃に転じるべく半歩詰つめた刹那せつな、只人ただびとの身体にはない尻尾が薙ぎ払われて視界を奪った。

「うぉ！？」

　咄嗟とっさに両腕を交差させて僅わずかに腰も落とし、前に廻まわした左腕の部分装甲で凌しのごうとするも、小さなキューブ状の障壁が数個ほど虚空に浮かんで不意打ちを阻害する。

　それによって生じた一瞬の間隙に上半身を捻転ねんてんさせつつ、筋力強化済みの右腕で掬すくい上げるような打撃を放って、夜鬼の脇腹深くまで拳をめり込ませた。

　さらに間髪入れず、指向性を定めた爆炎系の魔法 “紅蓮華” も発動させて、打ち付けた先の筋肉ごと臓器を穿うがつ。

「油断は禁物ですよ、ジェオ君」

　小さく呟いたフィアに感謝を捧げ、赤黒い血に塗まみれて多々良たららを踏んだ相手に追い縋すがり、仕留めようとすれば大きく右腕を振りかぶって、逆襲の一撃を叩き込んできた。

「―――アァ――ッ！！」
「… 執念というか、心意気は認めよう」

　死に瀕ひんして冴える巨拳を搔かい潜くぐり、夜鬼の右肩に左掌、黒面こくめんには右掌も添えて、後方へ押し込むことで重心を狂わせ、拳撃の威力を回転運動に換かえる。

　黒い巨躯が空廻まわって、垂直に近い角度で後頭部から落下するのに合わせ、自身も腰を落として石畳に誘いざなえば頭蓋の砕ける音が鳴った。

　猶なおも被かぶせている右掌にマナより転じた魔力を集め、のっぺりとした貌かおに零距離の紅蓮華を放つと、深手を受けた蕃神ばんしんの眷属は形状の維持ができなくなり、どろりと溶け消えていく。

(一昨日の有翼種より、頑強か？)

　迷宮浅層の環境とは謂いえ、狭路も多い地下隧道ずいどうでの近接戦に優すぐれる有角種は筋肉密度が高いだけあり、伝わる手応えは非常に硬いものだった。

　それ故ゆえに刃金はがねは通り難がたく、もう一体を少し離れた場所で相手取るリィナが気になって視界へ収めると、乾いた発砲音を伴ともなうマズルフラッシュが灯ともる。

　こちらと同じく腰のベルトに角灯を取り付け、両手を自由にした彼女は鉈なた剣の他、自動式拳銃も携たずえながら器用に立ち廻まわっていた。