異世界に逃れた王女、心優しき青年と出会う

たくみ

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王女と青年

異世界の将軍(ジェネラル) 後編

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 「失礼します」

 兵士は部屋の奥に座る上官に敬礼し、こちらに入るよう促すので、リーネを後ろに隠すようにして部屋に入る。

 「ご苦労」

 上官は席を立ちこちらに向かって来る。
 目の前に立つが、背としてはこちらが頭一つ高く見下ろすようになる。
 七三に分けたブロンドの髪と青い瞳。
 典型的な白人の男性で、年は四十才前後だと思われる。

 「ようこそ、私の名はカーク・ハミルトン。 この地区を管轄している責任者だ」

 名乗りと同時に、右手を差し出してくるので、こちらもそれに答えて握手と同時に名乗る。

 「初めまして、私はシュウヘイ・ヤマシロと申します」

 カークと名乗った人物はリーネの方に目をやる。

 「こちらの美しいお嬢さんは?」

 「リネ、と申します」

 「ファーストネームだけ?」

 「ラストネームは分かりません。 空襲で焼け出されたショックで記憶が倒錯しているようです」

 「……そうか。 ま、こちらに掛けたまえ」

 促されて、ソファーに二人並んで座る。

 「さて、取り敢えず尋問を始めよう。 マイク、ご苦労だった、下がってくれ」

 「はっ、失礼します。 大佐」

 敬礼し、マイクは部屋を後にする。

 (リーネの事に関して適当な事を言ってしまったが、多分大丈夫だろう……)

 「おっと、その前に」

 一旦机に戻り、ある物を持ってくる。

 「先ずは、一服して落ち着きたまえ」

 煙草だ。
 金属の缶に入った紙煙草を進められるがーー

 「すいません、私は煙草を吸わないんです」

 「ほう、そうか。 なら、お嬢さんはいかがかな?」

 「あ、いや、彼女も……」

 断ろうとしたのだが、それよりも早くリーネは煙草を缶から取り出したので、思わず「ギョッ」としてしまう。

 カーク大佐は一瞬「おっ」といった表情になるが、おそらく冗談半分だったのだろう。
 だが、直ぐにマッチを取り出し火を着けてリーネに差し出す。
 煙草を咥えて「すっ」と息を吸うと先端に火が灯る。
 煙を吸い込み「ゴホッ、ゴホッ」と咳き込むが、直ぐに二口目を吸い込んで「フーッ」と吐き出す。
 タバコを持つ仕草といい、吸いかたといい完全に堂に入っている為、唖然としてしまう。
 だが更に……。

 「アー……アリガトウ」

 片言だが、火を着けた事に礼を述べた。
 大佐もそれが分かったのだろう。
 まんざらでも無い様子で、リーネが片言なのは気にならないようだ。

 「くっくっく、そろそろ話を良いかね?」

 「え? ええ……」

 大佐は笑いを堪えているが、リーネの喫煙する様に驚き、呆けて見ている顔がツボに入ったのだろうか。
 私は顔を小さく左右に揺すり、表情を改める。
 ゆったりと紫煙をくわゆるリーネを他所に尋問は始まった。


 (ふーっ、タバコを吸うのは久しぶりだから、くらくらするわね)

 紫煙を見つめ、考えを巡らせる。
 どうなる事かと思ったが、どうやら大丈夫のようだ。
 いざとなったら戦いの鳥の力でシューヘーだけでも助けようと思っていたが、取り越し苦労のようだ。
 しかし、シューヘーは随分驚いた顔をしていたが、勧められたのでタバコを吸っただけなのに何か問題でもあったのだろうか。
 私の居た国ではタバコは遠方からの輸入品で貴重だった為、嗜むのは王公貴族のみに限られていた。
 それも祭事等の限られた場でのみで常用する事は出来なかったが、こちらではどうだろう?

 (タバコを勧めてくれた彼は軍属の中でも高い地位にあるようだけれど、貴族には見えない。 こちらでは貴重品では無くて、誰でも常用出来るものなのかもしれないわね) 

 そうこう考えている内に話は終わったようだが、タバコも短くなり指に熱が伝わってくるので「ギユッ」と灰皿に押し付けて火をけす。


 「ふむ、部下にも行き過ぎた行動があったようだな」

 大佐は煙草の火を消しながら呟く。

 「しかし、ブラックマーケットは違法だから当選取り締まりの対象にはなる。 部下は進駐軍として治安の維持に努めたに過ぎない」

 若干だが厳しめの表情で部下の行いの正当性を主張する。
 だが、こちらとてそれば百も承知ではあるのだが、どうしても納得のいかない事はある。

 「……ならば、お願いがあります。 闇市が駄目だというのであれば、物資の援助をお願いします。 特に食糧が圧倒的に足りていないんです」

 頭を深々と下げて再度懇願する。

 「厚かましいのは分かっています。 どうか、お願いします」

 「ふーっ」という溜息の後に、少ししてから大佐は重たげに口を開く。

 「食料事情はこちらでも把握している。 国の復興と国民の生活の再建には将軍ジェネラルも心を砕いておられる」

 「ジェネラル?」

 「マッカーサー元帥だ」

 ダグラス・マッカーサー、敗戦した日本を統治下に置く進駐軍GHQの総司令官、その人の名だ。

 「ジェネラルはエンペラーにお会いになられた」

 エンペラー、その名を聞き顔がこわばってしまう。

 「それで……お会いになって将軍は何と」

 こちらのこわばった表情と打って変わって、厳しめだった大佐の表情は穏やかになる。

 「エンペラーと話しをされて、ジェネラルは変わられた。 日本の復興に尽力すると約束されたのだ」

 その言葉を聞き、こちらもやや緊張が解ける。
 だが、懸念事項は他にもあるのだ。

 「陛下は、戦争責任を問われるのでしょうか?」

 「……流石にそこまでは分からない。 かなりデリケートな問題でもあるから簡単に答えは出ないだろう」

 「……」

 「今、気にしてもしょうがない。 どうだい、一杯やるかね?」

 机の後ろにある戸棚から、ウィスキーとグラスを取り出しながらも話を続ける。

 「それに、君を呼んだのは尋問だけでは無いんだ。 もう一つ理由があってね」

 「理由?」

 「コン、コン」とドアをノックする音が、会話を遮ると男性の声が扉の向こうから聞こえてくる。

 「カーク、居るかね? 失礼するぞ」

 勢いよく扉を開けて部屋に入ってくるのは、大柄な初老の白人男性だ。
 男性を見るや否や大佐は飛び上がらんばかりの驚きの表情になり、継ぎ掛けていたウィスキーをこぼしそうになる。

 「ジェネラル! どうしてこちらへ? 言って頂けたらお迎えに上がりました」

 「ハハハ、驚く顔が見たかったんだよ」

 大の大人である初老の男性がまるでいたずら好きな子供のような顔で、満面の笑みを浮かべている。

 「フフ、悪ふざけはこの位にしておくか。 実を言うと本国に戻る事になった。 その前に君の顔を見ておきたくてね」

 「戻られる? 何故に?」

 「プレジデントに直接、支援物資の増量を注文してくる。 何、直ぐに戻るさ。 アイ・シャル・リターンだ」

 いつの間にかウィスキーをグラスに注いでいたが、そこまで言うと彼はこちらを見る。

 「そういえば、彼らは?」

 「ブラックマーケットの取り締まりに抵抗したので、部下が連行ました。 ですが、部下にも行き過ぎた行動があったようです」

 「フム、ならば処置は寛大にな」

 そこまで言うと、こちらに向かってくる。

 「私の名は、ダグラス・マッカーサーだ。 宜しく」

 右手を出すので立ち上がり、握手をしながらこちらも名乗る。

 「始めまして。 シュウヘイ・ヤマシロと申します。お会いできて光栄です」

 「こちらのお嬢さんは? 恋人かね?」

 「リネ、と申します。 空襲で家や家族を失ったようですが、記憶も混乱しているようで私が保護しました」

 「そうだったのか……始めまして、リネ。 私の名はダグラス・マッカーサー。 GHQの総司令官だ」

 しゃがみ込み、目線を同じ高さに持ってくると、リーネの肩をポンポンとやんわりと叩く。

 「大変だったね。 だが、戦争は終わった。 もう、怖がることはない」

 「マック……アーサー?」

 「ハハハ、イエス。 アイム、マック。 ハハハ」

 笑いながら立ち上がると、大佐の所へ戻り三つのグラスへウィスキーを注ぐ。
 配り終えるとグラスを掲げて、皆にも同じ動作を促す。

 「戦争の終結と、日本国の復興を願って。 乾杯」

 更にグラスを掲た後に、将軍と大佐が「ぐいっ」と飲むので後に続くが、度数が高いので思わずむせてしまった。
 「ゴホゴホ」と咳き込んでいるのを診て、あちらの二人は笑っている。
 リーネはというと、咳き込む私を尻目に「ぐぐっ」と一気に飲み干してしまうので、またも目を見開き呆然と見つめてしまった。
 これは、ジュースや水では無い、りっぱな酒だ。
 しかもアルコール度数は四十度はあるであろうウィスキーなのだが、何ともなしに平然と飲み干してしまうなんて、煙草といい酒といい本当に彼女は一体何者なのだろうか。

 「ハハハ、大和男子も形無しだな。 シュウヘイ」

 「面目ありません。 酒は苦手です」

 大和撫子と立場が逆転している様が面白く写るのだろうが、不甲斐無く見えるのは事実なので甘んじて受け入れるしかない。
 
 「時にシュウヘイ。 君は何処へ従軍していた?」

 「南洋です。 レイテ島へ……」

 「そうか……あそこも激戦区だった。 よく生き延びたものだ、死に者狂いで戦ったのだろう?」

 「いえ、私は衛生兵でした。 救護活動中に負傷してしまい、傷痍兵として日本へ帰国したのですが、その直後に戦闘が激しくなったのです」

 「そうだったのか。 怪我をして命を拾ったのも、生き延びてこうしてここに居るのも、神の思し召しかもしれんなぁ」

 遠い目をしてもの思いにふけっているようだが、彼にとっても南洋は因縁深い土地である為、色々と思う所があるのだろう。

 「ジェネラル、お時間は大丈夫ですか?」

 「うん? そうだな、そろそろか」

 時計を確認し、トレードマークのパイプから火種を落として席を立つ。

 「そういえば、英語は何処で習ったのかな? 随分流暢だが、体格も良いし両親のどちらかが、外国人だとか?」

 「両親は日本人です。 父が早くに亡くなったので、家計を支える為に子供の頃から働きに出ていたのですが、そこの主人が、これからの時代は英語が必要になると仕事の合間に教えてくれたのです」

 「先見の目がある人だったのだね。 ただ、このような事になってしまったのが残念極まりない」

 そう言った後、敬礼をするので全員で敬礼をして見送る。

 「それでは、失礼する。 カーク、後は頼む」

 「はっ!」

 「お気を付けてお帰り下さい」

 「ああ、出来る限りの援助はする。 復興を頑張ってくれたまえ」

 すれ違い様に肩を「ぽん」と叩くと彼はを耳元で小さくつぶやいた。
 思わず動揺してしまい振り返るが、当人はそ知らぬ顔でリーネに手を振り部屋を後にする。
 
 暫し沈黙が部屋を支配するが、やがて大佐が口を開く。

 「さて、本題に入ろうか」
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