異世界に逃れた王女、心優しき青年と出会う

たくみ

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王女と青年

異世界の悪意:後日談

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 「ふーっ」と壮年の男は満足そうな顔で紫煙を揺らしている。

 この男性が吸っている煙草はついさっき米と交換したものだ。 ドレスと交換した食料は子供達に振舞った事もあり、既に食べつくしていた。
 だが、交換出来たのは食料だけでは無い。 リーネこと理音に気を使って煙草まで用意してくれていたのだ。
 だが、彼女が喫煙するのは他聞に問題がある為このように食料と交換する事になるのだが、嗜好品はこのような状況では必要な者にとって食料より貴重な場合がある。

 この壮年の男性……頬や額に切創があり、背は低いものの良い体格をしている。
 その雰囲気は堅気で無い事を如実に現しているが、今はそのような事を気にして接している場合では無い。

 壮年が「すうっ」と息を吸うと煙草の火が赤みを増し「ふーっ」と息を吐けば白い煙が吐き出される。
 
 「やっこさん達よぉ、例の事件をもみ消すのに躍起になってんなぁ」

 例の事件……連合軍兵士五人が惨殺された事件だ。 あの時、幸いな事に目撃者は誰もおらず、発覚は翌日になっての事となった。 そして、事件から数日が経ったのだが、主立って捜査を行っている様子も無く、あのような凄惨な事件の割りにはやけに静かだと私は不安に思っていた。 

 そんな矢先、ヤミ米を扱うこの壮年と物々交換を行った際に彼と世間話しになったのだが、内容は例の事件の話しだった。
 どうやらこの壮年は色々と知っているようだが、私に話しかけたのは全くの偶然のようで最初は「ドキリ」としたのだが、どうやら取り越し苦労に終わりそうだ。

 「もみ消す、とは一体?」

 「ふーっ」と上向きに再び煙を吐き出す。 まるで蒸気機関車のようだ。

 「何つっても、殺され方が尋常じゃねぇ。 あんなんまともに調べてたら……まぁ、後々めんどくせぇ事になるのは確実だ」

 「……」

 「だからよ、適当に理由を付けてさっさと終わらせるのさ。 何つったかな……ああ、酔っぱらって見廻りした挙げ句に仲間内で喧嘩を始めて殺し合いになった。 だったかな?」

 「強引にも程がある……」

 「はっ! 仕方ねぇさ。 まともにやったらどうなる? ン?」

 壮年は続ける。 

 まず何より懸念されるのは、兵士達の報復行動だ。 事件を公にしてしまうと、慣れない極東での兵役に苛立ちストレスを溜めている兵士達の不満が爆発し、私刑リンチが横行するだろう。
 当然そうなればこちらも側も抵抗するだろうが、兵士達を惨殺した存在があると知れ渡れば、進駐軍に不満を持つ者達はその存在を宛にして、抵抗分子として行動を起こすかもしれない。 そうなってしまえば、この騒動は泥沼化してしまい事態を収拾する事が難しくなってしまう。
 事件ではなく事故として扱い終息させようとするのもまた、兵士達に少なからず動揺を与えるのかもしれないが、それでも公にするよりはマシなのかもしれない。

 「しかし、えれぇ死に様よな。 頭や腕が跡形も無くなっちまってんでやんの。 一人は頭を潰されたようだが、体にぽっかり穴ぁ空けてる死体もあるってんだからとにかくまともじゃねえぜ」

 「……」

 「ま、旦那も気をつけるこった。 どんな奴がやったか検討もつかねえが、今回狙われたのがたまたま連合軍の兵士だった可能性もある。 結局、目的も定かじゃねえからな」

 そう言い放つと「ピン」と短くなった煙草を弾き、壮年は腰掛けていた瓦礫から立ち上がりこの場を離れようとする。

 「どうも、ありがとう御座います。また頼みます」

 壮年は振り向かずに、右手だけを上げて去っていく。 米も手に入り、思わぬ所であの事件の顛末を聞くことが出来た。
 安堵と共に胸を撫で下ろし、家路につく。



 「ただいま」

 「おかえりなさい」
 
 わざわざ玄関まで来て出迎えてくれる。

 「だいじょうぶだった? えーと……コメ?」

 「ああ、大丈夫だよ。 手に入った」

 米の入った布袋を見せると、二人で笑い合う。 久々にご飯を炊く事になるが、彼女に食べさせるのは初めてだ。

 「よかった。 しゅうへい、たのしみにしてたから」

 理音は言葉を覚えるのが早い。 頑張ってくれているのは、この世界で生きていくと覚悟を決めたから……。
 これからも大変ではあるが、二人で何とかこの困難を乗りきって行こうと思う。

 決意も新たに靴を脱ぎ廊下に立つと、おもむろに抱きしめられる。

 「理音……」

 「しゅうへい」

 上目遣いで見つめられ、矢も盾もたまらず抱きしめて口づける。

 あの日、理音の全てが分かった時、抱きしめ合いそしてーー唇を重ねた。
 柔らかい唇の感触。 この感触を失いたく無い、ずっとこうしていたいと思うがそういう訳にもいかない。
 それにーー

 「……煙草臭い」

 理音は「ギクリ」とした表情になるが、直ぐに誤魔化し笑いになる。

 「全く……もう煙草を吸ってはダメだと言った筈だよ」

 やや厳しめに注意するが、彼女の笑い顔を見ると、自身の意志が直ぐに軟化してしまうのが分かる。
 
 (私は教育者失格だな……こんな有り様では、子供を指導する事など出来る訳がない)

 それに……。
 やってしまった。 せめて彼女が婚姻出来る年齢までは清い関係でいたかったが……。
 雰囲気にのまれてしまった己の意思の弱さを呪う。

 (とにかくこれ以上は駄目だ。 絶対に駄目だ……)

 「しゅうへい?」

 やや、不安そうな顔で見つめられてしまう。 ちょっと厳しめな表情に戻っていたかもしれない。

 「ごめんなさい。 もうしない……」

 「あ、ああ。 さ、もういいから行こう」

 そう言うと直ぐに笑顔になり、私の後をついて来る。 やっぱり私は甘い人間なのだ。


 「いいにおい」

 「そうだろう。 もう少しだよ」

 彼がかまどなる物で調理、とは言っても水で洗って浸し火にかけているだけなのだが、この"コメ"なる物がどのような食べ物なのか、美味しそうな匂いでかなり期待が持てる。

 「さ、出来たよ」

 しゅうへいはかまどから蓋のついた桶にコメを移してテーブルに持って来る。
 蓋を取ると白い湯気と共にあの良い香りが漂って来るが、見た目は小さな真珠の粒の集まりのように見える。
 食器に盛ると例の食事の前の簡素なお祈りをして、食べ始める。

 熱いので息をかけて冷まし、頃合いをみて口に運ぶ。

 (……美味しい!)

 この食感はかなり独特だが、悪くは無い。 それに噛めば噛む程ほんのり甘くなっていく。
 随分変わった食べ物だが、これはかなり美味しい。 熱いのにも慣れてしまえば、どんどん食べ進められる。

 彼は夢中になって食べる私を微笑ましそうに見ているが、恥ずかしいと思いつつも食べる速さを緩める事は出来ない。

 このコメは、このように調理すると"ゴハン"なる呼び方に変わるそうだ。 しかも、このゴハンは主食になる食べ物なのだと言う。
 この美味しい食べ物が主食だと言う事は、この世界で生きていくと決めた私にとって正に希望だ。

 今はいつでも食べられる訳では無いかもしれないが、この美味しいゴハンをいつか当たり前のように食べられる日が一日でも早く来るよう祈りながら食べ進めた。
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