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第3−8話 崩壊した宝物

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 轟音の正体。
 それは、宿屋【マルコ&エース】が瓦礫となった音だった。壁は崩れ、支柱がむき出しになっていた。

「……そんな」

 マルコさんが危険な目に遭ってでも守りたいと語っていた宝物が、いとも簡単に壊されていた。
 壊した相手はたった一人。
 宿屋の前でニヤリと笑う【獣人】だった。

「な~に、約束破ってくれてんだよ。ええ? これはアレか? オレが悪いのか、なあ、どうなんだ?」

 巨大な体躯に頬が垂れた顔。
 頭には耳が付いていた。
 イヌにこんな顔をした種類がいた気がする。
 相手は――【イヌの獣人】か。

 瓦礫に向け、相手を侮辱するように高笑いを上げる。

「俺が聞いてんだから、答えろよ!! って、答えられるわけないか~。今頃、ぺしゃんこになってんだもんなぁ!」

 【獣人】は、そう言って手に握っていた鎖を、グイッと引いた。
 鎖の先に付いているのは首輪で、輪の中に首を通しているのは――

「ユエさん!」

 4足で歩かされている少女――ユエさんだった。
 花畑で戦闘があったのだろう。服は破け、少女の棒のような体が露になる。頬には何度も涙を流したのか、屈辱の跡がくっきりと残っていた。

 叫んだ僕に【獣人】が気付いたのか、フルムさんの背に足を乗せて言う。

「あ~ん。なんだ、あいつ。お前の知り合いか?」

「……」

 無言で僕に助けを求める。
 だが、【獣人】は、

「お前は生きてるんだから、俺の質問に答えられるでしょーが!!」

 ダンッ!!

 大きく足を振り上げユエさんの背中に振り下ろした。
 衝撃で身体を支えられなくなった少女は、胸を地面に打ち付ける。苦しさと痛みに地面に這うユエさんの右手を踏みつぶす。

「やめろ!!」

 僕は【放出】の力を使おうとするが、それよりも早く、瓦礫が吹き飛び、中からマルコさんが飛び出した。
 手には包丁が握られていた。

「うおおおお!! よくも、ユエを――俺達の宿を!!」

 鋭く磨かれた刃先には炎が纏っていた。
 これは【火《ファイア》・付与《エンチャント》】。
 物体に属性を纏わせる【魔法】。
 武器に付与された属性が攻撃の威力を高めるんだ!!

「お前だけは絶対に許さない!!」

 手にした包丁を全身で突き刺すように駆ける。 

「あ~ん?」

 だが、大きく突き出したマルコさんの包丁は、【獣人】に当たることなく空を切った。
 【獣人】は、巨体からは想像も出来ぬ速度で攻撃を躱して見せたのだ。その動きはまるで獣そのもの。
 目で追うことすら出来なかった。

 それはマルコさんも同じようで、周囲に視線を巡らせる。

「探してるのは俺かな~?」

 マルコさんを弄ぶように、悠々と背中からマルコさんの胸を貫いた。
 そこで初めて、僕は何が起きたのかを把握することが出来た。

「マ、マルコぉ!!」

 ユエさんが、2足で立ち上がってマルコさんの元へ駆け寄ろうとする。
 だが、鎖は繋がれたまま。

 ガン! ガン!

 鎖に引っ張られるように動きを止め、苦しそうに首輪に手を伸ばした。

「ばぁ~かが!! ペットはご主人様の許可なく自由に動けないんだよ!!」 

 握る鎖に力を込めると、ユアさんの小柄な身体が宙を舞い、【獣人】の腕に頬を掴まれる。

「あ~あ。約束破った挙句、襲ってくるたぁ~何事だ。大人しくお前らだけ反省すれば、他の村人たちに手は出さないつもりだったんだけどなぁ~。こうなったら、村全体の連帯責任だな」

 イヌのようにザラついた舌を垂らして、唇を舐める。
 最初から、こうなることが分かっていたくせに、なんて白々しいんだ。

 フルムさんは、最後の抵抗のつもりだろうか。
 頬を掴まれた状態で無理矢理、声を出す。
 口内が歯にぶつかり、血が流れていく。

「……お、お前が花畑を消そうとしたんだ。約束を先に破ったのは……お前だ!!」

「はぁ~? なに言ってんだ、お前? オレは宿には手を出さないって約束はした。が、花畑は対象に含まれてねぇ~よな。なら、そこをどうするかは、オレの勝手ってもんじゃねぇのか?」

「お前~!! 【土《アース》・柱《ピラー》】」

 ユエさんが【魔法】を詠唱する。
 地面から一本の岩が突き上がるように伸びる。先端が鋭く尖った岩石が【獣人】を狙うが、

 ヒュン。

 一瞬でその場から姿を消した。いくら【魔法】を使っても、当たらなければ意味はない。
 ユエさんの背後に回った【獣人】が、無力な背に笑う。
 
「おお、怖い怖い。こりゃ、他の奴らも何するか分からねぇからな。全員、殺しておくか。折角、穏便に済ませようと思ったのによ」

 動きが止まった。
 その背に僕は無言で【弾《バレット》】を放つ。詠唱のない攻撃に気付くのが遅れた【獣人】。
 僕の【放出】が、腹部を捕えたかと思ったが、紙一重のところで躱されてしまった。
 反応の遅れをカバーする身体能力。

 僕の攻撃を避けた獣人は、崩れた瓦礫の一角に座り、値踏みをするように僕を見る。

「お前……。この匂いは初めて嗅ぐな。うん? あと、もう一人。滅茶苦茶良い匂いするじゃねぇか。これも嗅いだことねぇ匂いだ」

 鼻を細かく動かし、匂いを判別しているようだ。
 イヌの持つしなやかな脚力に意識を奪われていたが、何も特徴的なのは筋力だけではない。嗅覚も優れているのだ。

「……よくも、ユエさんを!!」

「お前、何言ってんだ? 約束を取り付けてきたのは、お前らで、その約束を破ったのもお前ら。これくらい当然の報いだろ?」

【獣人】は言い終わらぬうちに、僕の背後に回った。
 無防備な背に爪を突き立てようとする。

 駄目だ、反応が遅れた。
 防御が間に合わない――。
 僕は【獣人】と違い、反応の遅れをカバーする術はない。
 だが――。

「そんなに良い匂いなら好きなだけ嗅がせて挙げるわよ。その代わり、あんたの鼻を魔除け代わりに剥ぎ取らせてもらうわね」

 一陣の風が吹き荒れた。
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