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第4−6話 ウィン・スレッド

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「君は……無事だったのか。良かった。ユエちゃんも丁度眠ったところだ」

 洞窟に入った僕に、抑揚のない声で言う。
 ウィンさんだ。
 その姿はクレスさんを連行した時と変わらず、黒髪を後ろで一つに纏め、凛とした瞳で僕を見つめる。

「……」

 ウィンさんの言葉に、僕は答えずに地面の上で横たわるユエさんに視線を移した。外傷もなく、掛けられた毛布が静かに動く。
 ウィンさんの言う通り、眠っているだけだろう。
 無言の僕にウィンさんが立ち上がる。

「そんなに警戒しないでくれ。私は君に危害を加えようなどとは思っていない」

 警戒するなと言われても、この人達はクレスさんを連れて行った二人組だ。
 話すら聞いて貰えなかった。
 だからこそ、簡単に信用はできない。
 今、僕は1人だ。
 捕えられて人質にされたら、フルムさんの足を、また引っ張ることになる。それは御免だ。
 僕は警戒しながらも聞いた。

「あの、クレスさんは……無事、なんですか?」

「勿論だ。しっかり拘束して監視している。彼女は混乱しているのか、「フルムを、姉を殺すんだ」と、日々喚いてはいるが……」

 殺すという物騒な言葉が出てきても、ウィンさんの表情は動かない。
 精巧な仮面でも付けているかのようだ。

「……なんで、あなたは【獣人】を捕え、監視しているのですか?」

 赤ん坊から話を聞いた僕の疑問。
 ウィンさん達のミッションは僕らと同じく【獣人】の討伐であり、倒した後に、捕え、投獄するなど求めていないと赤ん坊は言っていた。
 ならば、監視しているのは本人たちの意思ということになる。
 余計な手間や資金を省いてまで【獣人】を捕えるのか――謎が多すぎる。
 僕の問いかけに、やはり、ウィンさんの表情は動かない。

「それは勿論、【獣人】となった人を戻したいからに決まっているだろう。それが私の願いだ」

 彼女は自分の願いを隠すこともせずに言い切った。
【獣人】となった人間を元に戻したいと。

「【獣人】だからと殺めるのは間違っていると私は思っている。きっちりと、人間の法で裁くべきだ。獣ではなく人としてな」

 ウィンさんは――とにかく真面目なのだ。
 真面目で正しくて、フルムさんと同じくらい優しい。
 道を誤った【獣人】を元に戻そうとしているのだから。

「でも、【獣人】は――!」

「彼らだって元は人間。現に、私の考えに賛同し、力を貸してくれる【獣人】だっているぞ?」

「そう……なんですか」

「そうだ。【獣人】と【人】。そこになにも変わりはしない。人だって罪を犯すだろう?」

 今度はウィンさんが僕に問いかけた。
 その言葉で真っ先に思いつくのはフレア。
 彼は【魔法】を使えないからと僕を玩具として扱った。生身の人間に容赦のない【魔法】を使ってだ。
 やっていることは【獣人】と変わらないのではないか?

 僕の迷いに気付いたのか、 

「信用できないか?」

 と、ウィンさんは初めて笑った。

 同じセリフをアドさんから聞いたのであれば、信じることはなかったかも知れないが、ウィンさんの瞳は何一つ雲ってなかった。
 眩い正義を胸に抱き行動をしていた。

「あなたが良い人なのは分かりました。それで……、なんでユエさんが狙われているのか教えて貰えますか?」

「勿論だ」

 ウィンさんは眠るユエさんに視線を落としてた。僕もユエさんを見る。
 少女の寝顔はとても穏やかで可愛らしい。こんな子が闇ギルドに狙われているなんて……どんな理由があるのだろうか? 

「この子はアクラブ王国の王女らしい」

「王女!?」

 ユエさんが襲われた理由。それは僕の想定を遥かに超えた内容だった。
 ユエさんが……王女!?
 僕は混乱を落ち着かせるべく、絡まった脳内を整理していく。

 えっと、まずは――アクラブ王国。
 僕たちが暮らしている大陸から、海を渡った先にある国で、四方を海に囲われているために余程の目的がなければ行かない地だ。
 僕も存在は知っているけど、足を踏み入れたことはない。

「そんな遠くの国の王女さま……」

 確かにユエさんは捨て子と言っていた。
 つまり、親が誰であっても不思議ではない。
 でも、まさか、一国の王とは……。

「運命とは厳しいモノだ。アクラブ王国の後継者を巡る争いに巻き込まれるとは……。このまま平和に暮らしていた方が彼女のためだっただろうに」

「……後継者を巡る争い?」

「ああ。国王は殺され、その実子も殺された。故に本来なら決して座れぬ血筋の者が王になろうと躍起になってるんだよ」

「なるほど。そこに現れた隠し子とも取れるユエさんの存在。命が狙われるのはある意味当然なのかもしれませんね。それにしても、ウィンさんは遠いのにアクラブ王国について詳しいんですね」

「当然だ。自国なのだからな」

「……」

 ウィンさんはサラリと出身の国を告げ、話を続ける。

「そして、ユエちゃんを殺そうとネディア王国にある闇ギルドに依頼したのが、ここまでの流れだ。ただの闇ギルドであれば問題ないが、まさか、全員が【獣人】になっているとはな」

 僕たちを襲った【獣人】は、闇ギルドの成れの果ての姿。
 目的のために人の姿を捨て、力を手に入れたのか。
 闇ギルドの選択は間違っていない。
 僕とフルムさんは逃げることしかできなかったのだから。そして、それはウィンさん達も同じだった。

「はっきり言って、私達だけでも勝つのは厳しいな。ましてや、あいつらを全員捕えるには新たな牢も作らねばならないしな……。そこで、だ」

 ウィンさんは僕に一歩近づき、深々と頭を下げる。

「是非、お前達にも力を借りたい。我々4人が力を合わせれば彼女を守れるはずだ」

「あ、頭を上げてください。むしろ、頭を下げなければならないのは僕達の方ですよ」

 クレスさんを連行したということから、異様なまでに警戒していた。
 村人を助け、ユエさんも助けてくれたのに。
 しかし、僕の言葉にウィンさんは梃子でも動かない。

「1人で少女を守れぬ私など、頭を下げることしか出来ないのだ。このまま話を聞いてはくれないか?」

「で、ですから!!」

 ユエさんを助けたいのは僕も同じだ。
 むしろ、こちらが力を課して欲しいくらいだ。
 僕はウィンさんよりもさらに深く頭を下げた。

「こちらこそ、力を貸して欲しいです! お願いします!」

「……いや、力を借りるのはこちらだ!」

 ウィンさんの後頭部が、地面との間に割って入る。
 それどころか、ひざを折って額に土を付けていた。
 やっぱり、ウィンさんは真面目で優しい。どことなく――フルムさんと似ているような気がした。

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