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「絵本《えもと》 乙女《おとめ》……? 知らないわね」

 条件を突き出された俺は家に帰宅した。
 テーブルを囲み夕食を食べるアカネに俺は聞いた。もぐもぐと租借していたアカネは、しっかりと口の中の物を飲み込んだのちに答えた。

「同じ群衆《クラスタ》なのに知らないんだ……」

 てっきり、アカネが何か知ってると思っていたが、予想に反して情報は持っていないようだ。露骨にため息を吐く俺に、言い訳するように口を窄める。

「だから、最初に言ったでしょ? 銀の群衆《クラスタ》は放任主義。基本的には自由なのよ」

「とか、言いながら俺はしっかり条件出されたけどな」

 どこが放任主義だ。
 ガチガチに縛られてるではないか。
 納得のいかぬ俺に、目を輝かせるアカネ。

「それだけ、あんたが期待されてるってことよ。七五三《なごみ》さんに、初対面で一撃入れるなんて、初めて聞いたわ」

「そうかなぁ」

 でも、アカネの表情を見るに本当に凄い事なんだろうな。俺に対して割と厳しめにあたるアカネが嬉しそうなんだもの。

 というか、あのいきなり攻撃するアレを、全員にやってるんだ。イムさん、常識人ぶってるけど何気にヤバい人なのでは?
 まあ、魔族なので人ではないんだけども。

「そうよ。あんたは凄いの。だから、もっと自分の力について学びなさい。【魔能力】は思いがけない使い方があったり、その逆で弱点もあったりするのよ」

「使い方ねぇ……」

 俺は自分の前に置かれた夕食を食べる。今日のメニューはカレー。といっても肉はない野菜だけのカレーだった。兄貴がスパイスを調合しているらしく、市販のルーとは比べ物にならないほど美味い。

「そう言えば、まだ、銅次の【魔能力】について、俺は聞いてなかったな」

 兄貴が自分の皿を持ってテーブルに座った。
 俺はイムさんから渡された巻物を中心に広げ、書かれた文字を兄貴に見せた。

「【時間貯蓄】が俺の【魔能力】だ。貯めた時間を加速、減速させることができるんだよ。こんな風に」

 俺は試しに力を発動する。
 何か話そうとした銀壱の口の動きが遅くなり、言葉を発するより早く俺は背後に回った。トントンと兄貴の背を叩いた。

「おわっ! いつの間に移動したんだよ」

 口に運んでいたカレーを吐き出す兄貴。
 ゴホゴホと咳込む。
 その姿は本当に老人だなと実感する。

「凄いじゃないか。この力があれば、生里も倒せるんじゃないか?」

 期待の眼差しを兄貴は向ける。

「俺もそう思うんだけど、まずは仲間で力を試せってことらしいよ」

「まあ、確かに銅次は俺と違って若いんだ。時間をかけて確実に倒せるようにしたらいいさ」

「だね」

 俺は兄貴の言葉に頷き、自室へ戻るのだった。





 翌朝。
 俺は後悔に苛まれていた。朝一番でアカネと共に絵本《えもと》を探しに行くと約束をしていたのだが、それが良くなかった。
 早めに目覚ましをセットしたが故に俺は起きれなかった。
 いや、性格には起きれたんだ。

「やっちまった……」
 
 俺は二度寝の誘惑に負け、貯蓄していた時間を全て使ってしまった。
 俺の視界に映る貯蓄時間は-0:30:00。
 昨日は少なくとも3時間有ったのに、たった一晩でマイナスになっていた。

「……まさか、時間を巻き戻すには貯蓄した時間の二倍の時間が必要になるなんて……」

 そう言えば、初めて時間を戻した時も、三時間しか戻していなかったのに、六時間のマイナスだったような……。
 アカネの言っていた思いがけぬ弱点とはこういうことを言うのだろうか。犯した自分の罪を反省しながら立ち上がる。
 すると――視界に映っていた時間がカウントを始める。

「ガッ……」

 俺は胸を抑えて倒れ込む。
 苦しさで動けない。意識も朦朧としていく。

「これは……。不足分を補ってるのか」

 俺が持っていなかった時間を苦しみで支払わせようとするのか。苦しみに耐えられなくなった俺は時間を貯蓄しようとするが、数字は増えなかった。

「この最中は力が発動しないのかよ……」

 もう二度と――二度寝に自分の能力を使わないと俺は決意した。
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