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「なんで、あんなこと言われなきゃ行けないんだよ」

 無事、女性を助けた俺はアカネと共に家に帰宅していた。ドカっと椅子に座った俺は帰り際に放った絵本《えもと》の言葉を思い出していた。

「馬鹿に付ける薬はないと言うが、君には現実を突き付けた方がいいだろう。三日後。もう一度、この場所に来ると良い。私が本気で君を倒そう」

 現実が分かってないなんて――俺は思わない。
 困ってる人を見捨てるのが現実だというのだろうか? 不満げな俺の隣にアカネが座った。彼女の手には数冊の絵本が抱えられていた。

「まあ、50年前がどうだったか知らないけど、悪いけど私も絵本《えもと》に同意しちゃうわね」

「そんな……! そんなに人助けが駄目なんですか?」

「……人助け云々の前に、銀の群衆《クラスタ》の管轄で、異様なことが起きたとなれば、顔はバレなくても結局のところ疑いは私たちに向くことは間違いないわ」

「……」

「そこまで考えてなかったって顔ね」

 俺は確かにそこまで考えていなかった。目の前の人を助けたい一心だけだった。

「それが絵本《えもと》の言う『現実』って奴じゃない? 下手したら赤の群衆《クラスタ》が乗り込んできて、全面戦争になるかも知れないんだから」

「戦争って、そんな大げさな」

「それが大げさじゃないのよ。過去にも一度、似たようなことが青の群衆《クラスタ》でも在って、実際に総力戦をしてるのよ」

「……そ、そうなんですか」

「だから、基本的には他の群衆《クラスタ》には干渉しない。それは暗黙のルールなのよ」

「それが――人攫いでもですか」

「そう。ま、やっちゃたことは仕方がないわ。大人しくどうなるのか待ちましょ。」

 アカネは肩を竦めて自分の部屋へ消えていった。





 それから三日が経過した。
 戦争が起こるかもしれないなどとアカネは言っていたが、特に銀の群衆《クラスタ》が管理する地で異常は見られなかった。

「と、なれば俺が考えるべきは絵本《えもと》さんか」

 本気で戦うと宣言された日が今日だ。
 俺もこの日のために三日間、こつこつ時間を貯蓄していた。その成果もあって、俺の視界には、

 10:00:00

 と、数字が浮かんでいる。
 十時間。
 加速を使えば十分間。
 時間を五時間戻せる。

「これだけあれば、充分だろう」

 と、自分に言い聞かせて見たものの、果たして何が充分なのかが未だに分からないのだけど。

「思えば、【魔能力】を持つ相手と戦うのはこれが初めてか」

 冷静になるほど、イムさんが出した条件の意味が分かってきた。感謝しなきゃならないな。今度、お菓子でも持ってお礼に行くかと考えながら歩く。
 目指す先は勿論、絵本《えもと》が済むあの本屋だ。

「待ってたよ」

 店内に入ると、絵本《えもと》がレジの奥に座っていた。読んでいる本が絵本《えほん》でも、美麗な絵本《えもと》が持つとサマになる。
 パタンと閉じて脇に抱える。

「じゃあ、早速、戦おうか」

 その瞬間。
 俺は見えない力に吹き飛ばされた。店の外へ転がりながら出た俺を追うように、ゆっくりと絵本《えもと》が歩いてくる。
 ……何をされたんだ?
 俺と同じく時を速めて移動したのか?

「くそ、何にせよいきなりかよ。だったら、俺もやってやんよ!」

 相手が同じ能力かどうかは、時を加速させれば分かる。
 俺は立ち上がると同時に【魔能力】を発動し、店の前に立つ絵本《えもと》へ殴りかかる。

 俺の拳が頬を捉えた。
 だが、

「がっ!!」

 痛みに吠えたのは俺だった。拳の骨が砕けたかのように痛む。まるで、鉄でも殴ったかのような感触だ。
 あまりの痛みに時の加速を緩め、膝を付く。
 絵本《えもと》は一瞬、俺を探して視線を動かすが、すぐに足元で蹲る俺を見つけた。

「やっぱり……そうか」

 呟くと同時に再び見えない力が俺を襲う。
 ゴロゴロと地面を転がる。

「くそ、何が起きたんだ?」

「それは私に聞いているのかな? だとしたら、馬鹿にされたモノだな。私は自分の力を話すほど愚かではないし、無暗に力を見せたりもしない。君みたいにね!」

「……っ!!」

 まさか、三日前に俺が力を使ったから、【魔能力】がバレたのか?
 加速すれば相手は何もできないとタカを括っていた俺を、見下すように絵本《えもと》は笑う。
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