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 洋画に出てくる悪役のように口を大きく歪めて笑う女性――阿散《あばら》さん。
 撫でていた素子《もとこ》さんの頭をボールのように掴むと、力任せに歩かせる。その姿は散歩を嫌がるペットにも見える。
 しかし、素子《もとこ》さんはペットではない。【魔能力】を持つ人間だ。何故、発動させないのか?
 俺は歩き始めた二人の前に回る。

「ちょ、ちょっと待ってください。あなたが素子さんを傷だらけにしたんですか?」

 俺の問いに足を止めて睨む。
 素子《もとこ》さんと同じ、「殺す」か「殺さないか」で人を値踏みするような視線。数秒程俺を見つめた後に、小さなため息と共に素子さんに注意した。

「素子。男はもっとちゃんと選んだ方がいいぞ。こいつ、絶対、馬鹿じゃん」

「……否定はしないの」

「……」

 俺は助けようとした相手に馬鹿だと認められてしまった。
 いや、人に誇れるほど頭が良くないのは自分でも分かってるから、心に傷を負うことはないのだけど、なんだか、悲しくなってくる。
 阿散《あばら》さんはそんな俺を無視して、口角を釣り上げる。

「で、お前はこんなヤツのために私を裏切ろうとした訳だ」

「……裏切る?」

 俺よりも先に、素子《もとこ》さんには仲間がいたのか。

「そう。私たちは【ご褒美】を求めて公式戦に出てたんだよ。なのに、こいつは私とは公式戦に出たくないってさ。私は素子《もとこ》の【魔能力】を買ってたんだぜ?」

 掴んでいた頭を持ち上げ、素子さんの顔を覗き込む。
 今にも手が出そうな危うい雰囲気。
 なんとか、穏便に済まそうと説得を試みる。

「一回、落ち着いてくださいって。阿散《あばら》さんも同じ群衆《クラスタ》でしょ?」

 ゴテゴテと制服にカラフルな装飾こそしているが、色自体は銀であることに違いはない。
 互いに戦ったところで無駄なだけではないか。
 俺の説得に、「それもそうじゃん」と手を放した阿散《あばら》さん。すると、次の瞬間には素子《もとこ》さんの顔に向けて拳を振るった。
 ゴツリと鈍い音と共に素子《もとこ》さんが倒れた。

 その顔を踏みつけ、俺を睨む。

「うるせーな。お前、ここで素子を助けて王子気取りか……? 私はさ、お前みたいな奴が一番嫌いなんだよ」

 怒りに支配された表情。それだけではまだ足りないと自分の手で顔を握る。悪魔のような形相を浮かべ、踏みつけていた素子《もとこ》さんを蹴り飛ばした。

「あんたも、殺してやるじゃん」

 怒りに満ちたまま、今度は俺に向かってくる。
 やはり、この時代で力を持った人間。そう簡単に話を聞いてはくれなさそうだ。

「なら、仕方ないか……、常に時間貯蓄していてよかった」

 俺は意識を視界の隅へ向ける。四六時中浮かぶ数字には、もう慣れた
 今、浮かんでいる数字は、

 15:43:34。

 公式戦を終えてから15時間の貯蓄をしていた。
 これだけの時間があれば、加速が15分間は使える。
 阿散《あばら》さん一人を相手するには、お釣りがくる時間だ。

「取り敢えず、少しダメージを与えておこうか」

 動きを遅くした阿散《あばら》さんの腹部に前蹴りを放つ。足の裏に人の肉を弾いた感触が伝わる。
 これで、戦意を失ってくれればいいんだけど。
 俺は加速させていた時間を解除した。

「……なっ!!」

 俺が能力を解除すれば、阿散《あばら》さんは吹き飛ぶはずだった。だが、彼女は俺の攻撃など受けていないと言うように、俺を殴った。
 彼女の拳が頬を撃つ。
 完全に油断していた俺は、地面を水切るが如く跳ねた。

「なにが……起きたんだ?」

 俺は確かに打撃を加えたはずだ。
 これまでにも、俺の【魔能力】が通じないことはあった。絵本《えもと》は、常に盾を展開して。素子《もとこ》さんは能力の無効化を用いて。
 だが、阿散《あばら》さんは違う。
 確かに俺の打撃を受けた。能力もしっかり発動していた。
 それなのに――。

 吹き飛んだ俺を追って阿散《あばら》さんがゆっくりと歩み寄る。

「おい、どうした? 逃げる時間を作ってやってるんだぞ?」

 ……【魔能力】が通じない相手なのだから、逃げた方が正しい選択なのは分かる。
 でも、彼女の腕の中には素子《もとこ》さんがいる。
 また、傷だらけにされるかも知れないのに、見捨てられない。

 立ち上がる俺に素子《もとこ》さんが叫んだ。

「私のことは、いいの! 阿散《あばら》は無敵だから、早く逃げるの!」

「……無敵?」

 だから、素子《もとこ》さんは戦うことも、逃げることもせずに従っているのか。
 無敵と言われたことに気をよくした阿散《あばら》さんが胸を張る。
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