1 / 6
1
しおりを挟む
その日、私は売られたのだと理解できたのはいつも不機嫌な顔をした彼女が懇切丁寧に莫迦にしてくれたからだった。
稲の収穫が終わってから冬が来るまでの短い期間のことだ。その男が私の家を訪ねてきたのは。今にして思えば、両親がどういうツテをたどったのか、呼んだのだろう。その年はいつもに比べたら不作で、母が米櫃を眺めてはため息をつくことが増えていた。両親に祖父母、そして5つ上の兄と私と年子の妹二人。8人を養うには心許ない量だったに違いない。
友達と目いっぱい遊んで帰ってきた私に、両親はその男を友人、と紹介した。そのくせ、祖父母や兄は私やその男から目を背け、両親の顔は引きつっていて、にこやかな笑みを浮かべているのは友人と言われたその男だけだ。
旅装の男だった。笠を真深く被り、目元が見えないのが恐ろしかったのをよく覚えている。だから、笠を跳ね上げ、人好きのする笑顔を見せたことにほっとしたものだ。年は両親と同じくらいで、旅をしているせいか野放図に髭が伸び切っていた。
「ほほう、これが十和子か」
「えぇ、あの」
「なんだ、まだ話してないのか」
呆れたような男に、両親が気まずそうに目を逸らす。
それはそうだ。なんせ娘を売るなんて説明、当の本人にできるはずがない。だから、だから男は。
「都に行ってみたいか」
「都?」
「あぁ、賑やかなところだぞ。そうだ、簪の一つでも買ってやろう」
「かんざし!でも……」
言葉を濁した私が、ちらりと妹たちをうかがう。
私だけ、そんな贅沢をしていいんだろうか。
「あぁ、家族を心配してんのか。そうさな、土産でも買って帰ればいい」
鄙びた村しかしらない子供にとって、旅芸人の語る物語の中にしかない都に行く機会などあるはずもない。両親にしてもだ。多少不安があったとしても曖昧な笑顔でうなずく両親を見て安心してしまうのも無理はないだろう。
「都はどんなところなの?」
そもそもな話、娯楽の少ない村において旅人の存在そのものが珍しい。
男の足元にまとわりついて話をねだる私や妹たちを引きはがした兄がきつい目で男を睨む。
その様子に男は肩をすくめただけで応じてみせて、大人の話があるからと部屋を追い出されてしまった。その時は大人だけ都の話を聞くのだと憤慨したのだけれど、有無を言わせぬ両親の様子に私たちはしぶしぶ頷き、くすくすと忍び笑いを躍らせながら眠りについたのだった。
稲の収穫が終わってから冬が来るまでの短い期間のことだ。その男が私の家を訪ねてきたのは。今にして思えば、両親がどういうツテをたどったのか、呼んだのだろう。その年はいつもに比べたら不作で、母が米櫃を眺めてはため息をつくことが増えていた。両親に祖父母、そして5つ上の兄と私と年子の妹二人。8人を養うには心許ない量だったに違いない。
友達と目いっぱい遊んで帰ってきた私に、両親はその男を友人、と紹介した。そのくせ、祖父母や兄は私やその男から目を背け、両親の顔は引きつっていて、にこやかな笑みを浮かべているのは友人と言われたその男だけだ。
旅装の男だった。笠を真深く被り、目元が見えないのが恐ろしかったのをよく覚えている。だから、笠を跳ね上げ、人好きのする笑顔を見せたことにほっとしたものだ。年は両親と同じくらいで、旅をしているせいか野放図に髭が伸び切っていた。
「ほほう、これが十和子か」
「えぇ、あの」
「なんだ、まだ話してないのか」
呆れたような男に、両親が気まずそうに目を逸らす。
それはそうだ。なんせ娘を売るなんて説明、当の本人にできるはずがない。だから、だから男は。
「都に行ってみたいか」
「都?」
「あぁ、賑やかなところだぞ。そうだ、簪の一つでも買ってやろう」
「かんざし!でも……」
言葉を濁した私が、ちらりと妹たちをうかがう。
私だけ、そんな贅沢をしていいんだろうか。
「あぁ、家族を心配してんのか。そうさな、土産でも買って帰ればいい」
鄙びた村しかしらない子供にとって、旅芸人の語る物語の中にしかない都に行く機会などあるはずもない。両親にしてもだ。多少不安があったとしても曖昧な笑顔でうなずく両親を見て安心してしまうのも無理はないだろう。
「都はどんなところなの?」
そもそもな話、娯楽の少ない村において旅人の存在そのものが珍しい。
男の足元にまとわりついて話をねだる私や妹たちを引きはがした兄がきつい目で男を睨む。
その様子に男は肩をすくめただけで応じてみせて、大人の話があるからと部屋を追い出されてしまった。その時は大人だけ都の話を聞くのだと憤慨したのだけれど、有無を言わせぬ両親の様子に私たちはしぶしぶ頷き、くすくすと忍び笑いを躍らせながら眠りについたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる