玻璃の見た夢

鈴凪

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 かんざし屋から引きずられるように男に連れていかれたのが、私と終子が働くことになる遊郭のある場所だった。都の一角だというのに、周囲は高い壁によって覆われて内部はうかがい知れない。そのうえ、元々あった川を利用したのか堀まで作られており、たとえ塀を抜けることができても外部へと逃げるのは難しいようだ。
 明らかに外部との接触を断つように作られた場所の唯一の接点が大門と呼ばれる場所だ。その言葉通り、大きな門がそびえたつそこには常時見張りの門番がおり、魚や野菜などを運ぶ行商人や出入りの客などを見張っていた。
 入り鉄砲に出女、とは関所で注意されるもののことだと言うがこの門も同じように出ていく女に厳しく注意を払っているのだろう。
 つまり。
「ここに入ったらもう二度と出られないってわけ」
「二度とってわけじゃないけどな」
 そう。私も終子も、自分に掛けられたお金を全て払わない限り、この場所から出ることはかなわないのだ。そして稼ぐ手段は肉体ひとつしかない。
 きゅっ、と終子の服の裾を掴む。幼い私にはその事実は重すぎて、理解も納得もしているというのにやはり足がすくむ。
「莫迦な子ね」
 そんな私を鼻で笑って、終子はためらうことなく男の後に続いて門をくぐる。彼女の服に捕まっていた私も、それに続かざるをえなくなり、つんのめるようにして土を踏んだ。
 1歩、門の内側に入ったからといって劇的に風景やにおいが変わるわけではなかった。入り口付近は待合の茶屋が多いからだと男は嘯き、どんどんなかへと入り込む。
 男につき従っているうちに、町の構造をぼんやりとだが理解できる。と言うのも、町全体が緩い楕円のような形をしているらしく、通りがゆったりとしたカーブを描いていた。このまま道なりに歩けばやがてぐるりと一周して元の大門へと戻ってくるだろう。そして中央には広場があり、そこからまた、放射線状に道が伸びていて、今私たちが歩いている大通りへと接続する。2重の輪のような構造だ。
「ねぇ、どこなの?」
「一番奥だ」
 なかなかたどり着かないことに焦れた終子が尋ねると、男は短く答える。奥。もっとも大門から遠く、逃げ出しにくい場所だ。そのことに、終子もすぐに気が付いたのだろう。白くなるほど唇をかみしめていることに気が付くと、取り繕うようにわざとらしく笑んで見せた。
 店先を整える男たちに混じって、時折、少女たちとすれ違う。私たちよりも何歳か年上の少女たちはこれから習い事にでもいくのか風呂敷に包まれた荷物を持ち、くすくすと軽やかな笑みをまき散らしながら軽快な足取りで過ぎ去っていく。もしかしたら、そんなに怖い所でもないのかもしれない。
 何人かの少女たちとすれ違ううちにそう思った私は、その店にたどり着くころには終子の着物から手を離すことができるようになった。

 都でも一番だというその店は確かに左右に立ち並ぶ店よりも一際大きく、私たちを圧倒した。訪れたのが昼間だったからだろう、夜に見せる妖しさは微塵も感じられず、かんざしを買ってもらった大通りに比べて閑散と人が行きかうだけだ。
 店の前を掃く下男が男に気付き、親し気に声をかける。知り合いらしい。私たちにはちらりと値踏みするような視線を送ってきた。その視線に蹴落とされるように、私はそっと終子の陰に隠れる。なんだか恐ろしい、と感じたのは間違いなかった。確かに、恐ろしい店だったのだから。
「そろそろ来る頃だと思ってたよ」
「あぁ……寄り道させられてな」
「お前が?珍しいな」
「ガキどもがめんどくさいんだよ。大将は?」
「呼んでくるから裏に回っててくれ」
「はいよ」
「終わったら一杯どうだ」
「いいな。けど、その前に湯屋だな」
「だな、さすがにその恰好は追い出されちまう」
 二人は豪快に笑って手を上げて別れると、男が私たちを手招きして呼び寄せる。
 そうされなければ近づけないほど、彼らのそれは別世界での出来事のように感じた。
「この店?」
「あぁ」
「お前らともこれでお別れだ」
 裏口へと回り込みながらした会話が、男との最後の会話だ。私たちはこれから、この店に引き渡される。
「ふぅん、良さそうじゃない」
「良いんだよ。こんなとこ来れるの、お大尽だけだからな」
「おじさんとはもう会えないの?」
「そうだなぁ、時々お前らみたいな子供を渡しに来るから、その時なら会えるんじゃないか」
「ぜんっぜん良い会い方じゃないじゃない」
「仕方ないだろ。世の中そういうふうにできてんだ」
 そう言った男は自分の仕事を悔やむでも、誇るでもなくただ諦めをもって語る。彼がどういう経緯で人買いなんてやっているのかは分からないけれど、その時の諦観のにじむ横顔はいつまでたっても忘れられない。
 それに対して終子の様子はわかりやすくて、いつも悔しそうに、だけど期待と情熱に燃える瞳をしていた。なのに、この時は恐ろしいのか、いつものように生意気なようで、その瞳にはうっすらと水の膜が張っていた。
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