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暖簾をくぐると、広い土間が出迎えた。このあたりの作りは表の妓楼と同じなようだがあちらでは奥に中庭が見えたのに対して、こちらはそうではないらしく、土間のすぐ左奥には2階へとつながる階段がある。逆の右側は番頭台とでもいうのか、見張りのようにやや年嵩の女性が気だるげに煙管を吸っていた。とても美しい、玲瓏という形容詞が似合う女だった。確かに年齢は私の両親よりも高く、女としての適齢期は過ぎているはずだというのに、年齢すらも魅力に代えているようだ。先ほど目の合った女が動の、蛇のような艶めかしさが魅力だとしたら、こちらは静だ。指先の仕草一つで人を虜にして、目線ひとつで恋に落とすような、そんな――。
「あら、表の。連れてきたってことは見込みがありそうなのかしら?」
鈴のような声で、彼女は私の隣に立つ楼主に問いかける。その通りだとうなずく彼に彼女は笑みを浮かべる。
「そんなに見つめて、穴が開いたらどうしましょう」
「え、あっ、ご、ごめんなさい!」
「まぁいいわ。まずは旅の汚れを落とさなくてはね」
かつんと音を立てて、彼女の手のなかの煙管が火鉢へと灰を落とす。それを合図にしたかのように奥から何人かの女性が現れた。その誰もが、私の感性では美しいと分類される顔立ちをしていて、あっけにとられる。本当に、村を出てから驚くことばかりで、私はきっと、この時に一生分の驚愕という感情のほとんどを使い切ったに違いない。
とにかく、奥から現れた女性たちの手によって、私の草履は脱がされ、板の間へと上がる。そんな私を番頭台にたたずむ女は下からじっくりと見上げた。そして、ひとつ、大きくうなずくと再び煙管に火をともし、ふっと白い煙を吐く。仕草一つ一つが優美で、存在している世界が違うようだ。
「そういえば、名前は何というのかしら」
「十和子、です」
「わたくしは錦鯉の睡蓮よ」
「錦鯉?」
というと、お寺の池とかにいるあれだろうか。大きくて、赤や白や金色の。ぱくぱくと池の水面で餌をねだる様子が妙に不気味で恐ろしかったことを、この時不意に思い出す。なんで、あれを恐ろしいと感じたんだろうか。
「店主、楼主……なんでも良いけれど、責任者、と思ってもらって構わないわ」
どんな顔をして良いか分からない私に、彼女は畳みかけるように言葉を紡ぐ。紅の刷かれた唇が釣りあがって、笑みの形を作る。
「ようこそ、金魚屋へ」
そう言って彼女は、名前の通り清廉に、花が綻ぶように私に笑いかけた。
とても清らかな雰囲気だというのに、なぜだかその時、私の背中には滝のような汗が流れたような、そんな錯覚を覚える。まるで、巨大な何かにとらえられたような――遊郭に売られた時点でその通りなのだけど――覗き込んではいけない井戸の底を覗き込むような、そんな予感めいた何かを私は感じたのだった。
「あら、表の。連れてきたってことは見込みがありそうなのかしら?」
鈴のような声で、彼女は私の隣に立つ楼主に問いかける。その通りだとうなずく彼に彼女は笑みを浮かべる。
「そんなに見つめて、穴が開いたらどうしましょう」
「え、あっ、ご、ごめんなさい!」
「まぁいいわ。まずは旅の汚れを落とさなくてはね」
かつんと音を立てて、彼女の手のなかの煙管が火鉢へと灰を落とす。それを合図にしたかのように奥から何人かの女性が現れた。その誰もが、私の感性では美しいと分類される顔立ちをしていて、あっけにとられる。本当に、村を出てから驚くことばかりで、私はきっと、この時に一生分の驚愕という感情のほとんどを使い切ったに違いない。
とにかく、奥から現れた女性たちの手によって、私の草履は脱がされ、板の間へと上がる。そんな私を番頭台にたたずむ女は下からじっくりと見上げた。そして、ひとつ、大きくうなずくと再び煙管に火をともし、ふっと白い煙を吐く。仕草一つ一つが優美で、存在している世界が違うようだ。
「そういえば、名前は何というのかしら」
「十和子、です」
「わたくしは錦鯉の睡蓮よ」
「錦鯉?」
というと、お寺の池とかにいるあれだろうか。大きくて、赤や白や金色の。ぱくぱくと池の水面で餌をねだる様子が妙に不気味で恐ろしかったことを、この時不意に思い出す。なんで、あれを恐ろしいと感じたんだろうか。
「店主、楼主……なんでも良いけれど、責任者、と思ってもらって構わないわ」
どんな顔をして良いか分からない私に、彼女は畳みかけるように言葉を紡ぐ。紅の刷かれた唇が釣りあがって、笑みの形を作る。
「ようこそ、金魚屋へ」
そう言って彼女は、名前の通り清廉に、花が綻ぶように私に笑いかけた。
とても清らかな雰囲気だというのに、なぜだかその時、私の背中には滝のような汗が流れたような、そんな錯覚を覚える。まるで、巨大な何かにとらえられたような――遊郭に売られた時点でその通りなのだけど――覗き込んではいけない井戸の底を覗き込むような、そんな予感めいた何かを私は感じたのだった。
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鈴さんの作品サクッと読ませてもらいました(^o^)
文章の構成とか知的で内容も気になったのでお気に入り登録させてもらいました(^o^)
よかったら私の作品も観てくださいね(^^)