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気狂い桜
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――ごめんなさいごめんなさい。
はらはらと舞い散る花びらとともに、女の声がきこえる。
山の中腹にある気狂い桜と地元で呼ばれる桜は秋だというのに今日も満開だ。
あとすこし。もうすこし、作業をしよう。冬が来る前に蓄えなくては。
ざくざくと根本の土を掘り進む。
柔らかい土は以前に掘ったところだ。もっと深くほったほうがいいだろうか。去年は足らなくて彼女は春には随分と弱ってしまった。だから今年は、もっと、もっと。
――ごめんなさい。
女の声がきこえる。君のせいじゃない。彼らが死んだのは自業自得で、君のせいなんかじゃない。
だから君は泣かないで。これは、俺がしたくてやっていることなのだから。
どさどさと持ってきた荷物を土の中に放り込み、再び土を被せる。どんなに踏み固めても掘り返した部分が目立ってまうのはこまった。雪が降るまでどうしようか。
――これいじょうはもう、やめて。
彼女の声に頭をふる。
「君に生きていてほしいんだ」
俺があいつらに殺されそうになったときに、彼女は俺を助けてくれた。そのせいで……人間を殺したせいで呪われてしまった彼女はもう、人でしか命をつなげない。
だからこうして、俺は彼女のために人を、栄養を、運び続ける。
けどそれも、難しくなるだろう
あの事件があってから3年。そして今年はなるべく多く栄養を確保しようと思って、やりすぎてしまった。ニュースは失踪者の話題を毎日のように垂れ流す。その理由も知らないままに。
彼女が悲しむまでもない。もう、限界なのだ。
昨日ついには警察が俺を訪ねてきた。
「一緒に春を迎えよう」
スコップをそこらへんに刺して、俺は彼女に身を委ねた。背中に伝わるごつごつとした感触に、どこか安心する。
幼い頃から一緒だった。見守ってくれた。何も知らずに約束を交わした。来年の春も、一緒に。
――おねがい、やめて。
彼女の声が聞こえる。ごめんね。
俺はもう止まれないんだ。君を生かすためと言いながら、結局の所君といたい僕のためだから。
大量の錠剤を口の中に放り込み、がりがりと噛み砕く。
雪の季節にはまだ早いけれど幸い一人暮らしで心配する人もいない。きっと春まで見つかることはないだろう。
トロトロとした微睡みに身を任せれば瞼の裏に彼女の姿が浮かぶ。
あの、桜の舞い散る中でであった彼女がまさか妖かしだなんて思わなかったけれど。それでも俺は彼女に恋をしたのだ。
彼女の声が俺を呼び、彼女の腕が抱きしめる。母の胎内に戻ったかのように心が安らいでいった。
「これは……」
と男は言葉を失った。
死体がある、と通報を受け駆けつけてみれば、まだとろこどころ雪の残る山の中で一本の桜の木が花を咲かせていた。
気温は低く、花を咲かせるにはまだ早い。早く咲いているわけではない。単に、散っていないのだ。気狂い桜と呼ばれる木は有名だった。
その桜の根本に、青年の死体が一つ。雪の中に埋もれていたせいか、死体は腐ることなく、生前のままを保っていた。いつからそこにあるのかはわからない。
その異常性を示すのは、死体の様子ではなかった。
桜の木が。
花をつけたままの桜の根が、彼の体に絡みついていたのだ
青年は、連続失踪事件の重要参考人として名前が上がっていた人物だった。冬の間行方がわからなくなり、犯人ではなく被害者だったのかと行方を探されていた人物だった。
その彼が、根に絡まり、幸せな夢でも見ているかのように、死んでいる。
「警部!」
部下の声に男の意識が引き戻される。視線を巡らせば、彼の示した指の先にはいくつもの死体が折り重なっていた。
崩れ、腐り、折り重なったそれのいくつかには失踪事件の被害者の特徴がみてとれた。
「ここに死体を捨てていたんでしょうか」
「おそらくな」
男は漂う匂いに口元を抑える。
後々に分かったことだが、死体には陵辱の跡などは一切なく、多々ひたすら殺され、遺棄されていた。その犯行動機の不明さに、男は首を傾げた。
ただわかっているのは、その後、連続失踪……否、連続殺人は起こらず、犯人を捕まえることもできなかった、ということである。
そして気狂い桜と呼ばれたあの木は、気がつけば幹からぽっきりと折れ、2度と花を咲かせなかったというーー。
はらはらと舞い散る花びらとともに、女の声がきこえる。
山の中腹にある気狂い桜と地元で呼ばれる桜は秋だというのに今日も満開だ。
あとすこし。もうすこし、作業をしよう。冬が来る前に蓄えなくては。
ざくざくと根本の土を掘り進む。
柔らかい土は以前に掘ったところだ。もっと深くほったほうがいいだろうか。去年は足らなくて彼女は春には随分と弱ってしまった。だから今年は、もっと、もっと。
――ごめんなさい。
女の声がきこえる。君のせいじゃない。彼らが死んだのは自業自得で、君のせいなんかじゃない。
だから君は泣かないで。これは、俺がしたくてやっていることなのだから。
どさどさと持ってきた荷物を土の中に放り込み、再び土を被せる。どんなに踏み固めても掘り返した部分が目立ってまうのはこまった。雪が降るまでどうしようか。
――これいじょうはもう、やめて。
彼女の声に頭をふる。
「君に生きていてほしいんだ」
俺があいつらに殺されそうになったときに、彼女は俺を助けてくれた。そのせいで……人間を殺したせいで呪われてしまった彼女はもう、人でしか命をつなげない。
だからこうして、俺は彼女のために人を、栄養を、運び続ける。
けどそれも、難しくなるだろう
あの事件があってから3年。そして今年はなるべく多く栄養を確保しようと思って、やりすぎてしまった。ニュースは失踪者の話題を毎日のように垂れ流す。その理由も知らないままに。
彼女が悲しむまでもない。もう、限界なのだ。
昨日ついには警察が俺を訪ねてきた。
「一緒に春を迎えよう」
スコップをそこらへんに刺して、俺は彼女に身を委ねた。背中に伝わるごつごつとした感触に、どこか安心する。
幼い頃から一緒だった。見守ってくれた。何も知らずに約束を交わした。来年の春も、一緒に。
――おねがい、やめて。
彼女の声が聞こえる。ごめんね。
俺はもう止まれないんだ。君を生かすためと言いながら、結局の所君といたい僕のためだから。
大量の錠剤を口の中に放り込み、がりがりと噛み砕く。
雪の季節にはまだ早いけれど幸い一人暮らしで心配する人もいない。きっと春まで見つかることはないだろう。
トロトロとした微睡みに身を任せれば瞼の裏に彼女の姿が浮かぶ。
あの、桜の舞い散る中でであった彼女がまさか妖かしだなんて思わなかったけれど。それでも俺は彼女に恋をしたのだ。
彼女の声が俺を呼び、彼女の腕が抱きしめる。母の胎内に戻ったかのように心が安らいでいった。
「これは……」
と男は言葉を失った。
死体がある、と通報を受け駆けつけてみれば、まだとろこどころ雪の残る山の中で一本の桜の木が花を咲かせていた。
気温は低く、花を咲かせるにはまだ早い。早く咲いているわけではない。単に、散っていないのだ。気狂い桜と呼ばれる木は有名だった。
その桜の根本に、青年の死体が一つ。雪の中に埋もれていたせいか、死体は腐ることなく、生前のままを保っていた。いつからそこにあるのかはわからない。
その異常性を示すのは、死体の様子ではなかった。
桜の木が。
花をつけたままの桜の根が、彼の体に絡みついていたのだ
青年は、連続失踪事件の重要参考人として名前が上がっていた人物だった。冬の間行方がわからなくなり、犯人ではなく被害者だったのかと行方を探されていた人物だった。
その彼が、根に絡まり、幸せな夢でも見ているかのように、死んでいる。
「警部!」
部下の声に男の意識が引き戻される。視線を巡らせば、彼の示した指の先にはいくつもの死体が折り重なっていた。
崩れ、腐り、折り重なったそれのいくつかには失踪事件の被害者の特徴がみてとれた。
「ここに死体を捨てていたんでしょうか」
「おそらくな」
男は漂う匂いに口元を抑える。
後々に分かったことだが、死体には陵辱の跡などは一切なく、多々ひたすら殺され、遺棄されていた。その犯行動機の不明さに、男は首を傾げた。
ただわかっているのは、その後、連続失踪……否、連続殺人は起こらず、犯人を捕まえることもできなかった、ということである。
そして気狂い桜と呼ばれたあの木は、気がつけば幹からぽっきりと折れ、2度と花を咲かせなかったというーー。
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