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Anniversary 2nd Season -bittersweet-
『天の川の距離』[1]
しおりを挟む『天の川の距離 ~Anniversary -bittersweet-』
「さぁさーのーはー、さーらっさらーっ♪」
なーんて軽く口ずさみながら、私は笹の葉っぱの根本を摘まんで、そこに短冊を縛り付ける。
「まーきーばーにーゆーれーるー♪」
「――“牧場”に揺れてどないすんねん」
口ずさんだ途端、ベチリと後ろから、てっぺん頭にチョップが振り下ろされた。
驚いて振り返ると、いつの間に背後に立っていたのか、みっきー先輩のニヤニヤ笑い。
「それを言うなら“軒端”やろ? の、き、ば!」
チョップかまされた頭を抑えながら、「ふみー…!」と世にもナサケナイ表情で上目遣いに先輩を見上げた私は。
世にもナサケナイ声で続けて「せんぱい…」と呼びかけながら。
…ついでに訊く。
「“のきば”って何? どおゆう意味?」
「――桃花……オマエ、もっぺん幼稚園から出直してきー?」
もうすぐ七月七日。――つまり〈七夕〉の日。
当然、我が天文部でも、名付けて『七夕観測会』が催されることになった。
笹飾りは、そのためのオプション。…って、観測会に笹飾りは、どーう考えてもっ! 必要ではないんだけど!
まあ…そこは気分よね! 気分!
私たちの二コ上の、ヒトクセもフタクセも…どころではないくらい大量にクセのあったあの先輩方が卒業していった今もなお、その気風だけは、いまだ根深く天文部に浸透し続けているらしい。…それもどうなのよねえ?
ともあれ今年も、今や天文部部長のみっきー先輩が、笹の一枝をどこからともなく調達してきて――とはいえ、去年は確か吉原部長が『ウチに生えてた』って持ってきてくれてたから、今年は妹の由良先輩に頼んで、おウチから切ってきてもらったんじゃないかなーと思うんだけど、それを部室の窓辺に飾り、やってきた部員がやって来た順に、それぞれ短冊を書いて飾っている真っ最中。
「なによ先輩、『幼稚園から出直し』って、ヒドーイ……!!」
それが可愛いカノジョに言う言葉ぁ!? とウラミがましい視線をジトッと向けて脹れてみせるも、「したら“軒端”って漢字で書けたら前言撤回しちゃるわ」と、事も無げにシラッと即座に返される。――くうっ、書けるかそんなもーん!!
「そんなワケわかんない漢字、幼稚園生だって書けるハズないでしょうっ!?」
「…でも“のきば”って言葉くらい、確実に幼稚園児でも知ってるけどな」
そこで横から余計な口を挟みやがってくださったのは、――言わずもがな、私の天敵ッッ!!
「テメエ、この間の中間試験で、よりにもよって俺様の担当してる教科で、ワザワザ歴代最低点をハジき出してくれやがってからに……それもこれも、てっきり俺に対するイヤガラセかとばかり思っていたが……」
振り向くと、斜め前からインケン極まりない冷たく白い視線を横目で私の方にくれながら、そんなことを低く呟いてくれやがってたのは。
天文部顧問、地学担当教諭の碓氷恭平。昨年から引き続き、ウチのクラスの副担任。…それこそ、私に対するイヤガラセかしら。
しかもヤツは続けてアッサリきっぱり、言い切ってまで、くださりやがりましたのである。
「でも違ったな。――ただ単にバカなだけか」
「ぬぁーんですってえっっ!? 仮にも可愛い教え子に対して『バカ』とか言う!? この最低教師ッッ!!」
「『仮にも可愛い教え子』ってーからには、間違ってもトリプルスコアでクラス平均を下回ってくれたりなんてされたら、とっても困るんですけどねー? 解ってるんですかー、そこの地学二十点だった小泉サン?」
「うぎゃー!! サラッとバラすな生徒のプライバシーをーっっ!!」
「ついでに言うと、その時のクラス平均は六十五点だった、ってーことも、解ってるかー?」
「うっさい、この万年インケン中年教師ッッ!! そもそもアンタの教え方が悪いんでしょーが!!」
「ざけんなテメエ!! 毎回毎回ヒトが一生懸命授業してやってるってー端で講義も聞かんとヨダレ垂らしてグースカ寝こけてるだけのヤツが、どのツラさげて、それを言うかッッ!!」
「うっ、そそそそれはっっ……!! ――絶対バレてないと思ってたのに……!!」
「あんだけ堂々と授業放棄しやがって、バレてねえハズがないだろうが!!」
「だってーっ!! てゆーか、そもそも地学の授業がお昼ゴハンの後にあるってコトが悪いのよっっ!!」
「あーそーかよ……これは期末が楽しみだなーコンチクショウっ……!! てか、まーた最低点ハジき出しては俺様に追試とか再試とか夏期補習やらの手間なんぞ一つでもかけさせやがったら、タダじゃおかねえっっ……!!」
「ぶにゃああああっっ!! いちゃいー、ギブギブギブーッッ……!!」
結局、スバラシイくらいの引き攣り笑顔でもってコメカミ両方から拳でぐりぐり挟まれる、なんていう実力行使に踏み切られてしまったら……かよわい一介の女子生徒である私に、もう勝ち目なんて無いじゃないっ……!
「まあまあ、先生。桃花の成績がアレなのは今に始まったことじゃないんだし、どこかで諦めつけないと……」
そこでミカコがニコニコ苦笑しつつ止めに入ってくれたから、何とか“コメカミぐりぐり攻撃”からは逃れることが出来たけど。
冷静ーに、考えてみると。――それ全然フォローになってないですからミカコさん……。
ヒドイ、みんなしてっ!! と、その場で泣き崩れそうになった私に、「ハイ先輩」と横から差し出される一枚の短冊。―― 一年生の要ちゃん。
「元気だしてください、桃花先輩! いいじゃないですか、ちょっとくらい成績が悪くたって気にすることないですよ!」
「要ちゃん……!!」
アナタってば何て良い後輩なのかしら…!! と感極まって、差し出された短冊ごと、その手を握り締めようとした途端。
「これ以上どうにもなりようのない成績なら、もう後は“神頼み”です先輩! 張り切って短冊、書きましょうっっ!」
そう、ニコニコっと全く屈託の無いステキ笑顔で励まされ。
そのままの中途半端姿勢で、ハタと硬直する私。
「…あーあー、要がダメ押しー」
そこで背後から聞こえてきた早乙女くんのタメ息まじりの呆れ声にも……怒りのツッコミを入れる気力すら、あまりの言われっぷりに精魂尽き果てた私には、もはや、全く残されていなかったのでアル―――。
*
二年生に進級してから、もう早々と三ヶ月が過ぎた。
それでも、私は相変わらず。
卒業した二コ上の先輩方を除いた相変わらずのメンバーに、今年入学してきた新しいメンバーも加わって、みんなでワイワイ楽しい毎日を送っている。
相変わらずの仲間と、――相変わらずの、みっきー先輩。
でも、去年に比べて少しだけ…ほんの少しだけかもしれないけど。
なんとなく変わってきた、私と、先輩の、“関係”。
私が先輩のことを“だいすき”なだけでなく……ちゃんと私も先輩に“愛されてる”っていう、実感。
それが今は、ちゃんと、あるから。
“しあわせ”だと……でも、それを感じるたびに怖くなる時がある。
本当に、ごくたまに、なんだけど。
もし先輩と離れ離れになってしまったら、どうしよう、って―――。
*
「――なにをヘコたれてるんや、桃花?」
ふいに先輩が私の顔を覗き込むようにして、それを訊いた。
「ずっと黙りこくって……いつもの元気が無いやんか」
「だって……」
「なんや、さっきセンセに『地学二十点』ってバラされたことか? 別にあんなん、いつものことやろ?」
「…………」
『いつものこと』って……そうサックリ言われてしまうのも何だかフクザツな心境になるんですが……。
「なに言われたってヘコたれない桃花が、珍しいな。…どうしたん?」
確かに……いつもなら、誰に何を言われようが、別に落ち込んだりはしないんだけど。
だって誰が何と言おうと、私は私だから。何をどう繕っても、それは絶対に変えられないものだから。
我ながら逞しいと思うわよ、そこらへんの前向き思考については。
それでもやっぱり……こういう時季に言われてしまったら、どうしたって真剣に考えざるを得なくなる。
「――ねえ先輩? 私も、もうちょっとくらいは勉強した方が、いいかなあ……?」
――ずざざざざっっ……!!
言ってみた途端、その場に居た全員が同時に勢い良く後ずさった。まるで窓際の笹飾りの横に座っていた私と、その前に立った先輩を、遠巻きにするかのように。
なによ、その反応? と、私が眉をひそめたと同時、聞こえてくるヒソヒソ声の数々。
「桃花が……!! 桃花が、自分から「勉強する」とか言い出すなんてっっ……!!」
「おい、アイツなんか悪いモンでも食ったのか……?」
「どっかアタマでもぶつけたんじゃ……それで打ち所が悪くて……」
「なにはともあれ、明日の天気は大雪になりそうですね!」
「――あ、ん、た、らぁぁああああっっ……!!」
思わずグッと握り締めた拳をプルプル。
しかし、あと一歩で『なんなのよ、その言い方はー!!』と怒りが爆発するところだった直前、フと腕を押さえられた。
見上げると、こちらを見下ろした先輩の優しい瞳。
「…どうしたんや、桃花」
みんなとは違う口調で心配そうに、投げ掛けられる問い。
「勉強したいならオレが教えてやってもええけど……にしたって、突然そんなこと言い出すなんて、なにかあったん?」
私は、思わず唇を噛み締めて俯いた。
「だって……」
もうすぐ七夕だから。――先輩は、きっと“彦星”みたいに……、
「だって先輩、今年はもう“受験生”だから……」
それを小さな声で…でもやっとの想いで、告げた途端。
腕に掛かっていた先輩の手が、ピクリと、微かに震えたような気が、した―――。
「いつまでも私が先輩に甘えてばっかりじゃあ、受験勉強の邪魔になっちゃうし……」
違う…違うの、本当はこんなこと言いたいんじゃなくて。
でも何て言ったらいいのかが分からない。
漠然とした不安。
「それに先輩が“大学生”を目指すんなら、私も一緒に目指したいし……でも、今の成績じゃ到底ムリだから……」
――そう…それも、あるかもしれない。
でも違うの。それもあるけど、それだけじゃないの。
わからないままに……ただ何となく怖くなるの―――。
ふいに頭に載せられた温かい手の感触に、ハッと私は我に返る。
俯いていたままの顔を上げると、目の前には先輩の、普段と変わらない柔らかな微笑み。
「桃花。…今日はもう、帰ろう、な?」
コクリと一つ、無言のままに頷いて。
大人しく私は差し出された手を取って立ち上がった。
――立ち上がった私の髪に触れ、笹飾りの短冊たちが、しゃらりとささやかに、音を立てて……はらりと一枚、床に、落ちた。
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