路地裏のアリス

鶏の鶏に作られた親子丼

人生いろいろあるだろうと思ってはいたが、まさか割烹着を着たニワトリと見つめ合う日が来るとは思ってもいなかった。ニワトリのおばさん（？）は、私を不審者を見るようなジトッとした視線で見つめながら急かすように言ってくる。
「何にするんだい」
私が呆然としているともう一度、少しイラつきながら同じ内容の言葉を投げかけてくる。
「注文は何にするんだい。食べるんだろ？」
二度目の言葉で、ようやく気を取り直した私は、慌てて注文をしようと焦る。
「あ、メニューとかありますか」
「そこにあるだろ、早く決めておくれ」
私とイヌくんは４人席に座り、古い紙切れのようなメニューを二人で眺める。サバの味噌煮定食、唐揚げ定食、カツ丼、親子丼etc……私の知っている定食屋の定番といった感じのラインナップで特におかしいことはないんだけど……私は赤く鋭く光るおばさんのトサカを見ながら心でつぶやく。
唐揚げ定食、親子丼……このあたりのメニューは、なんとなく、注文しにくいんだけど……そう、私は思っていたのだが……
「親子丼を一つだ」
そんな微妙な空気が読めないのか読まないのか、堂々と問題の品物を注文するイヌくん……ていうか字は読めるのね……
そんな堂々と注文するイヌくんとは違い、私は控えめなトーンで恐る恐る注文する。
「私はサバの味噌煮定食を……」
ピクリとも表情を変えずニワトリおばさんは注文を繰り返す。
「親子丼とサバの味噌煮定食だね」
その質問に私たちが頷くと、無表情のままに奥に引っ込んでいった。

私は店内を何気なく見渡しながら、イヌくんに話しかける。
「イヌくんって字が読めるのね」
その発言が気に入らなかったのか、イヌくんは少し怒ったように私に言葉を返す。
「バカにしてるのか。字くらい読める」
自分の名前が曖昧だったりするのに、字は読める……正直、イヌくんの知識の幅が読めない。まあ、イヌくんが字が読めるかどうかなんて本当はそれほど興味がなかったので、これ以上何か言うともめそうなのもあり、私は会話をそれ以上続けることをやめた。

会話もなくなり、手持ち無沙汰になった私は、店内に貼られた古い映画のポスターを見つめていた。見た記憶はない映画なんだけど、不思議とストーリーが頭に浮かぶ……確か戦時中に敵の兵士と無人島で二人っきりになって、生きていくために協力して生活していくうちに、妙な友情が芽生えていくって話だったような気がする。

しばらく、店内を物色して時間を潰していると、ニワトリおばさんが奥から注文した食事を持ってやってきた。
「お待たせ」
そう言うとおばさんは、無愛想にお盆をテーブルに置く。おばさんがそれを置いた瞬間に、イヌくんは親子丼を手にとって、すごい勢いで食べ始めた。器用に箸で食べるイヌくん、箸も使えるのね……
さて、私も食べようと、サバの味噌煮を見る。味噌ダレが絶妙に絡まったサバに、ショウガが添えられている。色艶もよく、正直期待していなかったが、美味しそうに見えた。
これ……あのニワトリおばさんが作ったのだろうか……素直な疑問が頭に浮かぶ、偏見なんだろうけど、そう思うとなぜか食べるのを躊躇する。
私は勇気をだして鯖を箸でつまむと、口に運ぶ。口に入れた瞬間、味噌の香りと、甘辛く味の付いた、脂ののった鯖の味が口いっぱいに広がる。
「むむ、美味しいじゃないか……」
味噌がいいのか、定食についているアサリの味噌汁もすごく美味しい。ご飯も硬すぎず、柔すぎず、炊き加減が絶妙である。私は付け合わせの小鉢にも箸を伸ばす。里芋と人参の煮物なんだけど、これがびっくりするぐらいに美味しい。もはや小鉢じゃなくメインを張れるクオリティーじゃないだろうか。

そんな美味しい定食を、私は空腹だったこともあり、あっという間に完食した──