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6 枯れ屋敷 主たる名医が求めるものを
6-8 初対面の少年
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百合が目覚めると貝は開いており、問題なく出ていくことができた。
誰かいないか、と周囲を確かめながら服を身に着ける。とちゅうで面倒になって、ストッキングは丸めるとパンプスごと手にぶら下げ歩き出した。
身体がバラバラになった夢を見た気がする。
明瞭に思い出せないが、完全な死の夢だったという意識ばかりが残っている。怖気立った百合は、それは思い出さないように心がけた。
身体は軽く、体調が最高にいいときの状態だ。
だが舞い戻った座敷には、鹿野を抱えたはだかの美少年がいて、百合は目をこする。
彼は国刺当主に鬱陶しそうな顔を向けていた。
「ああ、如月さん、おかえりなさい。浄化はうまくいきましたか」
「うまくいくに決まっている。おまえら、きよ以外は全員帰れ帰れ」
美少年の肩に着物をかける国刺当主の横、大きな行李がある。色取り取りの着物が入っていて、国刺当主はそれを次々と選んでは、美少年に合わせていっていた。
「このまま暮らせ。な? せめて成人まではいいではないか」
「けっこうです、帰りますから」
まだ歳のころは十代半ばか、どこから見ても清巳に似ており、百合は頭を抱えた。
座敷を後にしたとき同様、畳の上に清巳の白い身体が横たわっている。
横たわっているが――いうなればそれは抜け殻だった。清巳に似せた、渇いたつくりもののように見える。
「だ、誰ですか……そのひと……どうしよう、清巳さんそっくり……」
「ああ、如月さんごめんね、こんなにはやく生まれ直すことになると思ってなくて……びっくりしたよね、ごめんね」
美少年が清巳とおなじ口調で話す。
「時期がはやくなっただけなんですよ。一応予定はしてまして、来年には私は消えて、べつの戸籍になる予定だったので」
「なにをいってるのか、よくわかりません!」
身体の調子はすこぶるつきによくなっているのに、百合の頭のなかが混乱している。
「ここにくる前、オフィスで話してたけど覚えてますか、休みに入るので思い残すことは、って」
「ああ、そんなことをおっしゃってましたが」
「仕事もあるていど片づけたら、生まれ直して身体を新調する予定だったんです。まあ表向きは事故死かなにかになりますが」
百合はまた頭を抱える。
「……それ、わりと世間ではあたり前のことだったりしますか? 私が知らなかっただけで」
「いやぁ、うち以外で聞かないよねぇ」
「もしかして……みなさん人間じゃないとか」
子細を聞くのが怖い。九重もあやかしなのか。
「どうなんでしょう、生まれたときは確か人間だった気がするんですが」
そういって清巳が笑うと功巳も笑い出し、八咫と国刺当主まで笑い出した。
朗らかな笑い声に囲まれるなか、鹿野が百合のひざをつつく。
「百合ぃ、こいつらおかしいから、気にしたら疲れるぞ」
鹿野のやわらかい毛に指を埋めたら、確かに気にしないほうがいいのだと思えた。百合も短く笑っていた。
元清巳の抜け殻もまた、冥府の薬の材料になるとのこと。
国刺当主の女中の手を借り、空の木箱を譲り受けてそこに納める――どう見ても棺桶と遺体の図になり、百合は黙りこんでいた。
「きよは帰らずともいいだろうに」
清巳が帰るとあってふてくされていた国刺当主に、八咫が声をかける。
「浄化の請求書をよこしてくれ。鵺のは上等だ、そこは出し渋らんぞ」
「屋敷の修繕は」
「それはおまえが鵺の子を脅したからだろう。息子たちを呼んで修繕させたらどうだ、たまには親子水入らずで過ごせ」
国刺当主は半壊した屋敷を見回し、なにかいおうとした――が、しっしと払うように手を動かしただけだった。
「ごりょうさんのお子さん、手先器用なんですか? お屋敷の修理ができるなんて」
「数がいるから、なんとかなるだろう」
丸めたストッキングをカバンに放りこんだ百合に、八咫は微笑んでいる。
「あそこは十人ばかり子がいる」
「え――すごい」
どこからともなく牛の引く車が現れ、女中たちが清巳の抜け殻が納まった木箱を乗せてくれた。
ぞろぞろ乗りこもうとすると、まっさきに乗りこんでいた鹿野がおもてに向かって声を放つ。
「なあ、おまえどうするの!」
誰に話しているのか――鹿野のつぶらな目の見る先には、黒い絨毯が落ちている。
百合は見なかったことにしたかったが、ずるりとそれが動く。
これまで見たなかで一番ちいさくなっている。風呂場前の足拭きマットくらいだ。水塀を突き破ってきたときは、もっと大きかったはず――鹿野の母鵺を包みこめるほどだったのだから。
「おまえちっちゃいなぁ!」
「ほんと……なんであんなにちいさく?」
「ああ、あれね、ペナルティもあるんじゃないかな。許しもなく如月さんに近づいてるから。さすがにかわいそうだし、許してやって」
「私がですか?」
「如月さんがだよ」
どんどんちいさくなって消えてしまったらいい――連れ去られそうになったことがあるせいか、百合はそんなことを一瞬考えた。
誰かいないか、と周囲を確かめながら服を身に着ける。とちゅうで面倒になって、ストッキングは丸めるとパンプスごと手にぶら下げ歩き出した。
身体がバラバラになった夢を見た気がする。
明瞭に思い出せないが、完全な死の夢だったという意識ばかりが残っている。怖気立った百合は、それは思い出さないように心がけた。
身体は軽く、体調が最高にいいときの状態だ。
だが舞い戻った座敷には、鹿野を抱えたはだかの美少年がいて、百合は目をこする。
彼は国刺当主に鬱陶しそうな顔を向けていた。
「ああ、如月さん、おかえりなさい。浄化はうまくいきましたか」
「うまくいくに決まっている。おまえら、きよ以外は全員帰れ帰れ」
美少年の肩に着物をかける国刺当主の横、大きな行李がある。色取り取りの着物が入っていて、国刺当主はそれを次々と選んでは、美少年に合わせていっていた。
「このまま暮らせ。な? せめて成人まではいいではないか」
「けっこうです、帰りますから」
まだ歳のころは十代半ばか、どこから見ても清巳に似ており、百合は頭を抱えた。
座敷を後にしたとき同様、畳の上に清巳の白い身体が横たわっている。
横たわっているが――いうなればそれは抜け殻だった。清巳に似せた、渇いたつくりもののように見える。
「だ、誰ですか……そのひと……どうしよう、清巳さんそっくり……」
「ああ、如月さんごめんね、こんなにはやく生まれ直すことになると思ってなくて……びっくりしたよね、ごめんね」
美少年が清巳とおなじ口調で話す。
「時期がはやくなっただけなんですよ。一応予定はしてまして、来年には私は消えて、べつの戸籍になる予定だったので」
「なにをいってるのか、よくわかりません!」
身体の調子はすこぶるつきによくなっているのに、百合の頭のなかが混乱している。
「ここにくる前、オフィスで話してたけど覚えてますか、休みに入るので思い残すことは、って」
「ああ、そんなことをおっしゃってましたが」
「仕事もあるていど片づけたら、生まれ直して身体を新調する予定だったんです。まあ表向きは事故死かなにかになりますが」
百合はまた頭を抱える。
「……それ、わりと世間ではあたり前のことだったりしますか? 私が知らなかっただけで」
「いやぁ、うち以外で聞かないよねぇ」
「もしかして……みなさん人間じゃないとか」
子細を聞くのが怖い。九重もあやかしなのか。
「どうなんでしょう、生まれたときは確か人間だった気がするんですが」
そういって清巳が笑うと功巳も笑い出し、八咫と国刺当主まで笑い出した。
朗らかな笑い声に囲まれるなか、鹿野が百合のひざをつつく。
「百合ぃ、こいつらおかしいから、気にしたら疲れるぞ」
鹿野のやわらかい毛に指を埋めたら、確かに気にしないほうがいいのだと思えた。百合も短く笑っていた。
元清巳の抜け殻もまた、冥府の薬の材料になるとのこと。
国刺当主の女中の手を借り、空の木箱を譲り受けてそこに納める――どう見ても棺桶と遺体の図になり、百合は黙りこんでいた。
「きよは帰らずともいいだろうに」
清巳が帰るとあってふてくされていた国刺当主に、八咫が声をかける。
「浄化の請求書をよこしてくれ。鵺のは上等だ、そこは出し渋らんぞ」
「屋敷の修繕は」
「それはおまえが鵺の子を脅したからだろう。息子たちを呼んで修繕させたらどうだ、たまには親子水入らずで過ごせ」
国刺当主は半壊した屋敷を見回し、なにかいおうとした――が、しっしと払うように手を動かしただけだった。
「ごりょうさんのお子さん、手先器用なんですか? お屋敷の修理ができるなんて」
「数がいるから、なんとかなるだろう」
丸めたストッキングをカバンに放りこんだ百合に、八咫は微笑んでいる。
「あそこは十人ばかり子がいる」
「え――すごい」
どこからともなく牛の引く車が現れ、女中たちが清巳の抜け殻が納まった木箱を乗せてくれた。
ぞろぞろ乗りこもうとすると、まっさきに乗りこんでいた鹿野がおもてに向かって声を放つ。
「なあ、おまえどうするの!」
誰に話しているのか――鹿野のつぶらな目の見る先には、黒い絨毯が落ちている。
百合は見なかったことにしたかったが、ずるりとそれが動く。
これまで見たなかで一番ちいさくなっている。風呂場前の足拭きマットくらいだ。水塀を突き破ってきたときは、もっと大きかったはず――鹿野の母鵺を包みこめるほどだったのだから。
「おまえちっちゃいなぁ!」
「ほんと……なんであんなにちいさく?」
「ああ、あれね、ペナルティもあるんじゃないかな。許しもなく如月さんに近づいてるから。さすがにかわいそうだし、許してやって」
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