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2 誰も駅から帰ってこない
第10話
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S駅――延々と広がる空、山と山と緑と緑。
風が青臭い。観光客が訪れるような名山や水源があるわけでもなく、喧噪と無縁の景色だ。
到着したのは殺風景な駅舎であり、そこをぐるりと取り巻く環境は、十月末だというのに青々としている。紅緒好みの風景だった。
「なにもない、っていうんでしょうか」
だがやかましいほどの緑に囲まれている。
「そりゃそうだが……いつもよりは、にぎやかなんだろうなぁ」
居成がため息をついた。
いつもならここまでの人出はないのではないか――駅舎にも無人改札の向こうにも、点々と人影があった。
この場所がきさらぎ駅探索ツアー参加者の目的地だ、とネット上にばら撒かれてしまっている。それに引き寄せられた人々だろう。面白半分かどうかは、それぞれの事情だ。
単線の線路は両脇に柵があり、緩いカーブを描いている。
来た道も先に続く道も、山裾に飲まれるように消えていた。都心から二時間弱ばかりで風景はガラリと変わる。
駅のホームから周辺の景色が見渡せる。整備された道と、何軒かの商店が確認できた。
「どうしますか、部長」
「どう、腹は減ってる?」
正午をわずかに過ぎている。紅緒は満腹だった。
「いまのところは、とくには」
「だろうな」
待ち合わせた駅で買いこんだ和菓子は、一口サイズの饅頭十個がセットになったものだ。それを数種類購入し、大半を紅緒が車中で食べている。
居成と如月が購入したものは、ペットボトルのお茶やおにぎりなどだ。
それも三人分どころではない量で、居成はもし中川たちに渡せるようなら、と多めに購入したのだという。
お供えにならなければいい、と紅緒は思ったが、口には出さず饅頭をつまんでいた。
駅を出る前に、紅緒と如月で荷物を分担することにした。紅緒はトートバッグ、如月はリュックサックを持参し、収納力は抜群だ。
ぞろぞろと駅を出て足を止める。あたりを見回す、何組ものグループが見受けられた。どれも近隣住民とは思えない。
スマホで撮影している若い男性グループがいる。大きな声で滑舌がよく、なかなか軽妙なしゃべり方をしていた。
「なんだありゃ、テレビの撮影か?」
「あれ、ネットに上げるやつじゃないですか? 動画配信の」
素人が動画を作成し、アップロードして公開できる――いくつかそういった動画配信サイトがある。
自分たちで番組をつくる、というところに紅緒はイメージが湧かないが、人気のあるコンテンツらしかった。
いま興味がなくても、いつどうなるかわからない。
紅緒もちょっと前までは、和菓子に興味はなかったのだ。
いまはふたりに黙って取り分けてある饅頭を、無事に持って帰ることだけを考えていた。帰りの電車で食べたくなってしまうかもしれない。一口サイズのそれは、侮れない味だった。
「撮影ねぇ……まあ、邪魔にならないところ歩けばいいかな。一区切りつくまで物音立てないほうがいいのかね、ああいうのは」
「スタッフのひと、まわりに注意したりしてませんし、通ってもいいんじゃないでしょうか」
「えーどぅもっ、マチマチです!」
収録が開始されたようだ。高めの彼の声はよく通る。近くで話すふたりより、少し距離のある彼の声のほうがはっきり聞き取れた。
「つい先日、大量失踪ならぬ! 大量異界行きが起きたと思われる現場にやってきております!」
大量異界行き――そういわれてみると、確かに、と思う。
現実には存在しないという場所に、九人もの人間が向かい、消息を絶った。
マチマチという青年がどこまで本気かわからないが、遭難も異界行きも大事なのは間違いない。
如月の言動だっておかしいものだ。
なにか知っているらしいが、問い詰めたところで口を割るだろうか。
「ごらんください、のどかな景色が広がっております!」
マチマチ氏が手のひらを後方に動かすと、撮影担当の男性が棒の先に括りつけたスマホをそちらに向けた。打ち合わせ済みらしい、慣れた様子だ。
「とはいえ、警察により捜索隊が出ているわけでも、なにやら規制されているわけでもないんですねぇ」
捜索隊は出ていないのか。
居成は足を動かさず、ペットボトルのお茶を飲みはじめた。
「しかし参加者の総勢九名のみなさんが消息知れずになっているのは! まぁぎれもない事実!」
紅緒には意外だったし、ひとの足で歩きまわれる範囲で遭難する、というのも信じがたかった。さすがに山は駅から距離がある。ここから車で山に向かったのだろうか。
駅で待ち合わせてから電車移動する、と中川は話していた。
わざわざ先に車を用意しておいたなら、犯人も面倒なことをしたものだ――犯罪行為だとすれば、どれもこれも面倒な用意が必要か。
「SNSでも今回の件! 盛り上がっておりますが! 手がかりらしきものもとくにないみたいなんですね!」
撮影に使われているスマホを一瞥する。最新のスマホに買い換えた紅緒とおなじ機種だ。
失踪した全員分のスマホが不通であることも気になった――それもまた、ネットでの情報だ。
ポケットのスマホを上着越しに撫でる。
買い換えになったとき、店員は「電源が切れても、紛失したときに探せるんですよ」と自信満々に語っていた。
そのための設定などがあるらしいが、それなら九人のうち誰かのスマホも見つけられそうなものだ――じつは見つかっているのかもしれない。
「現地をこの足で歩き、空気を肌で感じることで、消息を絶った方々に近づき――」
居成がペットボトルの蓋を締め、道の先をあごで示す。
出発するのか、と紅緒もそちらに顔を向けて見つけた。
「ああいう動画って、見るひと多いんですかねぇ」
如月の声にはうんざりしたものが見え隠れしていた。
「ちょっとネットさわっただけですけど、今回のもとになった怪談話って有名らしいですね。わざわざここまで出かけてきてるんですし、あるていどは見込んでるんじゃないですか?」
「如月とおなじ名前の駅ってやつ、そんなに有名なのか?」
「私も知らなかったので、有名だっていわれてもピンとこないんですが」
「ああ、しゃべってたひとが退きましたし、そろそろいいかな?」
「ひとがいなくなったかも、ってだけだろ。ただの山だろうに」
「きさらぎ駅にいけるっていうの、けっこうな付加価値あるんじゃないですか?」
おつかれさまでーす、との声が聞こえ、彼らが肩の力を抜いていく。
「お、撮影一段落みたいだな。動いても邪魔にならないだろ、そろそろ行くか」
無言でうなずいた紅緒は、並んだ商店の片隅に和菓子屋の看板を見つけていた。
風が青臭い。観光客が訪れるような名山や水源があるわけでもなく、喧噪と無縁の景色だ。
到着したのは殺風景な駅舎であり、そこをぐるりと取り巻く環境は、十月末だというのに青々としている。紅緒好みの風景だった。
「なにもない、っていうんでしょうか」
だがやかましいほどの緑に囲まれている。
「そりゃそうだが……いつもよりは、にぎやかなんだろうなぁ」
居成がため息をついた。
いつもならここまでの人出はないのではないか――駅舎にも無人改札の向こうにも、点々と人影があった。
この場所がきさらぎ駅探索ツアー参加者の目的地だ、とネット上にばら撒かれてしまっている。それに引き寄せられた人々だろう。面白半分かどうかは、それぞれの事情だ。
単線の線路は両脇に柵があり、緩いカーブを描いている。
来た道も先に続く道も、山裾に飲まれるように消えていた。都心から二時間弱ばかりで風景はガラリと変わる。
駅のホームから周辺の景色が見渡せる。整備された道と、何軒かの商店が確認できた。
「どうしますか、部長」
「どう、腹は減ってる?」
正午をわずかに過ぎている。紅緒は満腹だった。
「いまのところは、とくには」
「だろうな」
待ち合わせた駅で買いこんだ和菓子は、一口サイズの饅頭十個がセットになったものだ。それを数種類購入し、大半を紅緒が車中で食べている。
居成と如月が購入したものは、ペットボトルのお茶やおにぎりなどだ。
それも三人分どころではない量で、居成はもし中川たちに渡せるようなら、と多めに購入したのだという。
お供えにならなければいい、と紅緒は思ったが、口には出さず饅頭をつまんでいた。
駅を出る前に、紅緒と如月で荷物を分担することにした。紅緒はトートバッグ、如月はリュックサックを持参し、収納力は抜群だ。
ぞろぞろと駅を出て足を止める。あたりを見回す、何組ものグループが見受けられた。どれも近隣住民とは思えない。
スマホで撮影している若い男性グループがいる。大きな声で滑舌がよく、なかなか軽妙なしゃべり方をしていた。
「なんだありゃ、テレビの撮影か?」
「あれ、ネットに上げるやつじゃないですか? 動画配信の」
素人が動画を作成し、アップロードして公開できる――いくつかそういった動画配信サイトがある。
自分たちで番組をつくる、というところに紅緒はイメージが湧かないが、人気のあるコンテンツらしかった。
いま興味がなくても、いつどうなるかわからない。
紅緒もちょっと前までは、和菓子に興味はなかったのだ。
いまはふたりに黙って取り分けてある饅頭を、無事に持って帰ることだけを考えていた。帰りの電車で食べたくなってしまうかもしれない。一口サイズのそれは、侮れない味だった。
「撮影ねぇ……まあ、邪魔にならないところ歩けばいいかな。一区切りつくまで物音立てないほうがいいのかね、ああいうのは」
「スタッフのひと、まわりに注意したりしてませんし、通ってもいいんじゃないでしょうか」
「えーどぅもっ、マチマチです!」
収録が開始されたようだ。高めの彼の声はよく通る。近くで話すふたりより、少し距離のある彼の声のほうがはっきり聞き取れた。
「つい先日、大量失踪ならぬ! 大量異界行きが起きたと思われる現場にやってきております!」
大量異界行き――そういわれてみると、確かに、と思う。
現実には存在しないという場所に、九人もの人間が向かい、消息を絶った。
マチマチという青年がどこまで本気かわからないが、遭難も異界行きも大事なのは間違いない。
如月の言動だっておかしいものだ。
なにか知っているらしいが、問い詰めたところで口を割るだろうか。
「ごらんください、のどかな景色が広がっております!」
マチマチ氏が手のひらを後方に動かすと、撮影担当の男性が棒の先に括りつけたスマホをそちらに向けた。打ち合わせ済みらしい、慣れた様子だ。
「とはいえ、警察により捜索隊が出ているわけでも、なにやら規制されているわけでもないんですねぇ」
捜索隊は出ていないのか。
居成は足を動かさず、ペットボトルのお茶を飲みはじめた。
「しかし参加者の総勢九名のみなさんが消息知れずになっているのは! まぁぎれもない事実!」
紅緒には意外だったし、ひとの足で歩きまわれる範囲で遭難する、というのも信じがたかった。さすがに山は駅から距離がある。ここから車で山に向かったのだろうか。
駅で待ち合わせてから電車移動する、と中川は話していた。
わざわざ先に車を用意しておいたなら、犯人も面倒なことをしたものだ――犯罪行為だとすれば、どれもこれも面倒な用意が必要か。
「SNSでも今回の件! 盛り上がっておりますが! 手がかりらしきものもとくにないみたいなんですね!」
撮影に使われているスマホを一瞥する。最新のスマホに買い換えた紅緒とおなじ機種だ。
失踪した全員分のスマホが不通であることも気になった――それもまた、ネットでの情報だ。
ポケットのスマホを上着越しに撫でる。
買い換えになったとき、店員は「電源が切れても、紛失したときに探せるんですよ」と自信満々に語っていた。
そのための設定などがあるらしいが、それなら九人のうち誰かのスマホも見つけられそうなものだ――じつは見つかっているのかもしれない。
「現地をこの足で歩き、空気を肌で感じることで、消息を絶った方々に近づき――」
居成がペットボトルの蓋を締め、道の先をあごで示す。
出発するのか、と紅緒もそちらに顔を向けて見つけた。
「ああいう動画って、見るひと多いんですかねぇ」
如月の声にはうんざりしたものが見え隠れしていた。
「ちょっとネットさわっただけですけど、今回のもとになった怪談話って有名らしいですね。わざわざここまで出かけてきてるんですし、あるていどは見込んでるんじゃないですか?」
「如月とおなじ名前の駅ってやつ、そんなに有名なのか?」
「私も知らなかったので、有名だっていわれてもピンとこないんですが」
「ああ、しゃべってたひとが退きましたし、そろそろいいかな?」
「ひとがいなくなったかも、ってだけだろ。ただの山だろうに」
「きさらぎ駅にいけるっていうの、けっこうな付加価値あるんじゃないですか?」
おつかれさまでーす、との声が聞こえ、彼らが肩の力を抜いていく。
「お、撮影一段落みたいだな。動いても邪魔にならないだろ、そろそろ行くか」
無言でうなずいた紅緒は、並んだ商店の片隅に和菓子屋の看板を見つけていた。
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