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3 駅の先に足を向け
第12話
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「こんにちはー」
声と風が流れていく。
寂れた印象が強いものの、ここには暮らすひとがいるのだ。
失踪者が出たといわれて、住人に迷惑がかからなければいいのだが。一過性とはいえ、怪談絡みの噂が立つのは嬉しくないだろう。
紅緒は和菓子屋の様子をうかがう。
どこから見ても古びた家で、無人なのかとても静かだ。
「あの、こんにちは」
手洗いも古いものだ。
軋む音を立てるドアを開くと、和式便器が現れる。こちらの壁には『禁煙、きれいなトイレです』とあった。プリンタで打ち出された紙は真新しく、掃除に誰か訪れていそうだ。
もしかすると今日はたまたま閉店しているだけで、違う日に訪れたら和菓子屋でなにか買えたかもしれない。
「すいません! ちょっといいですか?」
真後ろから声がかかり、紅緒は入り口をふさぐように立っている自分に気がついた。
「あ、どうぞ。私は使わないので」
退くと、そこにいた若い男性は小刻みに首を振った。たっぷりした頬とあごの肉が揺れ、紅緒は求肥を連想する。
「いえ、トイレじゃなくて……あの、ちょっといいですか?」
「私ですか?」
声が聞こえていたが、話しかけていたのか。
「僕たち撮影を……」
「さっき駅にいた」
「そうなんです! オカルトマッチマチっていう番組なんですよ」
「存知上げないです」
「お気になさらないでください。あの、ご近所の方ですか?」
「違います」
「じゃあ、最近起きた失踪事件で興味を持たれた方ですよね?」
紅緒の格好は、近所に散歩に出る住人のものではない。
「興味というか……まあ」
じりじりと男性がにじり寄ってきた。紅緒の背後は手洗いだ。彼はドア枠に手をかけ、紅緒の前に立ちふさがる。
「よかったら、みなさんにインタビューさせてもらえませんか? 一般の方の目からはどう映っているのか、ご意見をいただけませんか」
血の気が引いていく。了承するまで彼は、そうやって通せんぼをしているつもりかもしれない。
「……お断りします。お話しできることはないですよ」
そのとき、ポーン、とメールの着信音がした。
「あの、ちょっと連絡があったので」
スマホを取り出し、紅緒は無意識に一歩後ろに下がっていた。男性から距離を取りたかったが、うまくいかない。手洗いのなかは狭く、すぐ後ろにあるのは和式便器だけだ。
目をやった液晶画面にあったのは、メールの着信表示だった。
文字化けしていて、だがその解読できない文字のなかに中川という二文字が並んでいる。
慌てて開いたメールの本文は、すべて文字化けをしていて読めなかった。
中川からか――どうしてこのタイミングに。
紅緒は長い息を吐いていた。
メールが届いたことで、中川たちの失踪が紅緒のなかでやっと現実味を帯びた。すべて文字化けし、彼女たちが遠くにいるのだと理解できた。
とくに思い入れもなく出かけてきたが、そこに意味を見出そうとしてしまう。
「誰かわからないように、声を変えて顔に消しも入れられますから」
「ここから出ます、退いてください」
とにかく居成たちにメールのことを伝えなければ。
「お連れの方のお話もぜひ! 主旨など自分から説明させていただきます」
手洗いから出ていこうとする紅緒を先導するように、彼は身体を滑らせていく。
「難しく考えないでください、気軽に――」
「いい加減にしてください!」
苛立ちを紅緒はドアにぶつける。
ドンッ、と家全体が揺れるような強さで、後ろ手にドアを閉めた。
先ほど駅前で彼らが撮影していた光景と口上を思い出す。彼らが中川たちの失踪を娯楽にしようとしている――そう感じた。
「まあまあ、説明だけでもさせてください」
眉根を寄せたそのとき、背後から軋んだ音を聞いた。
トイレのドアが開いていく。
開いたと思うや、紅緒はなかに引っ張りこまれていった。
「え……えぇっ!?」
肩をしっかりつかまれている感触があり、よろめき後方によろめいた紅緒は、目と鼻の先で古びたドアが閉まるのを見た。
「しつこいですね、あのひと」
如月の声――背後を見上げれば、そこには闇濡れした顔がある。
「如月さ……」
そこはトイレではなかった。
閉まるところを見たはずのドアも消え、紅緒は屋外に立っていた。
そして――先ほどまでいた場所ではなくなっている。
「ここに中川さんたち……いるんですね」
即座に紅緒は確信していた。
声と風が流れていく。
寂れた印象が強いものの、ここには暮らすひとがいるのだ。
失踪者が出たといわれて、住人に迷惑がかからなければいいのだが。一過性とはいえ、怪談絡みの噂が立つのは嬉しくないだろう。
紅緒は和菓子屋の様子をうかがう。
どこから見ても古びた家で、無人なのかとても静かだ。
「あの、こんにちは」
手洗いも古いものだ。
軋む音を立てるドアを開くと、和式便器が現れる。こちらの壁には『禁煙、きれいなトイレです』とあった。プリンタで打ち出された紙は真新しく、掃除に誰か訪れていそうだ。
もしかすると今日はたまたま閉店しているだけで、違う日に訪れたら和菓子屋でなにか買えたかもしれない。
「すいません! ちょっといいですか?」
真後ろから声がかかり、紅緒は入り口をふさぐように立っている自分に気がついた。
「あ、どうぞ。私は使わないので」
退くと、そこにいた若い男性は小刻みに首を振った。たっぷりした頬とあごの肉が揺れ、紅緒は求肥を連想する。
「いえ、トイレじゃなくて……あの、ちょっといいですか?」
「私ですか?」
声が聞こえていたが、話しかけていたのか。
「僕たち撮影を……」
「さっき駅にいた」
「そうなんです! オカルトマッチマチっていう番組なんですよ」
「存知上げないです」
「お気になさらないでください。あの、ご近所の方ですか?」
「違います」
「じゃあ、最近起きた失踪事件で興味を持たれた方ですよね?」
紅緒の格好は、近所に散歩に出る住人のものではない。
「興味というか……まあ」
じりじりと男性がにじり寄ってきた。紅緒の背後は手洗いだ。彼はドア枠に手をかけ、紅緒の前に立ちふさがる。
「よかったら、みなさんにインタビューさせてもらえませんか? 一般の方の目からはどう映っているのか、ご意見をいただけませんか」
血の気が引いていく。了承するまで彼は、そうやって通せんぼをしているつもりかもしれない。
「……お断りします。お話しできることはないですよ」
そのとき、ポーン、とメールの着信音がした。
「あの、ちょっと連絡があったので」
スマホを取り出し、紅緒は無意識に一歩後ろに下がっていた。男性から距離を取りたかったが、うまくいかない。手洗いのなかは狭く、すぐ後ろにあるのは和式便器だけだ。
目をやった液晶画面にあったのは、メールの着信表示だった。
文字化けしていて、だがその解読できない文字のなかに中川という二文字が並んでいる。
慌てて開いたメールの本文は、すべて文字化けをしていて読めなかった。
中川からか――どうしてこのタイミングに。
紅緒は長い息を吐いていた。
メールが届いたことで、中川たちの失踪が紅緒のなかでやっと現実味を帯びた。すべて文字化けし、彼女たちが遠くにいるのだと理解できた。
とくに思い入れもなく出かけてきたが、そこに意味を見出そうとしてしまう。
「誰かわからないように、声を変えて顔に消しも入れられますから」
「ここから出ます、退いてください」
とにかく居成たちにメールのことを伝えなければ。
「お連れの方のお話もぜひ! 主旨など自分から説明させていただきます」
手洗いから出ていこうとする紅緒を先導するように、彼は身体を滑らせていく。
「難しく考えないでください、気軽に――」
「いい加減にしてください!」
苛立ちを紅緒はドアにぶつける。
ドンッ、と家全体が揺れるような強さで、後ろ手にドアを閉めた。
先ほど駅前で彼らが撮影していた光景と口上を思い出す。彼らが中川たちの失踪を娯楽にしようとしている――そう感じた。
「まあまあ、説明だけでもさせてください」
眉根を寄せたそのとき、背後から軋んだ音を聞いた。
トイレのドアが開いていく。
開いたと思うや、紅緒はなかに引っ張りこまれていった。
「え……えぇっ!?」
肩をしっかりつかまれている感触があり、よろめき後方によろめいた紅緒は、目と鼻の先で古びたドアが閉まるのを見た。
「しつこいですね、あのひと」
如月の声――背後を見上げれば、そこには闇濡れした顔がある。
「如月さ……」
そこはトイレではなかった。
閉まるところを見たはずのドアも消え、紅緒は屋外に立っていた。
そして――先ほどまでいた場所ではなくなっている。
「ここに中川さんたち……いるんですね」
即座に紅緒は確信していた。
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