闇がしたたる ~三千世界に怪異は嗤う

日野

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3 駅の先に足を向け

第16話

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「どこいってたんだ、ふたりとも」

 駆け寄ってきた居成の姿に、紅緒は安堵の息を吐く。
 紅緒はあちら――異界から戻ってきた。

 戻って来られた。

 あまりに簡単だった。目に見えないカーテンがあり、それをくぐったような。となりに如月がいるからかもしれない。たやすく戻って来られたことに、紅緒はひどく驚いていた。
 うっかりそのカーテンをくぐったものが、怪談の噂話であるきさらぎ駅を語った発端なのかもしれない。目印もなにもなく、いつどこでくぐってしまうかわからない。

「撮影のひとがしつこくて……インタビューさせてほしいって」
「ああ、さっき俺のとこにも来たよ。なんでも三嶋さんに話しかけにいったクルーがいなくなったとかって」
「いなくなった?」

 紅緒がいなくなったのではなく、クルーがいなくなった。

「よかった。それじゃ、うまくまけたみたいですね。たぶん俺たちのこと探して、撮影に戻ってないんじゃないですかね。三嶋さんにしつこく食い下がってたから、離れたほうがよさそうで……居成さん、ひとりで大丈夫でしたか?」

 どのツラを下げて、如月はそんなことをしゃあしゃあというのだろう。その顔を確かめようにも、頭から被った闇がぼたぼたと落ちているだけだ。

「俺はともかく、三嶋さん顔色悪いな」

 紅緒は自分の頬にふれる。乾いた感触がして、急になにか飲み物がほしくなった。

「しつこい奴って怖いですよね。どこかすわって休めるところがあったら」
「そうだな。食堂があったから、そこのぞいてみようか。ついでになにかおやつでも」

 戻った駅前通りでは、物見遊山の面々の姿が減っていた。どこか散策にでも出たのかもしれない。
 願わくば、どこかの誰かが見えないカーテンをくぐってしまわないように。

「それとな、さっき話した店のひとが、中川さんたちのこと覚えてたよ。会社の同僚で、つって写真見せたら話してくれて」

 居成は役に立とうとやって来ていた。如月に良心の呵責を覚えてほしい。

「大人数でぞろぞろしてたから、覚えてたらしい……ご家族に話せることがあってよかったよ。警察が訊きにくるなら、店のひとも協力してくれるって」

 警察に話がいくなら、山の捜索も期待できる。
 居成の声は興奮しているようだ。その九人はじきに発見される。それは口にできることではなかった。

 立ち寄った食堂は、まだ夕食にははやい時間のためかひとけがなかった。
 利用者がカウンターでオーダーし、そこで品物を受け取るスタイルの店だ。居成が甲斐甲斐しく動いてくれる。
 紅緒は口元に手を当てた。

「如月さん、撮影のひとがいなくなったって」
「大変ですねぇ」

 しれっとした言い方だ。

「どうしてあのひとまで」

 ぼたっ、と一際大きな滴が、如月の顎先から滴り落ちる。

「……行き来するときに、ほつれができるんです。たまたまそこに引っかかったかなにかして、あっちにいっちゃったんでしょうね」

 あっち――異界。

「異界って、いったいなんなんですか」
「主観ですよね、食べ物の好みなんかと一緒で」
「論点のすり替え?」
「とんでもない。考えようによっては、となりの部屋なんかもそうでしょう? 電車に乗って出かけてきたここだって、異界といえば異界です。閉まってるドアの先も異界ですよ」

 紅緒はエレベーターを思い起こしていた。
 閉じた箱が上り下り。
 異界と異界を行き来したり――することもあるかもしれない。

「ひとりで帰って来られるんですか?」
「運がよければ……とても、運がよければ」

 しつこく話しかけてきていた、彼の顔と声を思い起こす。

「なあ、アイスコーヒーにしたけどいいかな。豆大福おまけしてくれたよ。この近所で昔売ってた職人さんが、たまに分けてくれるんだってさ」
「豆大福」
「引退してからも、味が落ちてないんだと。運がいいね、って」

 もう関わらなくていいか、と紅緒は忘れることにした。
 トレイの小皿には、愛らしいたたずまいの豆大福が鎮座している。

「嬉しいです、いただきます!」
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