闇がしたたる ~三千世界に怪異は嗤う

日野

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6 こわくないの?

第29話

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「どうしたんですか?」
「どうせ最後まで残ってましたし、駅までご一緒に」
「……なにかあったんですか?」

 如月が笑う気配がし、カバンの影から取り出した紙袋を渡してきた。

「お裾分けです、練り切りですが」
「……練り切り?」
「たまたまネット通販で買えたので」

 如月が口にした店名は、紅緒が練り切りを注文した店だった。

「季節の商品……?」
「そうです、ご存じですか?」

 さらに如月が口にした商品名は、紅緒が購入した品よりグレードが高いものだ。
 争奪戦が厳しすぎて、早々に諦めていた。

「買えたんですか、如月さん」
「試してみたら、買えちゃったんですよ――二箱」

 おひとり様二箱まで――もっとたくさんのひとが買えるよう、一箱までにしたらいいのに。
 紅緒がそう思っていた品が、いま手元にある。

「いいんですか?」
「ええ、三嶋さん、お菓子好きみたいだから」
「ありがとうございます」

 偶然もあるものだ。
 コンビニで荷物を受け取ったら、おなじ店の練り切りが二種類並ぶことになる。

「贅沢……」
「そうですか?」
「あ、でも如月さん、中川さんにお裾分けしないんですか?」

 彼女に分けたら、きっと喜ぶだろう。きさらぎ駅以降も、彼女は如月に熱っぽい視線を送り続けている。

「あのひとが俺に懸想してるからですか?」
「懸想って」

 紅緒が苦笑すると、如月が歩き出した。
 並んで歩き出してすぐ、紅緒は紙袋をしめす。

「歩きながら食べますか?」
「いいです、駅まですぐですし、うちに一箱ありますから……どうかしました?」
「すみません、ちょっと寒くて。電車乗ったら温かいかもしれないですけど」

 スプリングコートを着て出勤したが、朝には少々暑かった。
 そのためいまはコートを腕にかけていたが、社屋を出るとやけに肌寒い。

「荷物持ちますよ」

 如月にトートバッグと紙袋を預け、紅緒はコートに袖を通した。
 足を止めたその視界に、点々と黒く滲むものがあった。
 それは道の両脇にいくつもある。目を凝らさなければわからない、ひどく曖昧なものだ。
 ただそこにある、そんな印象だが、意識の片隅で闇を灯した燭台のようだとも感じていた。

 あれは妙なものだ、間違いなく。

 ――気にしないほうがいいかもしれない。

 紅緒はそこから意識を逸らした。逸らしていく自分に、ひっそりと鳥肌が立っていく。

「荷物、すみませんでした」

 あらためて紅緒は如月と駅に向かった。
 道の両脇に点々となにかある。

 それを無機物とおなじように捉えようと努力する。
 努力してしまうのは、それを無機物ではないと思っているからだ。

 駅からはおなじ電車に乗りこみ、三駅先で如月が降りていった。
 さほど混んでいない電車で、紅緒は黒い窓ガラスに移った自分の姿を眺める。
 いつもと違うのは、手に紙袋を提げていることだ。

 妙なものを見たことは、練り切りを食べて忘れよう――なにせ、名店の限定品を食べ比べできるのだから。



「あれ?」

 帰宅した紅緒は、そこにあるはずのないものを見つけていた。

「どうして……ああ、こっちのカバンに戻したのね」

 リリちゃん人形がトートバッグから出てきたのだ。
 コートを着るときに荷物を如月に持ってもらったが、そのときに入れたのだろう。
 彼も彼で、人形が手元にあっても困るだけかもしれない。

「うちだと、お人形さんに似合うかわいい座布団もなにもないから……」

 買うかと思いもしたが、これからもらい手を探す人形だ、あまりお金を使いたくない。
 小花模様のハンカチの間にタオル地のハンカチを挟み、リリちゃん人形をすわらせる。
 リリちゃん人形の表情が、どことなくやわらかいものに見える。

「縫わなくてもいいかな」

 手製クッションなどをつけても、譲渡先予定のお子さんが喜ぶとは限らない。
 身のまわりのものを揃えるのも、人形遊びの楽しい部分だろう。
 なにより針仕事をしないで済むに越したことはない。

「え?」

 いや、とどこかから聞こえた気がした。
 おもてから誰かの声が入ってきたのか――風を通すため、小窓が開けっぱなしになっている。

 換気を、とついついそこを開け放したまま出かけてしまうが、褒められたことではないらしい。
 たかが小窓と気軽に考えてしまっているが、空き巣のきっかけになることもあるようだ。

 ひとり暮らしで昼は勤めに出ている。
 窓がどんな状態であれ、空き巣に狙われたらそこまでの気もしていた。
 1DKのアパートだ、物色もあっという間に終わるだろう。

 小窓を閉めに立った紅緒は、自然と耳を澄ませていた。
 おもては静かで、もうなにかが聞こえてくることはなかった。
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