闇がしたたる ~三千世界に怪異は嗤う

日野

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6 こわくないの?

第28話

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 総務部のフロアでひとりになると、ふんすはっは、と聞こえてくる。

 幻聴だ。
 人面犬は去り、聞こえるはずがない。

 紅緒は人面犬に当たり前のように接していたが、よくよく考えればあれは怪異だ。近しくならないほうがいい。
 資料管理室にも近づかないほうがいいのだろう。
 主のような顔をしている白猫も怪異だし、新人氏はすでに呑まれていそうだ。

 距離を取ろうと思うのに、紅緒は気が向くと資料管理室に和菓子を差し入れていた。
 白猫は愛想がよく、和菓子の趣味が合って楽しかった。

 ――楽しいなら、なおのこと離れたほうがいい。

 紅緒は机の引き出しから人形を取り出す。
 人面犬の置き土産、リリちゃん人形である。
 見下ろしたリリちゃん人形の目が動き、紅緒を見つめてくる。

「最近のお人形って、色々できるのね」

 紅緒は手にした人形をかたむけてみる。
 仕組みはよくわからないが、人形の目はずっと紅緒に向けられていた。
 ほかに誰もおらず、独り言はすらすら出てくる。

「表情も豊かね、なんとなく……丁寧に扱えって怒ってるみたいな顔して見えるもの。目も動いてるし、ほんとよくできてる」

 話し相手に、などと人面犬が話していたが、その通りになっている。
 人間の姿をしているからだろう、言葉が出てきやすい。

 ひっくり返すまでもなく、リリちゃん人形の赤いスカートからは三本の足がのぞいている。
 真ん中の一本が多いのだろう、色味も茶色い。軽く引っ張ったが取れなかった。

「足が三本だと、着替えはスカートだけよね。お人形の着替えって、ワンサイズかな」

 座位を取らせた人形を、紅緒はパソコンモニタのとなりに置いた。
 誰かほかに欲しがるひとがいないか、とアパートに持ち帰らずにいる。
 あいにく引き取り手は見つからなかった。
 人形で遊ぶ年齢のお子さんを持つ同僚はおらず、新品でもないため強く勧めることができない。

「まだ残ってたんですか?」

 ふいにフロアに如月が入ってきて、紅緒は口を引き結んだ。

「お人形さん遊びですか?」
「……もうそんな歳ではないです」
「お人形って、対象年齢何歳までなんでしょうね」
「もらい手がないですから、案外低いかもしれないです」

 総務部の子持ちメンバーのなか、一番幼い娘さんは小学校四年生だった。
 もうお人形でおままごとは、と難色を示していた。

「私が持っているより、人形遊びをする子の手元のほうがいいと思うんですけど」
「ああ、なんか訊いてましたね。誰もいらないって?」
「もうお子さんが大きいそうです。如月さんはどうですか?」
「俺は経験ないですね」

 まわりに人形遊びをする年代の子がいないか訊いたのだが、如月は見当違いの返答をよこした。

「人形遊びに限定しないで、もっと違う遊び方を考えたらどうですか?」
「違う遊び……交代で投げて、遠くまで飛ばしたほうが勝ち、とかですか?」
「人形である必要がないですねぇ」

 紅緒はリリちゃん人形を如月の机にすわらせた。
 如月がリリちゃん人形に手をのばす。
 光の当たり方か、リリちゃん人形の表情が変わったようだ。
 少しむっとした表情になる。能の面などとおなじ原理なのだろう。

「鬼ごっことか……どうでしょう」
「リリちゃん人形とどうやって?」

 なにをいってるんだ、という声にならないよう心がける。

「俺につかまらないで逃げ切ったら勝ち、とか」

 紅緒はリリちゃん人形を取り返し、もとの位置にすわらせた。

「……とりあえず、考えておいてもらえませんか」
「そうですね、考えておきます」

 あてにならなそうだ。

「それで、あとはどのくらい」

 紅緒は残業しているのだ、手伝ってくれる気になったのかもしれない。
 ただ残念なことに、仕事はもう片づけてしまった。

「晩飯、一緒にどうです?」
「ごめんなさい、今日宅配便の受け取りがあるので。上がります」

 実際は帰り道にあるコンビニで受け取るものだった。

「そうですか、それじゃまた今度」
「お疲れさまです」

 パソコンの電源を落とし、フロアを出て一階の更衣室へ。
 今日受け取る予定の荷物は、限定販売の練り切りだった。
 計画していた京都旅行を取り止めたため、現地の和菓子を通販であれこれ購入していた。
 山芋の一種である薯蕷じょうよが使われている品だ。季節毎につくられる数が決まっていて、美味と評判な上見た目も可愛らしい。

 ほかにひとのいない更衣室で着替えた紅緒が廊下に出てみると、如月が待ち受けていた。
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