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5 いっしょにいたいか
第27話
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「バックれじゃなくて、拉致されてたんだって」
更衣室で着替えていると、そんな声が聞こえた。
「拉致?」
「契約迫る感じのとこに拉致されてたんだって。なんか買わされるとこなのかな。あんま詳しくは」
「あー、金持ちっぽいもんね、実家」
「お金があるとこはあるとこで、なんか大変そうだよねぇ」
「大変でいいから金欲しいわ」
名前は出てこなかったが、誰のことかはわかる。
ロッカーを閉めるとき、片隅の丸めたブラウスが目に入った。
白猫の牙で損傷したものだ。破損があった場合は有償で買い換えだと聞いている。
そのうち適当な理由をつけて申請しなくてはならない。
春の気配が濃厚になり、新人氏の周辺も落ち着いたようだ。
新人氏は所属が十階の資料管理室になっている。
彼単身の部署だ。
単独であれば、新人氏は落ち着いて仕事に向き合える――それを専務に進言したのは紅緒だった。
祈る以外のことをしてもかまわないだろう。
資料管理室はのぞけば真っ赤な光に満たされ、巨大な白猫が作業台の下で窮屈そうに身体を丸めて眠っている。
日々新人氏が餡子を使った菓子を差し出し、蜜月状態だ。
もう資料が溜まったら各部署が資料室に運ぶのではなく、資料管理室に連絡を入れると新人氏が引き取りに現れる――らしい。
当初は試運転だったが、四月を期に正式な部署として発足していた。
総務部もありがたいことに三名が別部署から異動してきてくれて、紅緒たちは残業まみれの日々から解放された。
ふんすはっは。
如月の足下から聞こえ続ける鼻息に慣れ、紅緒はまったく意識しなくなっていたが、当の人面犬の身体が透けて見えるようになっていた。
急ぎの仕事はなかったが、その日紅緒は如月と共にフロアに残っていた。
夜の八時にもなると、ほかの面々は帰宅していく。
ほかに誰もいないとわかると、人面犬は机の影からぬるりと姿を現した。ほかのひとの目には映らないのに、そういったところは律儀である。
「やっぱり薄れてますね。成仏ですか?」
「ちげぇよ。こっち側にいすぎたんだな。ほんとは俺、こっちにいるもんじゃないからな」
「それは確かに」
紅緒と人面犬が話している間に、如月が机の引き出しからいかの塩辛の入った瓶を取り出す。
「食べますか?」
人面犬は首を横に振った。
「最近食欲ねぇんだ」
「……帰りますか?」
「あっち行きのエレベーター、俺ひとりだとボタンがどうにもなんねぇんだ。にいちゃん、途中までつき合ってくれる?」
「いいですよ、お見送りくらいします。三嶋さんは」
「無理しねぇでいいよ。まだエレベーター乗るのやなんだろ?」
――会社のエレベーターは異界につながっている。
それこそいやな情報だ。絶対に乗るまいと心に誓う。
「知り合った人間があんたらで助かったよ。で、これな、礼といっちゃなんだが」
物陰に顔を突っこんだ人面犬は、顔を見せたと思うと口に人形をくわえていた。
「ああ、これってリリちゃん人形……」
子供向けの着せ替え人形だ。白地に青の水玉のブラウスと、赤いスカートを履いている。
「私は遠慮します、子供もいませんから」
「そういわず取っとけよ。どうせあんた、友達もいないだろ? 話し相手にさ」
人形を話し相手に和菓子をつまむ。
思い浮かべても、とくに抵抗を感じなかった。
あっさり習慣化してしまいそうで、かえってよしたほうがいいかもしれない。
――誰かもらい手を探してみるか。
とりあえず受け取ったリリちゃん人形は、紅緒の知るものと違っていた。
「これ……」
その人形の赤いスカートからは、足が三本のぞいていた。
更衣室で着替えていると、そんな声が聞こえた。
「拉致?」
「契約迫る感じのとこに拉致されてたんだって。なんか買わされるとこなのかな。あんま詳しくは」
「あー、金持ちっぽいもんね、実家」
「お金があるとこはあるとこで、なんか大変そうだよねぇ」
「大変でいいから金欲しいわ」
名前は出てこなかったが、誰のことかはわかる。
ロッカーを閉めるとき、片隅の丸めたブラウスが目に入った。
白猫の牙で損傷したものだ。破損があった場合は有償で買い換えだと聞いている。
そのうち適当な理由をつけて申請しなくてはならない。
春の気配が濃厚になり、新人氏の周辺も落ち着いたようだ。
新人氏は所属が十階の資料管理室になっている。
彼単身の部署だ。
単独であれば、新人氏は落ち着いて仕事に向き合える――それを専務に進言したのは紅緒だった。
祈る以外のことをしてもかまわないだろう。
資料管理室はのぞけば真っ赤な光に満たされ、巨大な白猫が作業台の下で窮屈そうに身体を丸めて眠っている。
日々新人氏が餡子を使った菓子を差し出し、蜜月状態だ。
もう資料が溜まったら各部署が資料室に運ぶのではなく、資料管理室に連絡を入れると新人氏が引き取りに現れる――らしい。
当初は試運転だったが、四月を期に正式な部署として発足していた。
総務部もありがたいことに三名が別部署から異動してきてくれて、紅緒たちは残業まみれの日々から解放された。
ふんすはっは。
如月の足下から聞こえ続ける鼻息に慣れ、紅緒はまったく意識しなくなっていたが、当の人面犬の身体が透けて見えるようになっていた。
急ぎの仕事はなかったが、その日紅緒は如月と共にフロアに残っていた。
夜の八時にもなると、ほかの面々は帰宅していく。
ほかに誰もいないとわかると、人面犬は机の影からぬるりと姿を現した。ほかのひとの目には映らないのに、そういったところは律儀である。
「やっぱり薄れてますね。成仏ですか?」
「ちげぇよ。こっち側にいすぎたんだな。ほんとは俺、こっちにいるもんじゃないからな」
「それは確かに」
紅緒と人面犬が話している間に、如月が机の引き出しからいかの塩辛の入った瓶を取り出す。
「食べますか?」
人面犬は首を横に振った。
「最近食欲ねぇんだ」
「……帰りますか?」
「あっち行きのエレベーター、俺ひとりだとボタンがどうにもなんねぇんだ。にいちゃん、途中までつき合ってくれる?」
「いいですよ、お見送りくらいします。三嶋さんは」
「無理しねぇでいいよ。まだエレベーター乗るのやなんだろ?」
――会社のエレベーターは異界につながっている。
それこそいやな情報だ。絶対に乗るまいと心に誓う。
「知り合った人間があんたらで助かったよ。で、これな、礼といっちゃなんだが」
物陰に顔を突っこんだ人面犬は、顔を見せたと思うと口に人形をくわえていた。
「ああ、これってリリちゃん人形……」
子供向けの着せ替え人形だ。白地に青の水玉のブラウスと、赤いスカートを履いている。
「私は遠慮します、子供もいませんから」
「そういわず取っとけよ。どうせあんた、友達もいないだろ? 話し相手にさ」
人形を話し相手に和菓子をつまむ。
思い浮かべても、とくに抵抗を感じなかった。
あっさり習慣化してしまいそうで、かえってよしたほうがいいかもしれない。
――誰かもらい手を探してみるか。
とりあえず受け取ったリリちゃん人形は、紅緒の知るものと違っていた。
「これ……」
その人形の赤いスカートからは、足が三本のぞいていた。
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