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10 生きた怪異のする仕事
第55話
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打ち棄てられた廃墟ではないのだ、家内はきれいだった。
リフォーム済みで家具は一切なく、いまの季節なら身のまわりのものさえあればすぐ生活できそうだ。
「広いですね」
玄関から廊下が延び、リビングや水回りにつながるドア、そして二階への階段がある。
電気は点いたが、用意されている明かりが裸電球のためどこか寒々しい。
「如月さん、引っ越しはいつ?」
「いつにしようかな」
「いまのお住まい、引き払う準備進んでるんですか? そっちも穢いんですか?」
如月の住まいは路線でいうなら紅緒とおなじで、三駅離れている。
そちらは治安のいいホームタウンで、それに応じた家賃になっていたはずだ。
「いまのところは、場所じゃなくて安置されてるものが穢くて……まあ片づいたので、いつでも出られます」
片づいたから、次の案件に手をつける。そんなようなものか。
「それで、こっちなんですが」
リビングで如月は壁を叩いた。薄っぺらい反響があり、紅緒は眉をひそめる。
「これ、移動式の壁なんです」
すみのほうでなにか如月が操作し、ほどなく軽々と片手で壁は動きはじめた。
壁が横にスライドしていき、急激にいやな空気が溢れ出してくる。
「うっわぁ、これ」
ひどい悪臭だが、それが実際のにおいでないことを紅緒は感じ取っていた。
「穢いものが集まってます」
「ここに?」
「この家の敷地の分ですね。まわりに何軒か家がありましたよね、こういうことがその家ごとに起きてます」
満遍なく穢れていた土地に、いくつかの家を建てる。
それぞれの家に穢れの集まる仕掛けをつくり、集め、処置していく――如月はこともなげにいう。
「この臭いが穢れ? 穢れってくさいんですね」
ひどいものだ――これまでに嗅いだことのないもの。
紅緒は後退る。
広いリビングを仕切っていた壁の向こうは、見たところなにもないフローリングだ。
においを遮断するためのものではなく、用途に応じて部屋を仕切ろうというだけのものだろう。
ありふれた、ただの部屋だ。
コンセントがあり、掃き出し窓だろうそこにかけられたカーテンはぴったりと閉じている。
「三嶋さんは悪臭に感じるんですね」
「如月さんは違うんですか?」
「黒い渦に見えてます」
そっちがよかった。
「ほかの家、やっぱりくさいのかな」
「どうでしょう。ここの穢れは悪臭でも、よそは違うかもしれない」
「……かもしれない?」
「三嶋さんがどんなふうに感知していくかは、俺もわかりません。今日はこれを感知できるかの確認と――こっちです。見てってください」
如月の左手が大きく動き、リビングを扇ぐようにした。すると一気に空気が軽いものに変わっていく。
――悪臭が消えた。
胸を大きく上下させた紅緒の前で、如月はクリーム色のカーテンを引いていく。
「ああ……」
掃き出し窓全体に、黒々としたマークがあった。
「つながってるんですね」
紅緒はスマホを取り出し、念のため電源を切った。
「ここでスマホ使っても大丈夫でしたよ。で、この窓から出入りするとあっちに……あ、あいつら」
町谷たちが街灯の下に立っていた。
「さっさと帰ってくれないかな」
なにやら話しこんでいる。スマホで撮影もしており、如月が重い息を吐いた。
「あんまりゴソゴソしてほしくないんだけど」
「殺人事件とかお風呂で亡くなったとか、そういう噂ってどのくらいで消えるものなんでしょう」
「あ、全部ほんとうですよ。揉み消しがんばってるところです」
「湯船で……」
「溶けた、はさすがに起きてないです。ヒートショックですかね、殺人はまあ悲しい出来事ですが」
「豊田さんに番組のこと訊いてみますか? おばけとかそういうの、追いかけてるみたいですけど」
「機会があったら訊きましょう。取材だなんだで、あのひとたちあちこち出かけてるんでしょうね。噂が出回ってますが、ここに到着しづらくはしてあるんですよ」
「いわくつきの家とかを回りすぎて、耐性がついたりとかは……わんちゃんのときみたいな」
人面犬は白猫の体毛を吸いこみ、においがわからなくなっていた。
異界に入った豊田はあちらになじんでいたし、武藤も白猫の空間になじんでいる。
現在のふたりは白猫にべったりだ。
「それなりに耐性はつくでしょうね。自力でここに入ってきたみたいですし」
「私たちは――」
いいかけ、紅緒は口を閉ざす。
如月の顔に浮かんだ笑顔に、紅緒は続けようとした言葉の代わりにため息をついた。
――紅緒も如月も、怪異の権化のようなものだ。
リフォーム済みで家具は一切なく、いまの季節なら身のまわりのものさえあればすぐ生活できそうだ。
「広いですね」
玄関から廊下が延び、リビングや水回りにつながるドア、そして二階への階段がある。
電気は点いたが、用意されている明かりが裸電球のためどこか寒々しい。
「如月さん、引っ越しはいつ?」
「いつにしようかな」
「いまのお住まい、引き払う準備進んでるんですか? そっちも穢いんですか?」
如月の住まいは路線でいうなら紅緒とおなじで、三駅離れている。
そちらは治安のいいホームタウンで、それに応じた家賃になっていたはずだ。
「いまのところは、場所じゃなくて安置されてるものが穢くて……まあ片づいたので、いつでも出られます」
片づいたから、次の案件に手をつける。そんなようなものか。
「それで、こっちなんですが」
リビングで如月は壁を叩いた。薄っぺらい反響があり、紅緒は眉をひそめる。
「これ、移動式の壁なんです」
すみのほうでなにか如月が操作し、ほどなく軽々と片手で壁は動きはじめた。
壁が横にスライドしていき、急激にいやな空気が溢れ出してくる。
「うっわぁ、これ」
ひどい悪臭だが、それが実際のにおいでないことを紅緒は感じ取っていた。
「穢いものが集まってます」
「ここに?」
「この家の敷地の分ですね。まわりに何軒か家がありましたよね、こういうことがその家ごとに起きてます」
満遍なく穢れていた土地に、いくつかの家を建てる。
それぞれの家に穢れの集まる仕掛けをつくり、集め、処置していく――如月はこともなげにいう。
「この臭いが穢れ? 穢れってくさいんですね」
ひどいものだ――これまでに嗅いだことのないもの。
紅緒は後退る。
広いリビングを仕切っていた壁の向こうは、見たところなにもないフローリングだ。
においを遮断するためのものではなく、用途に応じて部屋を仕切ろうというだけのものだろう。
ありふれた、ただの部屋だ。
コンセントがあり、掃き出し窓だろうそこにかけられたカーテンはぴったりと閉じている。
「三嶋さんは悪臭に感じるんですね」
「如月さんは違うんですか?」
「黒い渦に見えてます」
そっちがよかった。
「ほかの家、やっぱりくさいのかな」
「どうでしょう。ここの穢れは悪臭でも、よそは違うかもしれない」
「……かもしれない?」
「三嶋さんがどんなふうに感知していくかは、俺もわかりません。今日はこれを感知できるかの確認と――こっちです。見てってください」
如月の左手が大きく動き、リビングを扇ぐようにした。すると一気に空気が軽いものに変わっていく。
――悪臭が消えた。
胸を大きく上下させた紅緒の前で、如月はクリーム色のカーテンを引いていく。
「ああ……」
掃き出し窓全体に、黒々としたマークがあった。
「つながってるんですね」
紅緒はスマホを取り出し、念のため電源を切った。
「ここでスマホ使っても大丈夫でしたよ。で、この窓から出入りするとあっちに……あ、あいつら」
町谷たちが街灯の下に立っていた。
「さっさと帰ってくれないかな」
なにやら話しこんでいる。スマホで撮影もしており、如月が重い息を吐いた。
「あんまりゴソゴソしてほしくないんだけど」
「殺人事件とかお風呂で亡くなったとか、そういう噂ってどのくらいで消えるものなんでしょう」
「あ、全部ほんとうですよ。揉み消しがんばってるところです」
「湯船で……」
「溶けた、はさすがに起きてないです。ヒートショックですかね、殺人はまあ悲しい出来事ですが」
「豊田さんに番組のこと訊いてみますか? おばけとかそういうの、追いかけてるみたいですけど」
「機会があったら訊きましょう。取材だなんだで、あのひとたちあちこち出かけてるんでしょうね。噂が出回ってますが、ここに到着しづらくはしてあるんですよ」
「いわくつきの家とかを回りすぎて、耐性がついたりとかは……わんちゃんのときみたいな」
人面犬は白猫の体毛を吸いこみ、においがわからなくなっていた。
異界に入った豊田はあちらになじんでいたし、武藤も白猫の空間になじんでいる。
現在のふたりは白猫にべったりだ。
「それなりに耐性はつくでしょうね。自力でここに入ってきたみたいですし」
「私たちは――」
いいかけ、紅緒は口を閉ざす。
如月の顔に浮かんだ笑顔に、紅緒は続けようとした言葉の代わりにため息をついた。
――紅緒も如月も、怪異の権化のようなものだ。
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