好感度教育

蝸牛まいまい

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第一章

人情

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男は侑輝に気づくとにっこり笑った。
「えっと…星乃君だよね、3週間だけだけどよろしく」
「え、ああ…よろしく、そっちの名前はえっと…」
「倉田公介だよ」
「倉田君ね、よろしく」 
 身長は175㎝くらいで短髪、眉が太く濃い。身体つきは侑輝とは対照的に筋肉質であった。体育会系のような雰囲気をしているが、気真面目そうな顔つきをしている。しかし、そんな気真面目な顔つきをしているが、どこか穏やかさがあり好意的な感情が読み取れた。
 侑輝は人づきあいが得意なほうではなかった。中学でも親友と呼べるような相手はいなかったし、勿論恋人なんてできたことがないが、人づきあいが決して絶望的に苦手というわけではない。最低限は話すことはできる。だからと言って友達が欲しいというわけでもない。できたらできただし、できなかったらできなかったで構わない。そんなスタンスであった。
「そうだ、星乃君。よかったら明日、一緒に学校内のデパートとか施設を見て回らないか?まだ入学したてで一緒に行く友達もそんなにいなくてな。明日明後日は休日で自由行動だし外出もしておきたいけど、まだ2週間はあるから。」
 今となっては「陽キャラ」なんてかなり古い言葉でもあったが、侑輝が思った第一印象はそれだった。侑輝であれば初対面の人とは一定の距離を取るのが基本だし、勿論あった瞬間に一緒に買い物なんてもっての外でもある。侑輝は少し目を細め倉田君を見た。倉田公介は変わらず侑輝に微笑みかけていた。先程に見た宇田先生とはまた違った純粋な微笑みだった。しかしその微笑みにはどこか憂いを感じるように眉は傾いていた。


「いいよ、じゃあ10時くらいからでどう?」
「ありがとう、了解した」
侑輝も確かに校内は見学しておきたかった。どこにどんな設備があるのか、何か人が少ない穴場があるか、など。







 日本ではSNSが絶大的に普及し、インターネットでの他人とのコミュニケーション手段の充実により、ネットコミュニケーション力はかなり高い。しかしそれは所詮ネットに過ぎなかった。多くのものは顔を知らず、名前を知らず、どんな性格かも知らない上辺、いや上辺の上にある空気のような関係だけを発達させてきた。勿論、そこから発展する現実の交流、恋愛などもないことでもないだろう。しかし、日本での恋愛疎遠化が進んだのはデータとして出ている。好感度を利用した教育では主に現実での人間同士の交流、恋愛などを主目的とする。それは仲間と協力、時には競い合いながら学力を伸ばす。加えて今の日本に必要なコミュニケーション能力を高めるために相手との距離を測りながらコミュニケーションをとる。好感度の可視化はつまりその距離を可視化したものと考えられる。好感度を点数にすることで相手と距離を詰めようという意識を芽生えさせネット環境の普及した現代では養うことのできない人との付き合い方を学ぶ。それが体面だろう。学力が上がる確たる証拠はない。そのデータを得るための新教育という名の研究なのである。上手くいけば好感度を利用した教育は増えるだろう。





「よし、そろそろ行こうか星乃君」
「うん」
玄関を出て左奥には大きなデパートがある。デパートはまだ新設されたばかりで、基本的には学生用だが一般市民も利用することが可能だ。学生の利用は休日は朝から夜であるが平日は夜だけである。勉強するための場所であるので当然と言えば当然だ。

「星乃君も俺も運がいいよね」
「なんで?」
「こんな豪華な学校で生活できるんだよ?しかもお金はかからない。学生証さえ持っていれば校内の学食は無料だし、デパートでは現金が必要だけど毎月1万円分が学生証の中に支給されるんだ。至れり尽くせりとはこのことさ」
 学生にしては1万はかなり高い。物価が上昇しているといえども高校生のお小遣いとは思えない。しかし1万円は使い切らなければ毎月残った分は回収されることになっている。もしもできるだけ得したいなら換金しやすいものをできるだけ買うか食べ物などで消費するのが最善策であろう。
「まあ、そうかもね。でも悪く言えばモルモットみたいなもんだろ。研究の実験体。上手くいくかもわからない教育を施される」
「……星乃君は少しネガティブなんだね。国は俺たちのために莫大なお金を使ってくれているんだ。感謝しないと」
「はあ…」
 倉田公介は随分大人な意見を持っていた。普通の高校生は果たして国に感謝などしない。それこそ戦争があった時代でもない。侑輝が思うには国は国のためにお金を使っているに過ぎない、どんな時代も研究には莫大なお金がかかるわけで別に生徒一人一人のことを思ってお金を出したわけではないのである。


 デパートの中はすでに学生で賑わっていた。デパートの中は当然であるが綺麗であり、品数はさすがに外より少ないが、それでも学生が使用する分には十分すぎる量があった。沢山の本が揃えられた本屋、学生がこれから利用するであろう文房具店に加えて、女子が好きそうなブランド服のショップ、雑貨などは勿論のことファストフード店や寿司屋もある。
「星乃君は何か買っておくものある?」
「いや、大体持ってきた。」
元々侑輝はそんなに物を持つ性格ではなかった。不必要なものはすぐに捨ててしまう。
「そうか、それならぶらぶらしようか」


デパート、図書館、無駄に広い学校の庭、校内の小さな病院の場所を確認した後、玄関近くの噴水で休憩する。
「やっぱりすごいね、ここの施設は…」
のっそりとベンチに腰を下ろした倉田の顔は長い時間歩いていたせいか疲れているように見える。校内が大きすぎて歩いて、そこそこ確認しただけで一日がつぶれてしまった。侑輝は疲労を吐きはしないものの倉田公介以上に疲れていた。
「まあ、そうだな…。それにしても倉田君は過剰だけどね…。建設が終わってまだ数週間だし、新しい設備が多いのは当然だから。」
「そう…かな…、まあ、そうかもしれないな」
倉田は赤色の空を見上げると大きく一息ついた。
「…」
「…友達がね。…俺の友達は行きたい高校があったみたいなんだ。でも点数が及ばずに落ちたんだ。とても落ち込んでいて、なんて声をかければいいかわからなくて…今こうやって楽しんでいると、その時の友達の顔がよく思い出されるんだよ。」
「倉田君は元々この学校に来たかったの?」
「ああ、俺の家は貧乏でね。選抜で名前を出されたときは本当に嬉しかったよ。高校に行けるか心配だったからね。」
それほどまでに大切な友達だったのだろう。ただ、自分の希望の高校に入ったことと友達が希望の高校に入れなかったことは何の関係もない。それに関してわざわざナーヴァスになる必要はないだろう。…意味わからん。
「…そうか…」
 




「あそこに誰かいないか?」
倉田君が指さした方向には校内の外だった。丁度、門の傍で老人が重そうな荷物を持ってゆっくり歩いている。腰は曲がっていて、足は少しおぼつかない。弱弱しい歩きからは音すら聞こえない。
「…そうだな」
「そうだなって!助けないと!行くぞ!」
急に元気を取り戻した倉田はダンっと勢いよく立ち上がった。老人は変わらず普通に歩いているだけで助けを呼んだりはしていない。
「助けるも何も別に助けが必要だとは思わないんだけど…」
確かに少しふらついてはいるが危ない状況には見えない。倉田が何を見ているか侑輝にはわからなかった。
「何言ってんだよ!重そうな荷物持ってるだろ!」
「持ってるな」
「のんきなこと言ってんじゃないぞ!もう!」
「…」
そういうと走りだした倉田は老人に近づくと荷物を受け取り一緒に歩き出した。2人の影がゆらゆらと揺れていた。


…意味がわからない…
 侑輝にも責任感はある。そもそもこの高等学校に入学した一つの理由として親に負担をかけたくないということが大きい。子が親に負担や迷惑をかけることは当然かもしれない。それでも侑輝は嫌だった。できるだけ自分のことは自分で片づけたいのである。自分のしたことは自分で、自分の行ったことは自分で、自分の罪は自分で償う。しかしだからこそ他人の責任まで抱える必要はないし他人のことまで考えてやる必要もない。責任感と正義感は違う。倉田君あれは正義感なのだろうか。優しさなのだろうか。侑輝にとっては正義感も優しさも自己満足に過ぎない。友達ならまだしも、流石に赤の他人に優しくする必要性はないと思う。侑輝も勿論、誰かに優しくすることはある。それは未来のことを考えてある程度付き合いが悪くならないようにするために過ぎない。結局、自己満足と自己利益しか考えないだろう。
「星乃君」
倉田は肩を震わせ僕を睨んだ。
「なに?」
「なんで助けないんだよ!」
「助けは求められていないし、そもそも問題なさそうだったけど」
「冷たいんだな」
「そうか?」
倉田の目は夕日にあてられて熱く燃えていた。

侑輝は悪いことをしたのだろうか。いや、善いことをしなかったことが悪いことなのだろうか。しかし悪いことはしていない。善いこともしていない。ならば誰にも責めることはできないはずだろう。倉田が行ったことは優しさという自己満足に過ぎない。見返り無しにどうして人に尽くすことがあろうか…

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