好感度教育

蝸牛まいまい

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第一章

犠牲

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 老人のことがあってから倉田は侑輝と顔を合わせないようになった。正義感の強い倉田にはどうしても侑輝の考えが許されないらしい。毎朝見る彼は最低限の会話しかしてこない。この学校に居続けるため侑輝は誰かと仲良くできるんだろうかと少し心配になった。好感度はマイナス値になると学力はマイナスになる。しかも4倍。もしもマイナス50だったら4倍されてマイナス200点。6教科平均60点取ったとしても足りない。深刻な問題であるかもしれない。しかし倉田のような奴が常識というわけでもないのは事実である。あまり気にする必要もないのかもしれない。
 学食で適当に朝食を終えた後、来週にはできなくなるであろう外出をするため門を出た。ふらりふらりと歩きながら侑輝はパートナーについて考えていた。仲の良い知り合いなんていない、しかも女子はなおさら。ランダムは確かに考えなくて済むが赤の他人と組むということはそれだけリスクが高い。倉田のように性格の合わない女子と当たれば詰んでしまう。加えてもし学力が低いやつと当たったなら…学校を去ることになる。学校を去った後はどうなるんだろうか。どこかに転入するんだろうか。わからない。

 そんなことを考えながら、ぼーっと前を見ていると同じ制服の女生徒が斜め上をぼーっと見て歩いている。
黒いポニーテールがゆらゆら揺れる。姿勢が異常によく女性らしいという身体をしている。後ろ姿であるため正面は分からないがお腹付近は引き締まっており下半身は少し太めだ。顔こそ見えないが上品さが感じられる、ぼーっと空を見て暇そうである。女生徒は赤信号の前まで来ると立ち止まると思いきや、そのままゆっくり歩いている。
侑輝はその様子をぼーっと見ていたが、段々と焦点があっていくと額に冷や汗をかき始めた。頭の中で次に何が起きるかを考える。赤信号をそのままわたる意味。
 すぐそこには中型のトラックが向かっている。それでも女生徒は立ち止まることをせず気にしていない様子で歩いている。気づいていないのか、はたまた気づいた上で歩いているのかはわからない。
え…?






…馬鹿だな。当たるところは目をつぶっておこう…まあ他人だし。
おかしい
…そうそう僕には関係ない。自殺したいなら勝手にどうぞ。
おかしい
…たとえ死んでも自業自得。俺には関係ない。
おかしい



頭ではわかっていた。さっさと背にして別の場所に行けばいい。正義を振りかざして優しさという自己満足を行う馬鹿じゃない。彼女は赤の他人。助ける義理もない。今すぐ後ろを向けばいいんだ。後ろを。


頭ではわかっていたはずだった…


それなのに頭で理解したことを足が追い付いていなかった…。


脳の電気信号がやっと足を捕まえたとき、すでに遅れていた。
なぜか侑輝は赤信号の向こう側で、大きく目を見開き腕を伸ばして後ろへとバランスを崩す女生徒を見た。そしてすぐ左側に何か大きなものが向かってくる予感がして咄嗟に左腕で頭を守った…そんな気がした。








…頭が痛い。…白い天井、この空気が消毒されてるような匂いは…。
「星乃さん、大丈夫ですか」
知らない女性のような声が自分の名前を呼んだ。
「ぅあ…あ、はい」
侑輝の口の中は随分と乾いていた。身体は重いというより硬く動きずらい。
「自分が誰だかわかりますか?」
「ほ、ほしの、星乃侑輝です」
自分のことはしっかりと理解していた。誕生日も干支も好きな食べ物も勿論覚えている。
「何があったか覚えてますか?」
「…えっと、トラックに当たったかもしれないです」
おぼろげに思い出したのは顔の整った女生徒と中型トラックが向かってくるという感覚、しかし痛かったという感覚は全く覚えていない。
「…そうです。脳には異常はなさそうですね。後程精密検査も受けてもらいますね。今、家族のほうへお電話しますので少々お待ちください。あと安静にしておくために動かないで寝て置いてください。いいですか?」
「…はい」
壁や天井は白く染まっていた。すぐに病室と気づいた侑輝はどこの病院かを考えた。窓の向こう側を見るとα学園がすぐ見える。つまりは学園内の病院に運ばれたのだろう。どのくらいの時間が経っているのかはわからない。学園内の病院ということは両親は来ることができない。そんなことを考えるまで落ち着いたとき左腕に違和感を感じた。
…左腕が痛い……は?
左腕が動かない。骨折でもしてるのだろうか。痛いのに動かない。侑輝はゆっくりと凝り固まった首をひねって自分の腕を確認した。
そこにあったのは無くなった左腕だった。いや無いという事実があった。左腕を失った。左肩はある。でも二の腕も肘も手首も手もない。
「………ああ…ああ…あぁ…」
 自分の腕が無いというのは意外と驚きであった。当たり前のようにあった腕がなくなっている。肩近くから先のあるはずの腕が無いという違和感。
目を瞑って自分のした行いを思い出す。ポニーテールの女の子を傍観していたつもりでいたはずが侑輝の足は身勝手に動いた。そして彼女の腕をひっぱり道路から外はずしたが予想していたよりも人間が重かった。そのせいで自分が残ってしまった。その後向かってくるトラックに当たった。
 一呼吸すると両肩の力はダランと重くなる。何故か軽いはずの左肩は右肩よりも重く感じた。

「星乃さん、お母さんとお電話繋がりましたよ……」
電話を持った看護師は俺が自分の左腕のあるはず場所を見ている姿を見た。
「……貸してください」
「…はい……」
看護師は歪んだ顔をしながらもゆっくりと受話器を俺の右手へと差し出した。

「侑輝?なんか交通事故にあったって聞いたけど?大丈夫なんか?」
「ああ、検査はまだだけど多分脳に異常とかは無いと思う。心配かけて悪い。」
「怪我とかないんか?」
「聞いてないの?」
「そうよ」
「…少し痣と擦りむき傷ができた。まあ特に痛みはないし、治ると思う。」
「そう、よかった。安静にしなさいね」
「ああうん、じゃ俺検査あるから」

電話は切れた後、少し落ち着いた俺は右手に握った受話器をそのままに白い天井を眺めた。侑輝なぜかまだ母親には知らせる必要はないと思った。いや必要はあったのかもしれないが知らせたくなかった。
 自業自得とは正にこのことである。お馬鹿侑輝はお馬鹿にも人助けをして腕を一本失った。得たものはなく、失ったものは大きい。失ったもの…
「あそこにいた女生徒は…どうなったんですか」
天井を見ながら看護師に尋ねる。
「大丈夫ですよ、ほぼ無傷です。星乃さんは彼女を救ったんです!」
「ああ、そうですか」
看護師は励まそうとするかのように賞賛の言葉を投げかけた。
侑輝はその励ましを聞いても全く嬉しくなかった。いや命が助かったことは祝福できることである。しかし「救った」という事実がどうも気に入らない。彼女を救って自身の未来を削っては無意味なのだから。
 大不幸中の小さな幸いとしては在学中の怪我の費用は全て学校が負担してくれることだろうか。親に迷惑は掛からない、退学しなければ。校内に親が入れないのもデメリットばかりではないと入学早々理解した。この状態を知れば親は仕事を放りだして休学しろと言って自宅で看病しだすかもしれない。

「それと倉田さんという方からお見舞い品がありますよ」
すぐ傍らの机の上にはこれまた王道なバスケットに入った沢山の果物があった。加えてそこには一枚の紙が挿してあった。紙には大きく「ごめん」とだけ書かれていた。再び自分のしたことを思い出す。
 …あんなことをした自分を殴りたい…
「事故からどのくらい経ちましたか?」
「約1か月です」
「1か月!?」
恐らく侑輝のパートナーは恐らくランダムで決まっている。もうすでにクラス替えと部屋替えは終わっているはず。推測になるが倉田かそのパートナーあたりが勝手に済ましてくれているんだろうか。

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