好感度教育

蝸牛まいまい

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第一章

パートナー

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少しして看護師が出ていった後も、侑輝は天井を見続けていた。病院はとても静かだった。入学早々怪我をして校内の病院にいるのは侑輝くらいで多くの生徒は今はパートナーを隣に授業をしているはずである。誰かもわからない侑輝のパートナーはそんな中、一人で受けているかもしれない。
 高校に居られるんだろうか…そもそも実験体として俺は居続けることができるのか。欠陥のあるモルモットは実験すらされずに処分されるのではないのか…
しかしよく考えてみるなら、例えそうだとしたら校内の病院になんて連れてこないだろう。

夕方、授業も終わる時間まで不安と少しの諦めを浮かべながら黄昏ていると病室に近づいてくる足音が聞こえた。
「星乃君、大丈夫ですかー?」
扉を開けたのは笑顔の女教師宇田先生だった。
「はい」
「そうですか、よかったです。大変でしたねー。今は沢山心配事があるかもしれませんがゆっくりと聞いてくださいね」
おっとりとした声とおっとりとした仕草。しかし俺は宇田先生の始終絶やさない笑顔がどうしても違和感があって好くことができないような気がした。宇田先生の顔はまるで何もなかったような感じであった。それこそ擦り傷でもできたかのような対応である。
「まず、星乃君の組は入学時と一緒のAクラスということになっています。左腕は無くなりましたが退学ということにはならないので安心してください」
侑輝は安堵する。
「…そうですか」
「本当は事故があったときにすぐに星乃さんの親に連絡しようとも思ったんですけど、上の人から止めとけと言われまして、まあ退学するよりはここにいたほうがいいと思いまして。私たちもできるだけサポートしますから安心してください。」
宇田先生は見た目に反して意外とバッサリとものを言う性格をしているのだなと気が楽になった侑輝は思った。
「あと一応ランダムで決まったパートナーはいますが約1か月後に行われる学力テストは今回は受けなくてもいいです、リハビリもあるでしょうし。パートナーは好感度0になってしまいますがパートナーも今回だけは200点未満でも退学にはなりません。荷物などは倉田君が運んでくれました。今度お礼を言っておくといいかもしれませんね」
「…はい」
「次のパートナーの申請は学力テストが終わったすぐです。パートナーは一応変更が可能なので考えておいてくださいね。ここまで何か聞きたいことありますか?」
「…いえ」
「少しの間は入院になりますが安静にしながら勉強とリハビリ頑張ってくださいね」
「…はい」
「それじゃ何か聞きたいことがあったら病院の職員の方に言ってくださいね」
「…はい」
侑輝は高校に居られるという安心からだろうか、それとも少し状況に疲れてしまったからなのか、宇田先生の話には適当に返事をすることしかできなかった。
 宇田先生は、またね、と言ってすぐに出て行ってしまった。




「はあ…」
外では丁度夕日が沈み、辺りは暗くなっていくころだった。宇田先生が帰っていく足音と一緒にまた病室に近づくゆっくりとした足音が聞こえる。リモコンで電気を点けカーテンを閉める。

複雑な感情がやっと単調なものになったとき病院の職員らしき足音が扉の奥から聞こえてきた。しかし、職員にしては少し変だった。何が変なのかというと説明が困難だが、重苦しいという足音。扉の向こうからコツコツと鳴り響く足音は異常なくらいの寒い音で近づいてきた。いうなれば死んだ悪魔が蘇ってゾンビのようにやってくるかのような…というのは流石に言いすぎである。暗くなった時間が丁度そんな雰囲気を醸しているに違いない。
 死神なら来るのが遅かったな…まだ死にたくはないけど知らないうちに死ぬというのも楽で助かるんだけどな~…
侑輝はなくなった腕を見て、今後のことを考えると少し自暴自棄になってしまいそうであった。死ぬことすらないとは思うが、生活は前よりも困難になるのは確実である。学園での生活は保障されたのは幸いだが、これから一緒に暮らすかもしれないパートナーには迷惑を掛けることになる。そうなれば面倒がられて好感度が下がるかもしれない。例え倉田のような聖人がいたとしても長く続けば嫌になって好感度が下がって…


「失礼します」
「…あっ…はい」
 侑輝は頭の中のごちゃごちゃとした思考をばっさり切られたように返事をした。扉の向こう側から聞こえた声は前の看護師さんとは別のものだった。扉が重そうに開くと、そこには一人の女生徒がいた。瞬時に察した。真っ黒の長い髪のポニーテールと無駄に背筋の整った姿。正面から見た姿はあまり覚えていないものの整った顔立ちと若干大きな垂れ目、高い鼻筋が特徴的だ。加え高校生とは思えない胸。いわゆるダイナマイトボディと呼ばれるそれだ。普段の侑輝であれば男であるがゆえに少しは興奮したが、今の侑輝にはどうでもよかった。…ただの女生徒である。
女生徒は影差す目を下ろしながら重そうな足を動かし、目の前に来ると勢いよく頭を振り下ろした。艶のある黒髪が重力に逆らうかのように舞った後、すぐに重力加速度によってだらんと落とされた。
「…ごめんなさい」
「…は、はい」
としか侑輝は答えることはなかった。自業自得だったわけで。勝手に助けただけだったわけで。今でも助けたことに後悔している侑輝はお礼を聞く資格すらない。
「…」
女生徒は無言のままに頭を振り下げたまま固まっていた。
「…あの、お名前は」
とりあえず場を持たせるための会話をしようと試みる。
「…近衛乙月と言います」
偏見だと思うけれど近衛だとか西園寺だとか九条だとか一条だとかはなんか名のある家という感じがして金持ちのイメージがある。無論偏見である…
名前を聞いたのはよかったが、他に特に聞くことがない。腕を奪ったことに怒ろうにも侑輝の中で自業自得な行いであることを理解していたためにできない。
「…えっと不注意で気づかなかったということですか、まさか自殺じゃないですよね」
「…」
「…自殺しようと思っていたわけでは…ないんです。でも、その…どうなってもいいと少し自暴自棄になっていました。…命を救っていただいたことには感謝してます」
侑輝は更に助けたことを後悔した。今となっては感謝されているものの身投げするような人間を助けた自分がまた愚か者のように感じたからである。近衛乙月は未だに頭を下げたまま暗いトーンで途切れ途切れ話した。勿論感謝されるのは悪い気分ではない。だからと言って腕を失ってまで感謝されたいとは全く思わない。
「本当にごめんなさい」
「頭を上げてください近衛さん」
実際腕は失ったがそれは自業自得でなんとか割り切れる。一か月の遅れも努力さへすれば問題ないだろう。幸いにして2人死んだわけではないし、治療費もかからない。それに成ってしまったことをぐちぐち言っても仕方がないことである。
「…まあ、もう俺も気にしないので近衛さんも気にしないでください。次からは車には注意して歩いてください。」
少し皮肉にも聞こえるかもしれないが、このくらいの言葉は許してほしい。
「………」
「…あの…近衛さん?」
近衛さんは依然として黙ったまま頭を下げていた。普段から姿勢が良い所為か三角定規のような形になっている。近衛さんの周りだけ時間が止まっているようであった。
「……」
「あ、えっと…もう戻ってもらっても構いませんよ…」
「…つ、つぎの…」
「はい?」
「…次のパートナー申請、私と一緒にしてください」
「え?」
近衛さんは頭をまだ下げたままだった。いい加減に上げても構わないと思う、というか変な罪悪感を感じてしまうために上げてほしいところである。
 彼女からしてみれば罪滅ぼしのためだろうか。しかし侑輝自身には助けたという事実は自らの過ちに過ぎないものになっていった。ならば罪は彼女に求めるべきものでもないだろう。あるとすればお馬鹿侑輝の所為だろう。
「お願いします。絶対に足を引っ張ったりはしないと誓います」
「…」
近衛さんは顔を伏せたままであったために表情が分からなかった。しかし、その声色は確固として頑固で覚悟を持った真剣さがあった。
罪滅ぼしとしてそんなこと誓っているのだとしたらいい迷惑である。侑輝は少しの罪悪感を胸に抱きながら、一息吐くと少し強めに言った。
「足を引っ張らないって言っていますが、何点くらいとれるんですか?俺より低かったら組むメリットもないですし…」
自慢ではないが、侑輝はある程度の点数を取れる自信はあった。中学校でも全教科70点以上は常にあった。加えて数学は90点近くなら取ることも可能である。しかし侑輝のちょっぴりな自身はすぐに砕かれた。
「…今は、全教科95点以上なら取れると思います。100点取れというのであれば取ります」
「えっ!?」
あまりの驚きに声が裏返ってしまった。それでは自分自身が足を引っ張ることになる。罪悪感が更に自分に降りかかりそうである。
「いや待って、寧ろ俺が足かせになるかもしれないからやめておきたいです」
心の中では足じゃなくて腕だなっと笑うくらいの余裕はある。しかし目の前の女生徒は一世一代の勝負をしているかのように真剣であった。夜の海が荒れているような、そんな雰囲気のプレッシャーが伝わってくる。
「お願いします」
近衛乙月の伏せた顔には暗い影が差している。部屋の照明が異様に暗く感じるほどだった。
彼女は相当参っているのか目の下には隈が薄く見える。おそらく罪悪感で眠れなかったのだろうか。整った顔がそれを一層に引き立たせている。ここで侑輝が断ればそれこそ、次は飛び降りでもしてしまいそうだ。侑輝は溜息を小さく心の中で付いた。
はあ…まあそれくらいの褒美はあってもいいか…
「しかし、近衛さん。少なくとも俺は左腕がないために生活において多少なりとも迷惑をかけることに…」
「ぜひ、迷惑をかけてください。お願いします!」
侑輝が言葉を終える前に近衛さんは発言する。迷惑をかけてください…。それはまるで迷惑をかけられることを望んでいるようにしか聞こえなかった。
「…それじゃあ、俺からもお願いしようかな。片方腕ないし、少しお手伝いと勉強も見てもらってもいいかな?」
近衛さんは勢いよく頭を振り上げると充血した赤い目を細めながら「はい!」と一言、笑った。彼女の整った顔はそれでも美しかった。

「私、必要としてもらえるように頑張ります」
「うん、よろしくお願いします近衛さん。とりあえず次の学力テストが終わるまでは近衛さんも今のパートナーと頑張ってください。それからはお願いします。俺はそれまでに学校に戻れるようにリハビリするので…」
「私も、リハビリお手伝いしたほうが…」
「いえ、そこまでは…それに学校ではパートナーとは極力一緒にいることを推奨してますし、今の近衛さんのパートナーに迷惑はかけられません。なので、次からお願いします」
「……わかりました」
近衛さんは少し悪びれる様子で答えた。
「では…その、また」
少しぎこちなくお礼をすると、近衛さんも「はい」と少し嬉しそうに笑って病室を後にした。解放感に満たされた侑輝は一息つくと再び天井を見た。照明が少しまぶしくも感じる。重力加速度が六分の一程度になった気分で身体が軽い。近衛さんにとっては侑輝の腕を失わせたということが罪と感じているのであれば、それを償わせてあげることも必要かもしれない。自分がもし近衛さんだったらと考えた侑輝は少しばかりか彼女に共感した。それと同時に一つの大きな心配がなくなった侑輝は安堵した。
 これでパートナーは確定した。


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