46 / 101
慣れてきた日常
【04-10】運転
しおりを挟む「今日、行ってもらう訓練はこの施設の名前通り、複数の作業を同時に行うための訓練だ」
ステージには一つの椅子とヘッドマウントディスプレイにハンドルのようなものも見える。車の運転席みたいだ。
「今日は最初だから簡単な訓練にしてある。車の運転だ」
当ってたみたいだ。でも、何故運転なんだ。
「僕、運転なんてしたことないんですけど」
運転免許は二十歳からだし、今のご時世免許を持っている人の方が少ないだろうに。
「大丈夫。運転の仕方を知らなくても問題ない。やってるうちにできるようになるから」
それは大丈夫と言えるのだろうか。逆に心配になってきた。僕は矢澤コーチに心配そうな顔を向ける。
「とりあえずやってみなさい」
矢澤コーチはいろいろと言いたい僕に先んじてそう言った。僕はコーチに導かれるように座席に座った。
「いいかい。これがハンドルで、アクセル、ブレーキ……」
僕は車の操作について教えてもらう。
「本当の車はもっと難しいんだけどね。昨今では、車を運転する人なんて減ってきてるからね」
コーチが言う。制御AIの進んだ今の時代に車の運転は趣味の世界に入っている。そもそも運転ができる車を持っている人が少ないのだ。車の運転はAIによって行われていることがほとんどだ。同期が可能なAIによって行われるため、トラブルがあってもすぐに補助が入るようになっている。その結果、近年、ちょっとした軽い事故というのは発生していない。発生する事故のほとんどが人が運転していた車が原因になっている。
「これは、昔あった車の操作を元にして作られていて、複数の作業を同時にする必要があるもの訓練になっている。もっと簡単な訓練もあるんだけど三つ以上の作業を並列でという訓練は少ないんだ」
矢澤コーチの説明になんとなく納得しながら僕は機器を見ていく。いつも後部座席から見ている危機が近くに見えるのは少し楽しい。
「やってみると案外面白いから。じゃあ、頑張ってみよう」
矢澤コーチの開始の合図で訓練が始まった。僕は少し緊張しながらハンドルを握った。
ヘッドマウントディスプレイに道路が表示される。僕が乗っている車は現在止まっているようだ。ディスプレイ上に指示が出される。ブレーキを半分踏んでからアクセルを少し踏む。指示通りにしてみると座席が揺れ始め、テレビで聞いたことがあるようなエンジンの音が聞こえてきた。僕は指示に従って運転を開始する。アクセルを踏み続けると速度が上がり続けるのに気づくまでに二回ほどガードレールに激突した。訓練用だからか他の車は存在しない。
数度のクラッシュを経験しながらも僕はなんとか進み続けることに成功した。するとディスプレイ上に僕以外の車が現れ始めた。僕は急に現れた走る車に当たらないように運転をする。するとさらに指示が出る。車線を変更しないといけないようだ。僕はハンドルを右に回す。すると何度か体験した座席の振動を感じて、僕は自身の失敗を知る。ディスプレイには後ろからの追突と表示されている。僕は他の車が走っていることによる難易度の急激な変化に少し驚いた。
失敗し、驚き、解決する。何度もその繰り返しを重ねていき、ようやく普通に運転できるようになるまでには一時間は使っていた。周囲の確認というのが思っている以上に大切なのだ。
次の指示を待ちながら車を操作しているとディスプレイに終了の文字が現れた。訓練が終了したみたいだ。
僕はヘッドマウントディスプレイを外し、息を吐きながら体を伸ばした。顔を上げ、天井を見てるとなんだか落ち着く。
「上手くできたみたいだね。なんとかなったもんだろ?」
「何回も失敗しましたけど」
「まあ、今ので簡単な運転はできるようになったはずだ。本物の車の運転よりは簡略化されているし、ここまではみんなできるんだよ」
「ここまでは、ですか?」
僕は伸ばしていた体を戻し、矢澤コーチの方を向く。コーチはパソコン型インターフェースの前に立って何やら操作している。
「本当の訓練は次からだ。さっきまでの訓練にも複数の作業を一緒に行う場面があったが、今度からはもっと増える。さあ、準備して」
僕は、言われるがままにヘッドマウントディスプレイを装着し、次の訓練を始めた。
-------
「お疲れ様。どうだった?」
「難しすぎます」
これは、今の僕の気持ちを表すのに最適な一言だろう。
続けて始まった訓練は最初の訓練とは天と地ほどの差があった。ちょっと気を抜いた途端にクラッシュなんてことが二十回以上起こったぐらい難しかった。
一番難しかったのが戦闘があるカーチェイス。他にもいろんなカーチェイスがあったけどこれは特に難しかった。周囲に車が走る中で、僕の乗る車と敵の車で銃による戦闘が行われながらもカーチェイスするという設定。戦闘に集中しすぎれば他の車にぶつかり、運転に集中しすぎればハチの巣にされる。その時その時の状況を把握して、それに適した判断をする。言葉にするのは簡単だけど実行するのは難しい。助手席に座っている味方なんかは三十回死んでいたと思う。
「そう言うと思ったよ。でも心配しないで。この訓練はもともと難易度が高めに設定されているんだ」
「心配なんてしませんよ。もっと簡単なのからが良かったです」
僕は素直な思ったことを言う。すると、矢澤コーチは笑ったように、しかし、真面目な声色で言う。
「この学校の生徒だったらそれでもよかったかもしれないけど、君にはそれじゃあダメなんだよ。君にはもっと難しいのをこなしてもらわないといけないんだ。君にはいち早く戦力になってもらいたい。君の自動防御は一プレイヤーとしても価値があるものなんだ」
「これ以上ですか?」
僕は驚いた。これ以上に難しいなんて想像つかない。襲撃者が増えるんだろうか。それぐらいしか思いつかない。
「まあ、いずれはってことだけどね。当分はこれを続けてもらうよ」
「分かりました」
良かったのか、良くなかったのか、よく分からないが僕は頷く。
「明日からも大変だろうけど必ずやるんだよ? 君はもうチームの一員なんだからね。じゃあ、今日の訓練は終わりにしよう」
矢澤コーチの真剣な表情を見て僕も気を引き締めたところで今日の訓練は終了になった。矢澤コーチがパソコン型インターフェースの前からソファの方に行って座ったので、僕も座りにいく。
「お疲れ様です」
「ありがとうございます」
「疲れてるところ申し訳ないんですが、VRデバイスについて説明し忘れたことがありました」
菊池さんがソファに倒れこんだ僕に言ってきた。僕は軽く頷く。
「そのVRデバイスにはAIが積んであります。なので、その設定をしなければいけませんでした」
僕は一瞬、それって大事なことだったんじゃないの、と思ったが言葉にはしなかった。
現在のスマホのような個人用携帯電話にはAIが搭載されていることが標準になっている。僕がこの学校に入るまで使っていたスマホにもAIが搭載されていた。高性能なAIではなかったが言葉による操作や音声による通知など便利な面も多かった。
この学校では個人所有の個人用携帯電話の所持が校則で禁止されているので、僕のスマホは今爺ちゃん家にあるはずだ。
「電源を入れる前に一つ。電源が入ると音声による本人確認が行われます。確認を求められたら自分の名前を言ってください。それで確認が取れるはずです」
「分かりました」
僕は頷いて了承する。
「では、電源を入れてください」
僕は電源ボタンを長押しした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男女比1対5000世界で俺はどうすれバインダー…
アルファカッター
ファンタジー
ひょんな事から男女比1対5000の世界に移動した学生の忠野タケル。
そこで生活していく内に色々なトラブルや問題に巻き込まれながら生活していくものがたりである!
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います
ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。
懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました
グミ食べたい
ファンタジー
現実に疲れ果てた俺がたどり着いたのは、圧倒的な自由度を誇るVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。
選んだ職業は、幼い頃から密かに憧れていた“料理人”。しかし戦闘とは無縁のその職業は、目立つこともなく、ゲーム内でも完全に負け組。素材を集めては料理を作るだけの、地味で退屈な日々が続いていた。
だが、ある日突然――運命は動き出す。
フレンドに誘われて参加したレベル上げの最中、突如として現れたネームドモンスター「猛き猪」。本来なら三パーティ十八人で挑むべき強敵に対し、俺たちはたった六人。しかも、頼みの綱であるアタッカーたちはログアウトし、残されたのは熊型獣人のタンク・クマサン、ヒーラーのミコトさん、そして非戦闘職の俺だけ。
「逃げろ」と言われても、仲間を見捨てるわけにはいかない。
死を覚悟し、包丁を構えたその瞬間――料理スキルがまさかの効果を発揮し、常識外のダメージがモンスターに突き刺さる。
この予想外の一撃が、俺の運命を一変させた。
孤独だった俺がギルドを立ち上げ、仲間と出会い、ひょんなことからクマサンの意外すぎる正体を知り、ついにはVチューバーとしての活動まで始めることに。
リアルでは無職、ゲームでは負け組職業。
そんな俺が、仲間と共にゲームと現実の垣根を越えて奇跡を起こしていく物語が、いま始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる