【仮題】VRMMOが世界的競技になった世界 -僕のVR競技専門高校生生活-

星井扇子

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変わり始めた日常

【05-06】先輩①

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 「ハァ、ハァ」
 
 僕は今、息も絶え絶えの状態で寮の前に立っている。歩いていたら間に合いそうになかったから走ったのだ。僕は息を整える。
 僕は寮の入り口でVRデバイスを認証してから中に入った。
 
 既に時間は七時、五分前。このまま食堂に直行する。僕が食堂に着くと初日の食堂のように人が集まっていた。拓郎や勇人を探したが見つからない。とりあえず壁に寄って、体重を預けた。寮までのランニングが思いのほか響いていて体が重い。僕は壁の装飾品になりきる。
 僕が食堂について息を整え終えたときには既に寮長と副寮長が前のカウンターのところに立っていた。その隣には智也もいる。何やら話しているから打ち合わせかなんかしているのだろう。僕は疲労感の治まってきた四肢を動かして水を取りに行った。ドリンクサーバーで水を入手した僕は喉を潤した。
 
 水の入ったコップを傾けていると寮長が一歩前に出て声を張り上げた。
 
 「時間だ! 今日もみんな詰まってくれてありがとう。今日は連絡事項がある。聞いてくれ」
 
 食堂にいるそれぞれが友達と話していたり生徒証を見たりしていたが、寮長の声を聞いて静かになった。
 
 「連絡事項は二つ。一つは期末のことだ。嫌な話だが聞いてくれ。そろそろ一か月前になる今だからこそ、言っておく必要がある」
 
 期末テスト。二週間ぐらい前に中間があったばっかりなのにまたテストがあるのか。中学でもそうだったけど、気が滅入ってしまうのは仕方ないだろう。
 
 「二、三年はわかっていると思うが、この学校の期末は中間と比べ物にならないほど難しい。平均が三十点というテストも過去三年間にはあったぐらいだ。中間で点数が良かったからって気を抜かないように。一年は特にな」
 
 平均三十点なんて学校のテストで経験した事がない。どんなテストなんだろう。受験勉強の時に解いた過去問とかを連想すればいいんだろうか。僕が期末テストについてどうやって勉強しようか考える間にも話は進んでいた。
 
 「いいな! 期末の点数次第では夏休み返上で勉強合宿になる事を忘れるなよ!」
 
 そう言って寮長は一旦話を切り、カウンターに置いてあった水を飲んだ。一つ目の話は終わったって事だろうか。喉を鳴らして水を飲み終えた寮長は再び声を出した。
 
 「テストの事はもういいだろうから次に行く。二つ目の連絡事項だ。七月後半から八月前半に掛けて行われる全日本選抜プレイヤー合宿の参加メンバーを発表する」
 
 イットク寮長がそう言うと食堂は一層静かになった。入学した日に寮長が言っていた選手候補合同合宿とは違って、全日本選抜プレイヤー合宿に選ばれた人はそのまま日本チームに入ると言っても過言ではない。そのため、今からイットク先輩が話すことは実質的に日本チームの選手メンバーを発表することと同じということになる。僕は呼ばれるのだろうか。
 イットク寮長が間を作って焦らした後、言った。
 
 「一年、堤。以上だ」
 
 僕だけだった。
 食堂にいる先輩方は僕のことを知らなかったようで、さらりと言った寮長の言葉に一瞬戸惑い、『堤』というのが誰なのか口々に思い出そうとしている。
 入学してから二か月程立っているが、僕は未だに友達が少ない。ましてや、先輩の知り合いなんて寮長と副寮長ぐらいだ。だから、小駆動の中もいる人で僕の方を見た人は一年の生徒のみだった。僕の方を見る一年の視線を辿って僕に辿り着いた先輩方は僕を見て様々な表情を浮かべる。
 僕は数多の視線を受けて内心恐怖でいっぱいだ。嫉妬という感情はかつてローマ法王が七つの大罪として述べたほどの悪意だ。僕がこれからの高校生活を不安に思っていると寮長がフォローした。
 
 「余りジロジロと見てやるな。そいつはまだ一年だ。考えてやれ。知ってるやつもいるかもしれないが、堤は特殊指定強化選手に選ばれた。緒方さんと同じだ。俺からは以上だ。じゃあ、夕食を始めよう」
 
 僕のことをフォローしたのだろうか。イットク先輩は話が終わったと皆に言って、夕食の準備を始めさせた。そのおかげだろうか。先輩方からの視線の半分ほどが減ってたように感じた。
 今日は以前のように立食式ではないようだ。給仕用のカウンターに列ができている。僕もその列に並びたいのだがまだ視線が刺さったままだ。僕が意を決して夕食を貰いに行こうとすると声を掛けられた。
 
 「堤! こっち来い!」
 
 声を掛けたのはイットク先輩だった。
 僕は仕方なくカウンターの脇に集まっているイットク寮長や佐伯副寮長の立っている場所に歩いていく。寮長と副寮長の他にも智也ともう一人男の先輩がいた。学年はわからない。
 
 「何ですか?」
 
 僕は呼ばれた理由を聞いた。
 
 「合宿についての事が書かれている。目を通しておけ」
 
 そう言ってイットク先輩は僕に一枚の紙を渡してきた。僕はその紙を受け取って内容を見る。
 紙には合宿の日程や開催場所が記されていた。全日本選抜プレイヤー合宿の要綱ということだ。日程や開催地の他にもいろいろと書かれているが、僕には関係ないと思われる。何故なら合宿の開催地は国立VR競技専門高等学校になっている。すなわち、この高校だ。要綱のほとんどには持ち物や参加の際の集合場所などが書かれている。だから、寮がここにある僕は後で目を通しておけばいいだろう。
 
 「以上だ。合宿には俺と佐伯に望月も参加する。スタッフ側だがな。分からないことがあれば聞いてくれ。聞きたいことはあるか?」
 「ないです」
 「そうか。じゃあ、ゆっくりと夕食を食べてくれ」
 「イットク寮長に言いづらければ、俺でも望月でもいいんだからな」
 
 佐伯先輩がそう言って僕の肩を叩く。少し嬉しい。
 
 「その時はよろしくお願いします」
 
 僕はそう言って、給仕の列に並んだ。
 
 夕食を貰い、空いている一人席を探す。すると、僕のいる方向に手招きをしている短髪で筋肉の付いた鍛えられた体を持つ男の先輩と目が合った。目が合っただけだと思った僕は目を逸らし、空いている席を探そうと頭を左右に回していたのだがどうも視界にその先輩が入ってくる。先輩は目が合った時よりも大きな動きで僕に手を振り、僕を指さす。僕は自身の後ろを振り返ってみるが、僕の後ろに立っている人はいない。僕はもう一度その先輩を見る。すると先輩は笑顔で僕を手招いていた。先輩の呼び出しだ。知らない先輩であっても答えないわけにはいかないだろう。僕は内心ビクビクしながらトレーを傾けて夕飯を落とさないように歩いた。
 
 僕がその先輩とその友人が座っているだろうテーブルの近くに行くと、先輩が近くにあった空いた椅子を指さした。座れということだろう。僕はトレーを持って座る。僕を手招いた先輩とは斜め向かいの位置になる。
 
 「やっと来たか。俺は野田《ノダ》 伸也《シンヤ》だ。はじめまして。期待のルーキー君」
 「堤瑠太です。よろしくお願いします」
 「強化選手に選ばれたんだって? なんでなんだ?」
 
 野田先輩の後に自己紹介をした僕に先輩は聞いてくる。僕が夕食に手を付ける暇がないほどの速さで強化選手に選ばれた理由を聞いてきた。僕はコーチに聞かされた理由をそのまま言おうと思って、少し考える。選ばれた理由の大きな要因は自動防御だ。だが、自動防御は今後僕の戦闘の核になるのだろう。だとすれば、あまり言いふらさない方がいいかもしれない。僕はコーチの言っていた理由を抽象的にして伝えた。
 
 「僕が話したコーチが言うには僕のビルドが、日本チームの探していたキャラに近かったからということだそうです」
 
 このぐらいであれば大丈夫だろう。だが、先輩は詳しく聞いてきた。
 
 「探していたビルド? どんなビルドなんだ?」
 「防御特化のビルドですよ」
 
 僕は具体的なことは言わないようにする。どこから情報が洩れるかわからないからだ。防御特化でだということぐらいであればまだセーフだと思う。
 
 「防御特化だ? そんなんいくらでもいるじゃないか。もっと具体的に教えろよ」
 
 野田先輩はそう言って、テーブルの上に身を乗り出す。先輩の気持ちが分からないわけでもないのだが、他人のビルドを詮索するのはご法度だ。僕は拒否する。
 
 「すみません。具体的にはちょっと」
 
 野田先輩は僕が拒否するとは思っていなかったのか、顔を少し赤らめて強い言葉を使う。
 
 「あぁ? 先輩の命令だぞ? 言えよ」
 
 僕の隙を付いた発言に僕は動きを止める。図らずとも箸を持って手を重ねた状態で動きを止めてしまった。
 理不尽すぎる。いつの不良だろうか。ドラマでしか聞いたことがないセリフを生で聞いた僕の内心は複雑だ。まあ、内容がゲームの話ってところがこの学校っぽいところだが。
 野田先輩の声は一般的な話し声よりも大きく、周りにいる生徒も僕たちの方を向いてきた。僕の隣で食べていた野田先輩の友人であろう先輩は、食事をやめて野田先輩を落ち着かせる。
 
 「野田。落ち着け」
 
 僕の隣にいる先輩は、箸を置いて対面に座る野田先輩を宥め始めた。二人で何やら話している。既に会話の話から僕は外れたみたいなので、僕は食事を開始することにした。
 
 「いただきます」
 
 僕が小声でそう言うと、斜め前からまたも大きな声が聞こえてきた。
 
 「なに呑気に飯食おうとしてんだ!」
 
 野田先輩の声だ。最初はスポーツマンのような印象を抱いていた野田先輩の体つきも今では少し鍛えたチンピラにしか見えない。呑気というわけではないのだが。
 
 「ダメなんですか? お二人で話していたみたいなので、てっきり話は終わったのかと」
 
 僕はあたかも本心だと言う様子でそう言った。まあ、本心なので嘘ではない。
 
 「野田」
 
 僕の返答を聞いた野田先輩が僕に言い募ろうと口を開いたが、僕の隣に座っている先輩がそれを制す。
 
 「野田がすまないな、堤。こんな奴だがいいやつではあるんだ」
 「こんなやつってなんだよ」
 
 僕の隣に座っている先輩のフォローに突っ込みを入れる野田先輩。
 
 「俺は小川《オガワ》 優貴《ユウキ》。よろしくな」
 
 隣に座っていたオガワ先輩は僕の顔を見てそう言った。鍛えられた体つきでありながら落ち着いた印象を持たせる人だ。僕は自己紹介を返す。
 
 「堤瑠太です。よろしくお願いします」
 
 僕の自己紹介を聞いたオガワ先輩はちょうど食べ終わったのか箸を置いた。
 
 「ああ。俺たちはもう行くからあとはゆっくり食べてくれ。また今度」
 
 小川先輩はそう言ってトレーを持って席を立った。その後に野田先輩が続く。野田先輩もいつの間にか食べ終わっていたようだ。僕は二人が離れていくのを見ながら夕食を食べ続けた。それにしても怖かった。僕はこれからの寮生活に不安を感じて、暗い気持ちになった。
 
 
 
 
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