【仮題】VRMMOが世界的競技になった世界 -僕のVR競技専門高校生生活-

星井扇子

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変わり始めた日常

【05-07】先輩②

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 肩を狭めて夕食を食べ終わった僕は気配を消して自分の部屋に戻った。途中何人かの先輩とすれ違ったが、特に何も言われなかった。
 部屋に辿り着いた僕は自室に入って椅子に座る。緊張を緩めた。
 
 「疲れた」
 
 またも独り言を溢す。
 僕は机の椅子に座ったまま時間を確認するためにVRデバイスをポケットから出す。ディスプレイの電源を付けようとすると、僕を伺う音声が聞こえてくる。
 
 「何かございますか?」
 
 僕は少しだけ驚いてしまう。黒川と出会ってから二日、正直まだ高性能AIに慣れていない。時間の確認もただ問いかけるだけでよかっただ。僕はそこまで考えて、気にする必要もないという結論に達した。要は慣れだ。今後慣れていけばいいだけだ。
 そんなことを考えていたからだろうか、僕の気分は少しだけよくなった。僕は手に持っていた紙を見る。とりあえずVRデバイスのカメラで撮っておこう。僕は時間を聞くのを忘れて黒川に命じる。
 
 「黒川、カメラ」
 「かしこまりました」
 
 僕の声に反応して、カメラアプリが起動する。カメラアプリの起動したVRデバイスで合宿の要綱を適当に撮影した。少しブレてしまう。僕は再度取り直そうとするが黒川が待ったを掛ける。
 
 「画像の鮮明化を行いますか?」
 
 画像の鮮明化なんて出来るのか。僕は改めて黒川の有能さを知った。
 
 「お願い」
 「かしこまりました」
 
 ディスプレイに移っていた画像は三秒ほどすると綺麗になっていた。少しブレて読みづらくなっていた文字も鮮明化され読み易くなっていた。手に持った原本と見比べて僕は鮮明化の凄さに驚く。今後も忘れたくないものは撮っておこうと決めてカメラアプリを閉じた。
 手に持っていた紙とVRデバイスを机の上に置く。気分の入れ替わった僕はシャワーを浴びることにする。のそのそと動いて、着替えを取り出しシャワールームに向かった。
 
 無人の共同スペースを見て拓郎のことを思いだす。そう言えば、食堂でも見ていなかった気がする。具合でも悪かったのだろうか。僕は少し考えて、拓郎の自室のドアをノックした。もし具合が悪いのであれば薬をもらってきた方がいいし、看病が必要だ。
 
 「拓郎! いる?」
 
 僕がノックし、声を掛けるも返答はなし。自室にはいないのだろうか。中に入るのも考えたが、それはやめておいた。また後で声を掛ければいい。既に医務室に言ってるかもしれない。それに、AWをやっていて時間を忘れていただけかもしれない。僕はシャワールームに移動した。
 
 
 
-------
 
 
 
 シャワーを浴びた僕は脱いだ服を自室の洗濯用ボックスに入れた。大分溜まってきている。僕はこの後の行動を考える。普段であればAWをプレイしに行くのだが、今VRルームに行くと先輩方と鉢合わせするかもしれない。鉢合わせて何やら視線を向けられるのは嫌だ。時間をずらすべきだろうか。僕は洗濯用ボックスに溜まった洗濯物をボックスごと持ち上げた。洗濯してからVRルームに行けばいい。
 洗濯用ボックスを両手で抱えて自室を出ようとして、机の上のVRデバイスに気づく。洗濯用のボックスを一度下ろしてから、VRデバイスをポケットに入れ、再度持ち上げた。
 
 自室を出て共同スペースを通り、部屋を出た僕の行先は一階の洗濯室。ボックスを抱えたまま、僕はエレベーターに乗った。エレベーターは無人だったが、降りるときに数人が待っていた。僕はその人たちを避けるようにエレベーターを出て廊下を進んだ。少し歩くと洗濯室に着いた。
 
 洗濯室は大きな部屋になっていて、中に入るといくつかの椅子が置かれている。そこで座って洗濯を待てるということだ。正面には大きな洗濯機が置かれていて、洗濯機の左側に洗濯物を投入する場所が複数並んでいて、そこに入れた洗濯物が洗濯されると、右側にある受け取り口に移されるようになっている。受け取り口はロッカーのようになっていて、それぞれのロッカーの小さなディスプレイに洗濯物の持ち主の名前が映し出されるようになっている。
 
 洗濯物は全て一緒に現れるわけではなく、洗濯物を入れた場所ごとに別々に洗濯される。
 僕は洗濯ボックスを抱えたまま移動して、投入口に洗濯物を入れる。そして、投入口の横にあるVRデバイス認証器でVRデバイスを認証させる。こうすることで受け取りの時に自分以外のものを間違って受け取ることがなくなるようにできている。洗濯物を受け取るときも認証する必要がある。
 認証を終えた僕は、洗濯開始のボタンを押した。これで終了。後は勝手に機械が洗濯してくれる。便利なものだ。僕は置かれている椅子に座って待つことにした。ここにいる必要もないのだが、洗濯ボックスを持ったままどこかをうろつくのも面倒だ。僕は適当な椅子に座った。
 洗濯室は僕以外に誰もいないので僕は姿勢を崩してくつろぐ。
 
 洗濯機の規則正しい音を聞きながら暇を持て余した僕はVRデバイスをいじる。見るのは掲示板だ。掲示板の情報を僕は適当に浚って行く。特筆すべき情報はあまりない。面白そうなのであれば、今年の夏のイベント予想だろうか。今年のイベントがどんなものになるか、掲示板のみんなで予想している。
 
 一番多いのは経験値アップイベントだ。ゴールデンウィークのようなイベント専用のVR空間を作ってのイベントではなく、期間を決めて、ゲーム内での取得経験値を倍加させるというもの。プレイヤーそれぞれにバフ効果として付与するのか、アイテムとしてドロップさせるのかはわからない。
 この予想の根拠は。VRオリンピックの参加最低基準の一つがレベル百だと言われていること。実際にそんな決まりがあるわけではないので掲示板で言われているだけだ。だが、AWをする人でレベルを上げたくないなんて人はいない。レベルが上がりやすくなるのであればそれに越したことはないだろう。そういった意味ではどんなプレイヤーでも参加できるということになる。期間中に敵を倒すとアイテムをドロップするような設定にすればスポンサーも付きそうだ。
 
 次に多いのは防衛イベント。こっちはゴールデンウィークのようなイベント専用のVR空間を作ってのイベントになる。実際にAW内にある町と全く同じ状態の町を専用のVR空間に作って行われる。イベント終了後の町の損壊度がイベント終了後の町に反映されるという予想だ。世界中のプレイヤーが同じ目的のために一緒に行動するというのは、『平和』を連想させる。
  
 両方ともありそうなイベントだ。他にもいろいろと書かれていたが暇潰しにはなった。僕はVRデバイスの掲示板アプリを一度閉じ、通知を確認する。通知欄には洗濯終了の通知はなかった。洗濯が終わればVRデバイスに通知が来るようになっているのだ。まだ時間があることを確認した僕はもう一度掲示板アプリを開こうとして顔を上げる。洗濯室のドアが開いた音がしたからだ。
 僕は洗濯室のドアの方を見ると一人の生徒が入ってきた。男の先輩だ。洗濯室は女性用の物があるので女の人は別になっている。
 その先輩は僕のことに気づいた後、洗濯物を投入口に放り込んで、僕の方に歩いてきた。椅子はそこかしこにあるので僕を目指して歩いてきていると言っていいだろう。僕は先輩に会釈した。
 
 「お前は……堤か? 強化選手の」
 
 僕に近づいた先輩はそう言った。
 
 「はい」
 
 僕は肯定する。僕は先輩を見上げた。髪は黒のストレートで耳に少しかかる程度に切られている。一般的な長さだろう。背も百七十と少し程で、中肉中背の体をしている。
 
 「吉田《ヨシダ》 恭兵《キョウヘイ》。三年だ」
 「堤瑠太、一年です。」
 
 僕も自己紹介した。僕の自己紹介を聞いて吉田先輩は近くに空いていた椅子に座った。
 
 「ああ、知ってる」
 
 吉田先輩は軽く笑ってそう言った。そして続ける。
 
 「食堂で絡まれてたみたいだな。大丈夫か?」
 
 見てたんだろうか。
 
 「大丈夫です」
 「そうか。まあ、当分は同じようなことがあるかもしれないな」
 
 僕は顔を顰める。嫌な視線を浴びるのも嫌だし、絡まれるのも嫌だ。大事にならなければいいのだが。
 僕の不安そうな顔に気づいたのか吉田先輩は僕に言った。
 
 「もし、何かあったら相談に乗る。遠慮なく言え」
 
 予想していなかった言葉であったが、僕としては嬉しいものだった。僕は深々とお辞儀してお願いする。
 
 「ありがとうございます。その時はよろしくお願いします」
 「ああ、頭上げろ。そんなにかしこまらなくていい」
 
 吉田先輩は少し慌てながら僕に頭を上げるように言った。
 いい先輩みたいだ。その後も僕の洗濯が終わるまでいろいろなことを話した。ヴィーゼの町での耳寄りな情報や、狩りの時の注意なんかも教えてくれた。掲示板でも読んでいたが、ヴィーゼの町の周囲のモンスターを討伐した後、レベルが百になることでヴィーゼの町以外の依頼を冒険者ギルドから受けられるようになるらしい。
 他にもいくつかのアドバイスをもらったところで黒川が告げた。
 
 「若様、洗濯が終わったようです」
 
 突然の音声で吉田先輩は驚いたようだが、僕も驚いていた。
 
 「お前か?」
 
 吉田先輩の問いに答えるように僕は頭を縦に振って、ポケットからVRデバイスを出した。
 
 「AIです」
 「AI? ああ、それ生徒証じゃないのか」
 
 吉田先輩は何か納得したような顔をして言った。緒方さんから聞いていたのだろうか。僕は先輩に断って洗濯物を足元に置いてあった洗濯ボックスを持って回収しに行く。
 
 「洗濯が終わったみたいなんで取ってきます」
 「ああ」
 
 吉田先輩は椅子に座ったまま自分の生徒証を見ていた。
 僕は自分の名前が映されているロッカーの認証器にVRデバイスで認証して中の洗濯物を取り出す。綺麗になった洗濯物を軽く確認しながら空になっていた洗濯ボックスに放り投げていく。すべてを入れ終わった後、僕は吉田先輩のもとに行く。僕は、中学の時も合わせて、先輩と話すようなことはあまり経験したことがなかった。だから、吉田先輩を待っていた方がいいのかと思っての行動だ。だが、その行動に気づいた吉田先輩に待ったを掛けられる。
 
 「ん? ああ、もう終わったなら先に行っていいぞ。俺はもう少し掛かりそうだからな」
 
 そう言った吉田先輩を見て僕は少しだけ考える。結果、吉田先輩の言った通り先に行くことにした。
 
 「分かりました。先に行きます。今日は吉田先輩と話せてよかったです。」
 
 僕が自身の本心を告げてお礼を言った。僕は頭を軽く下げた。
 
 「気にするな」
 
 それだけ言って先輩は手に持っていた生徒証に目線を落とした。
 一見、僕に無関心なような仕草だが、その行動が今の僕にはありがたいものだった。逆に僕が洗濯室から出るまで視線を寄越されていた方が困っていただろう。僕は「失礼します」と最後に告げて洗濯室を出た。
 一階の廊下に出た僕は、洗濯ボックスを抱えて自室に戻るために歩き始めた。
 
 
 
 
 
 
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