【仮題】VRMMOが世界的競技になった世界 -僕のVR競技専門高校生生活-

星井扇子

文字の大きさ
70 / 101
新たな日常

【06-11】夕食会(合宿前日⑧)

しおりを挟む
 エレベーターを降りて食堂に入る。
 食堂の中は昼に来た時と全く同じだった。聞くところによると今日の夕食会は昼食と同じようにカウンターでもらった食事を食べるだけの会みたいだ。
 明日の夜に本格的なビュッフェ形式の豪華な夕食会を行うらしく、そこには何やらお偉いさんも来るらしい。僕はその事実に内心で戦々恐々としながら頭の片隅にそっとしまっておいた。

 テーブルにはすでに何人かのスタッフの人が座っていて、イットク先輩や智也たち生徒も固まって座っていた。僕もそっちの方に言った方がいいのかとも思ったが食堂に来る最中にカズさんが奥さんを紹介すると言っていたのを思い出し、二人に付いて行くことにした。
 カズさんの奥さんは奥の方にあるソファーに座って誰かと話していた。食堂の入り口からではわからなかったが、三鴨さんだったようだ。

 カズさんたちが近づいていくとそれに気づいた二人がカズさんを見た。

 「やっと来たか」

 カズさんの奥さんがカズさんに皮肉そうに言った。

 「ごめんね。思いのほか話が盛り上がっちゃって」

 カズさんは軽く笑いながら言う。

 「もうそんな時間か。では、私はここで」

 三鴨さんがカズさんの奥さんにそう言って席を立った。主観だが、三鴨さんがカズさんの奥さんに向けた言葉は、僕たちのものとは違い社会人の人がするようなものの気がした。
 三鴨さんが席を立った後、空いた席に三人で座った。
 
 まず、カズさんが僕を奥さんに紹介した。

 「さっき見てたかもしれないけど、彼が堤瑠太くん。VRルームで尻尾生やして戦ってた子だね」

 カズさんが奥さんの方を見た後、僕の方を手で示しながら言った。

 「それで、こっちが僕の奥さん」

 僕はそれに合わせて軽く頭を下げた。

 「初めまして。私は美樹。そこにいるのの妻をしている」

 「堤です。よろしくお願いします」

 僕たちは挨拶をする。その後は、カズさんと美樹さんがそれぞれ聞いたことや見たことを報告しあっていた。端で聞いていた限りでは、最初は僕たち生徒の行っていたVR空間での作業の感想から始まって、この合宿所の設備の話、これは過去三回と比べてどうだったかだとか、自分が手を加えるならばどうするかだとか、かなり高度な話にまで発展していた。最後の方は、口論になりかけて矢澤コーチに止められていた。その時の矢澤コーチの苦笑気味な顔が少し面白かったのは内緒だ。

 それからいろいろと話が飛びながらも会話を続けた。話の流れで、僕はカズさんの奥さんを『美樹さん』と呼ぶように言われ、僕はカズさんと同じように『瑠太君』と呼ばれるようになった。
 なぜか矢澤コーチをそれに便乗して僕のことを瑠太君と呼んでいる。別に問題はないので何も言わなかった。

 僕は基本的に話に加わらず、相槌を打つ。元々話すのが好きな性格でもないし、僕以外の三人が大人で僕よりも立場が上な人だから余計に話に加わりづらかった。それでも、いろいろと聞かれた事にはしっかりと答えたので大丈夫だと思う。途中、いろいろ聞かれたものの多くは高校―『国立VR競技専門高等学校』―のことだった。

 学校の設備はどうか。教師の質はどうか。問題のあるような生徒はいるのか。生徒の視点での意見がほしいとのことだったので、僕は素直に自分が感じていたことを話した。
 かなり詳しく聞かれたが、カズさんを美樹さんも聞き上手で、僕はすらすらと答えていた。

 他にも世間のことや世界のニュースを教えてもらった。
 この学校にいるとそういったことには疎くなる傾向があるらしい。それを聞いて、僕も納得する。
 クラスの中でもニュースを見る暇があればゲームという人が多い。クラスメイトが話している内容も、テレビのことではなくゲーム内のことが多い気がする。ゲームというのはもちろん『アナザーワールド』のことだ。世間の大きな事柄に関しては知っていても、小さな事やちょっとした噂についてはあまり耳にしなくなったと話している最中に気が付いた。

 美樹さんは大手の服飾系の企業の社長をしているせいか面白い噂も教えてくれるので話を聞くのがとても楽しかった。話し上手だ。美樹さんの会社は『セカンドワールド』への進出も積極的に行っている会社で、自身の会社でデザインした服も多く販売している。他にも自社や他社が販売している服を組み合わせたコーディネートをしてくれるというサービスを『セカンドワールド』内でしたところ大好評となり、話題が話題を呼び、今では『セカンドワールド』内でも最大手のサービスの内の一つとなっている。その利用者は日本人だけでなく多くの外国人がいて、それに付随するように多くの海外の服飾系の企業と提携するようになっているらしい。その結果、どこかの民族の伝統衣装を取り入れた奇抜なファッションが流行し始めるという一種の社会現象を起こすまでになったそうだ。今では、服に迷ったらそのサービスを利用するという人がファッション好きな若者の大半になっているみたいだ。

 僕が大人三人に囲まれ有意義な時間を過ごしていると騒がしかった食堂内が静かになっていくのに気づいた。夕食会を始めるようだ。
 僕たちは各々の夕食を取りに席を立った。カウンターに昼食の時にあった奥田さん以外にも何人かの料理人さんがてんてこ舞いしていた。

 僕はカズさんたちと一緒にいたからか、それとも、強化選手だからかはわからないが優先的に夕食をもらえた。僕たちは四人でソファーのある方のテーブルに着いた。

 数分で食堂内にいる人全員に夕食が行き渡ったようだ。
 三鴨さんが食堂内の目立つ場所に立った。

 「まずは皆さん、ご苦労様! 現段階でも、今年も予定通り合宿を始められそうです。今年は四回目の全日本選抜プレイヤー合宿です。去年は――」

 話は続き、最後に三鴨さんが「いただきましょう」と言い、それに食堂内の人全員が「いただきます」続いていく。

 僕も「いただきます」と言ってからご飯を食べ始める。今日の夕食はカレー。入学初日と同じだ。

 矢澤コーチと美樹さんも同じものを食べている。
 僕は対面に座るカズさんのトレーを見る。

 そこには大盛りのカレーとなぜかケーキが置かれていた。それもホールだ。個人用のホールケーキが置かれている。イチゴのショートだ。ケーキには生クリームが周りに着かないようにするフィルムがついているので奥田さんたちが作ったものってわけではないのかもしれない。今日はカズさんの誕生日なんだろうか。それにしては、誰も何も言わないが。

 僕がそれを見ているのに矢澤コーチが気づいたらしく、理由を僕に教えてくれた。

 「ああ、カズさんのケーキに特に意味はないよ。カズさんはそれが普通なんだよ」
 「これが普通、ですか?」

 僕が矢澤コーチに聞き返すとカズさんが答えた。

 「僕はこれぐらい食べないと持たないんだよ」

 ケーキを食べないと持たない体っていうものに心当たりが全くないんだが、僕はとりあえず納得しておくことにした。

 「ふふっ」

 僕がなんとか納得した顔をしていると美樹さんが僕を見て笑っていた。
 僕がそれを見てさらになんとも言えない顔をすると、さらに笑いだした。
 よくわからない僕は救いを求めてカズさんを見るが、カズさんは子供のような笑顔でケーキを食べていた。その後に、カレーを食べるという所業に僕はまたなんとも言えない顔になる。そして、美樹さんが笑う。

 二度目のやり取りを見てようやく矢澤コーチが救いの手を差し伸べてくれた。

 「気にしなくていいよ。美樹さんのこれはいつものことだから。カズさんの食事を初めて見る人は大抵瑠太君と同じような顔をするからね。美樹さんはそれが面白いみたいなんだ」

 僕はとりあえず頷いておいた。結局、よくわからないままだが、僕は食事を再開した。

 カレーとケーキを交互に食べるカズさん。それを見てなんとも言えない顔になる僕。それを見て笑いを堪えながら食事を続ける美樹さん。同じテーブルで食べているにもかかわらずそれら全てを無視して黙々と食べ続ける矢澤コーチ。
 若干混沌《カオス》な食事が続く。

 なんとも言えない状況に僕の食事は続き食べ終わる頃には、僕たち以外の人たちも食べ終わった後なのか食堂は俄かに騒がしくなっていた。
 矢澤コーチ曰く、今日の夕食会はこれで終わりみたいだ。どこぞのパーティーみたいになるのは明日だと言う。カズさんだけでなく美樹さんもここにいる理由は、美樹さんが明日の夕食パーティーのコンサルタントをするためらしい。さっきは服飾関係の会社と言っていたし、僕が聞いていたのも服飾関係だけだったけど、本当はパーティーや結婚式のコンサルや広告のデザインなどと方々に手を広げているらしい。

 食堂にいる全員が食事を終えたと思われる頃合いになると、再び三鴨さんが前に立って今日の労いを再度した後、明日から頑張ろう、と言ってから明日の連絡をして、解散を宣言した。それに応じて手伝いに来ていたイットク先輩や智也たち生徒は合宿所を出ていった。僕も三人と別れる頃合いを見計らう。

 矢澤コーチや日本チームのスタッフの人はこの合宿等の上階にある専用の部屋に泊まるらしく、カズさんも自身に割り振られている選手用の部屋に泊まるらしい。美樹さんも当然、同室に泊まるらしい。
 カズさんや他数名のチームとしてだけでなくプレイヤーとして主力となる人は申請すれば大き目の部屋に泊まることができるだとかなんだとか矢澤コーチが言っていたのを思い出して納得した。僕が使うことはないだろうと思っていたのっですっかり忘れていた。

 僕は三人と少し話して別れを告げた。

 「今日はありがとうございました。明日からもよろしくお願いします」
 「お疲れ様」
 「明日からよろしくね」

 僕はすでに生徒のいなくなった合宿施設を一人で出る。外にも人いなく周辺には僕一人。
 僕は夜の風と匂いを嗅ぎながら寮にある自身の部屋へと足を動かした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男女比1対5000世界で俺はどうすれバインダー…

アルファカッター
ファンタジー
ひょんな事から男女比1対5000の世界に移動した学生の忠野タケル。 そこで生活していく内に色々なトラブルや問題に巻き込まれながら生活していくものがたりである!

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います

ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。 懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました

グミ食べたい
ファンタジー
 現実に疲れ果てた俺がたどり着いたのは、圧倒的な自由度を誇るVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。  選んだ職業は、幼い頃から密かに憧れていた“料理人”。しかし戦闘とは無縁のその職業は、目立つこともなく、ゲーム内でも完全に負け組。素材を集めては料理を作るだけの、地味で退屈な日々が続いていた。  だが、ある日突然――運命は動き出す。  フレンドに誘われて参加したレベル上げの最中、突如として現れたネームドモンスター「猛き猪」。本来なら三パーティ十八人で挑むべき強敵に対し、俺たちはたった六人。しかも、頼みの綱であるアタッカーたちはログアウトし、残されたのは熊型獣人のタンク・クマサン、ヒーラーのミコトさん、そして非戦闘職の俺だけ。  「逃げろ」と言われても、仲間を見捨てるわけにはいかない。  死を覚悟し、包丁を構えたその瞬間――料理スキルがまさかの効果を発揮し、常識外のダメージがモンスターに突き刺さる。  この予想外の一撃が、俺の運命を一変させた。  孤独だった俺がギルドを立ち上げ、仲間と出会い、ひょんなことからクマサンの意外すぎる正体を知り、ついにはVチューバーとしての活動まで始めることに。  リアルでは無職、ゲームでは負け組職業。  そんな俺が、仲間と共にゲームと現実の垣根を越えて奇跡を起こしていく物語が、いま始まる。

処理中です...