【仮題】VRMMOが世界的競技になった世界 -僕のVR競技専門高校生生活-

星井扇子

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選手として

【07-01】一日目の朝

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 朝、いつも通り黒川《VRデバイス》に起こされると、机の上で充電されている黒川《VRデバイス》からメールが来ていると言われた。

 「メール? 誰から?」
 「矢澤様からでございます」
 「矢澤コーチから? なんだろう。内容は?」
 「本日、朝、十時には合宿所まで来るように、だそうです。それと、ご飯は一緒に食べようと書かれていました」
 「わかった。ありがと」

 正午か。たしか三鴨さんが言っていた今日の集合時間が十六時だったはずだ。

 「黒川。イットク先輩に『矢澤コーチに呼ばれたので先に合宿所に行ってます』ってメールしといて」
 「畏まりました」
 「あ、あと、矢澤コーチにも『わかりました』って返事しといて」
 「畏まりました」

 とりあえずはこれでいいかな。僕は部屋の壁に掛けられた時計で時間を確認する。七時三十分。いつも通りかな。僕はベッドから降りて、黒川《VRデバイス》を充電器から外してポケットに入れた。

 共同スペースに行くと、拓郎が座ってテレビを見ていた。

 「おはよう」
 「おはよう。テレビでやってるぞ」

 テーブルに着いてテレビを見ていた拓郎はテレビから目を離さずに手を挙げて僕に返した。
 僕はテレビの方に注目する。どうやら今日から始まる全日本選抜プレイヤー合宿について話しているみたいだ。現場にいるというアナウンサーにスタジオにいるパーソナリティが質問している。アナウンサーの後ろには生徒と思わしき人垣も見える。

 「なんか大変なことになってるね……」
 「毎年こんな感じだろ」

 毎年こんな感じなのか。全日本選抜プレイヤー合宿が始まる前の中継なんて始めて見た僕は軽く打ちのめされる。

 『「あ! ただいま選手のどなたかが到着したようです! 行ってみましょう!」』

 テレビの中では人垣を割って現れた車に走って近づくアナウンサーが映っている。アナウンサーとカメラマンが車のドアの前に到着すると丁度ドアが開いた。
 中からは筋肉質とは少し違った大柄な男性とスレンダーな女性が出てきた。男性の方がドアを降りる女性に手を差し伸べた。女性はそれを見てニッコリと笑うとその手を叩く。初見であったならばびっくりするだろう光景だが、それをじかに見ていたアナウンサーにもテレビ越しで見ていた拓郎にもその様子はない。もちろん僕にも。

 男性の名前は、置田《オキタ》猛《タケル》。ゲーム内ではタンクとして活躍する選手だ。

 タンクとは盾や鎧などの防御力の高い装備を着けて敵の攻撃を一手に引き受ける役割《ロール》だ。ゲームによってタンクの難易度というのは変わるのだが、アナザーワールドは現実に近づけるための工夫によってタンクという役割の難易度がかなり上がっている、らしい。掲示板の情報だ。アナザーワールドはその自由度の高さによって多種多様なキャラクターが生まれている。その結果、それに比例するように戦闘スタイルも多種多様になったのが大きな要因の一つだと掲示板には書かれていた。

 女性の名前は、新谷《シンタニ》……なんとかだったと思う。こっちは覚えてない。どんなプレイをするのかもわからない。

 『「おはようございます! 今日の調子はどうですか? 今日から始まる合宿についてなにか一言いただ――」』

 アナウンサーが質問ている。それを見ていた拓郎は小さく息を吐いた。

 「はぁ、いいなー。俺も合宿行きたかった」

 僕はなんと言えばいいのかわからなかったので、テーブルの上に会ったリモコンを手に取って話題を変えた。

 「拓郎は朝食食べた?」
 「まだ」

 僕はさりげなくテレビのチャンネルを一番《NNH》にした。そして、少しの間をおいてテレビの電源を落とした。

 「じゃあ、食べに行こうか」
 「そうだな」

 僕たちは二人で部屋を出て朝食を食べに向かった。



-------



 食事中は拓郎が昨日のことを聞いてくるので僕はできるだけありのままを教えた。

 「へぇー。その仮想敵って奴は面白そうだな」
 「実際に見ると、怖いよ。無数の木人とか、僕はもういいかなー」

 昨日どんなことを手伝ったのか。スタッフとどんな話をしたのか。どんな人《スタッフ》がいたのか。拓郎は一見必要もなさそうなことを聞いてくるが、拓郎が来年の合宿に参加するのであれば知っておきたい情報だ。朝食を食べながらも真剣に聞いてくる拓郎に僕は返していった。

 朝食を食べ終わると、僕たちは部屋に戻ってきた。今日の食堂はとても空いていた。本格的にみんな動き出したのだろう。夏休み期間は、朝早くから朝食を抜いてゲームをするなんてことをする輩が出てくるのを防ぐために作り置きの朝食が食堂に置かれていると昨日佐伯先輩に教えてもらった。
 給仕の人たちは通常通り時間帯には仕事を始めているので、七時以降であればいつも通りの暖かい朝食が食べられる。今の僕には必要がなさそうだ、と昨日思ったのだが、僕は例外だったみたいだ。
 食堂にいる人たちにもテーブルに突っ伏して寝てしまっている人や幽鬼のような状態で食堂に入ってくる先輩もいた。みんな廃人みたいだ。

 「今日は何時ぐらいから始まるんだ? 合宿」

 部屋に戻ると拓郎が聞いてきた。

 「十六時に集合って言われてたけど、朝、メールが入ってて十時にはいかないといけないんだ」
 「十時か。結構ゆっくりなんだな」
 「僕も初日からびっちり訓練があるのかと思ってたけどそうでもないみたいだよ。選手にあった訓練をコーチの人たちが選んでくれるって昨日言ってた」
 「自分にあった訓練か……瑠太は何やるか聞いてるのか?」

 拓郎が今日からの僕の練習メニューを聞いてきた。それを聞いて、僕は思い出す。

 「う、うん。一応ね」

 僕は軽く憂鬱になりながら答えた。今日からカズさんとの模擬戦。憂鬱というか怖い。

 「な、なんだよ。いきなり。もしかしてめっちゃ大変なメニューなのか?」
 「うん。本当の事かはわからないんだけどね。昨日コーチに剛田選手との模擬戦を只管してもらうって言われたんだ」
 「剛田選手! いいじゃないか! 世界でも屈指のプレイヤーと模擬戦なんて羨ましいぞ! 瑠太!」

 拓郎が軽く興奮しながら僕の肩を揺すぶってくる。僕の首は前後に大きく揺れる。

 「ま、まあ、光栄ではあるんだけどね。僕の実力を考えたら……って、ちょっと。揺すりすぎ!」

 グワングワンと揺れていた僕はなんとか拓郎の手から逃れる。拓郎はいまだ興奮しているが、僕の言葉を聞いて思案顔になる。

 「んー。たしかにな。瑠太の気持ちも分からなくもない。俺も実際に瑠太の立場だった同じような心境になると思う」
 「でしょ? 僕にとっては間違いなくいい経験になるんだろうけど、剛田選手からするとどうなんだろう、とか考えちゃうと余計にね」

 僕が昨日から思っていたことを言った。今日から始まる合宿で僕はほとんどお前と同じだ。そんな僕が圧倒的に利益を得る訓練なんて相手に失礼な気がとてもするのだ。ましてや、相手はカズさん《剛田選手》。日本チームの切り札的な存在だ。そんな人の訓練相手として、僕は力不十分なんじゃないか。僕は昨日から何度かこのことを考えているが答えは見つかっていない。

 「でも、訓練の内容については確定してるんだろ? なら、なるようにしかならないんじゃないか? なんかいみがあるんだろう。毎回本気を出す。それしかないと思うぞ」

 拓郎が真剣な声で僕に伝えてきた。僕は無言で頷いた。その通りだ。毎回本気を出していけばいい。それでも、力が足りなければ矢澤コーチがなんとかしてくれるはずだ。主に、訓練内容の変更等で。
 僕は拓郎の言葉で気持ちを立て直し、今日から始まる合宿をポジティブに考えるようにした。

 その後、しばらく拓郎と話していたが、九時前には拓郎がアナザーワールドをプレイするといってVRルームに行ったので僕は少しの間VRデバイスで時間を潰してから余裕を持って合宿所に向かった。


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