72 / 101
選手として
【07-02】
しおりを挟む「おはよう。瑠太君」
僕が合宿所のエントランスに入ると、すぐに矢澤コーチに声を掛けられた。時間はまだだったはずだが待っていてくれたのだろうか。
「おはようございます。遅かったですか?」
「いや、そんなことはないよ。まだ時間じゃないしね。ここにいたのは別件だよ」
矢澤コーチはそう言ってエントランスの端の方を見た。昨日にはなかった大き目のカメラや長い棒の付いた大きなマイクが置かれていた。その周りには何やら人が集まって準備している。
「あれは?」
「テレビ局の人だよ。個別のインタビューとか撮ることはいくらでもあるからね」
テレビ局の人たちは何やら相談しながら手元にある紙にペンで何か書いている。大変そうだ。
他にもエントランスには昨日見た人以外に多くの人が集まっていた。仕立てのよさそうなスーツを着ている人もいるのでスポンサーの人たちなのかな。昨日とは変わって喧騒が聞こえるエントランスだ。
「大変そうですね」
僕が率直な感想を言うと、矢澤コーチは笑みを浮かべて僕に言った。
「君も大変だと思うよ」
そう言った矢澤コーチの声はどこか弾んでいた。僕は矢澤コーチの言った言葉の意味が分からず聞き返す。
「僕もですか?」
「うん。だって君は緒方君に次ぐ『国立VR競技専門高等学校』出身の選手になるかもしれないんだよ? そんな選手をマスコミがほっとくかね?」
「あ……」
言われて気づく。確かに僕の肩書はマスコミの餌には十分すぎるかもしれない。僕は拓郎との会話で払拭した憂鬱感を再び感じる。
「ははっ。そんな顔しなくても」
悲壮感を漂わせた僕を見た矢澤コーチが笑声を出した。僕はその姿を見て軽くさらに気分が落ち込む。
「ああ、ごめんって。大丈夫だよ。そんなに取材が嫌なら取材拒否すればいいだけなんだから」
「取材拒否? そんな事出来るんですか?」
「一応できる事にはなってるよ。といっても、ものによってはできないんだけどね」
「うーん。でも、僕の立場的にはそれもできなそうな気がします」
「立場ねー。まあ、君は国立VR競技専門高等学校の生徒だからねー」
僕と矢澤コーチは数秒無言で考えるが、いい案は思い浮かばなかった。
「なるようにしかならないですかね」
「そうなるかな」
僕は苦笑する。それに合わせるように矢澤コーチも微妙な笑みを浮かべた。
「そろそろ時間かな」
矢澤コーチが腕に着いた時計を見た。僕もポケットからVRデバイスを出して時間を確認する。時間は十時二分前。
僕が時刻の確認をしているとエントランスが俄かに騒がしくなった。
「あ、来たかな」
僕はエントランスにいる人たちを見る。そして、そのほとんどが一つの方向を見ていることに気づく。彼ら彼女らが見る方向にはエレベーターがあり、そのエレベーターの前にはカズさんと美樹さんがいた。
「凄いですね。やっぱり人気ナンバーワンですね」
「そうだね。彼は特にだからね。ここにいる企業の人もほとんどが彼と友好を持とうと考えてると思うよ」
カズさんはエントランスを見渡し、僕たちの方を見ると顔をほころばせて僕たちの方に歩いてくる。その隣には美樹さんが付いていた。
「こっち来ますね」
僕が彼らの動きを矢澤コーチに報告する。
「そうだね」
矢澤コーチはなんでもないかのように僕に相槌を打つ。その瞬間、僕の頭に嫌な予感がよぎる。
「もしかして、カズさんを待ってたんですか?」
「そうだよ?」
「え、それって……」
あっけらかんと言う矢澤コーチを見て確信する。このままだとやばい。カズさんに引かれて僕たちの方にも注目が移る。別に目立ちたくないというわけではないがなんか怖い。
僕はアナザーワールドをプレイすることで身に着いた忍び足と気配遮断を意識する。現実世界でスキルが発動するなんてことはありえないが多少はそれっぽいことができる、はずだ。息を殺し、音を極力出さず、最小の動きをこなす。
僕は密かに後ろに後ずさる。足音はならない。僕の忍び足はなぜかそのまま現実でも有効なのだ。
しかし、僕の企みはいとも簡単に潰えることになる。
僕の視線の先にいるカズさんが後ずさる僕を見て軽く驚いた顔をした。そして、何か思いついたような顔になり隣を歩いている美樹さんに耳打ちをする。すると今度は美樹さんがカズさんに耳打ちし、二人で悪そうな笑みを浮かべた。
僕の方を見る二人。僕の頭にまたも嫌な予感がよぎる。僕は一刻も早く脱出しようと試みるが失敗したようだ。僕の行動を見ていたカズさんが僕たちに向かって声を掛けたのだ。それも大声で。
「おーい。矢澤さん、瑠太くーん」
大きく手を振ったカズさんの視線の先をエントランスにいる人たちが追う。その先にいるのは、日本チームのコーチをしている矢澤コーチと国立VR競技専門高等学校の制服を着ている僕だ。僕たちに気づいた人たち、とくにマスコミの人は何やら相談し始めた。僕の耳にも断片的にその人たちの会話が聞こえてくる。「あの制服を着ているのは誰か」と。
一応、僕のことはまだ世間に公表されてないはずだ。だからこそ僕のことを知っているマスコミはいないのだ。
その光景を見て、僕は逃走作戦が未遂で終わったことを悟った。失敗ではない。作戦を始めようした時点で僕の行動は封じられたのだ。僕は矢澤コーチの背に隠れるように移動した。せめて、目立たないように……
「あれ? どうしたんだい? 瑠太君?」
あからさまに悪い笑みを浮かべた美樹さんが僕にあたかも今気づいたかのような顔で聞いてきた。僕を逃す気はないらしい。僕は開き直って何でもないような顔をする。
「ど、どうもしてませんよ?」
少し震えた僕の声にカズさんが苦笑し僕に謝ってくる。
「ごめんね。少し悪ふざけが過ぎたかな。美樹の提案だったんだけどね」
僕に謝りつつも罪を自身の妻である美樹さんに押し付けようとしたカズさん。カズさんの言葉を聞いて驚いた顔をした美樹さんが慌てたようにカズさんに食ってかかる。
「な! もとはといえば和道の方から、瑠太君が変な行動をしていると私に報告してきたんじゃないか!」
「僕は報告しただけだよ」
「その後、笑っていただろ!」
二人は笑いながら言い合いを続ける。その様子からは、カズさんの第一印象である穏やかな感じも、美樹さんのクールな感じも見受けられない。そんな二人の様子を見て僕はなぜか心が温かくなった。それと同時に尊敬の念も生まれる。二人からすれば今エントランスにいる人の視線程度では何の影響も与えないということなんだろう。
僕が少し外れたことを考えていると矢澤コーチが二人の言い合いを止めた。
「お二人とも仲がいいのは分かったので。とりあえずは場所を移しましょう」
「ん? ああ、そうだね。少し騒ぎすぎたかな」
「そうね。ごめんね。瑠太君」
二人の言い合いは矢澤コーチの一言で完全に終わり、美樹さんが僕に謝ってきた。僕も別に起こっていたわけではなかったので「大丈夫です」と返しておいた。
「上の訓練室を使う予定なのでそっちに移動しましょう」
矢澤コーチがそう言って僕たちを先導するように歩き出した。その矢澤コーチの動きを見て、周りで僕たちの動向を見守っていたマスコミ関係者が一気に押し寄せてきた。
「矢澤コーチ! その子は誰ですか?」
「剛田夫妻と仲が良いようですが?」
「待ち合わせをしていたようですがこの後何をするんですか?」
「今日から合宿ですがどのような内容になるんですか?」
押し寄せてくるマスコミの人たちは矢澤コーチに矢継ぎ早に質問をしていく。それを矢澤コーチは無言で仕草のみで拒否の意を示していく。
マスコミの人たちも僕たちに突進してくるようなことはなく矢澤コーチの歩く先は譲ってくれる。今、情報を手に入れることができればいいに越したことはないが、無理に聞こうとして後の取材で悪影響が出ないようにした方がいいという考えなんだろうか。テレビで見たことがある政治家へのマスコミの追及のような惜しくらまんじゅう状態にはなっていない。
矢澤コーチが答えないと判断すると次のターゲットとして剛田夫妻に、ではなく、僕の方にいろいろと質問してくる。僕としては矢澤コーチが何も言わなかったので無言を微妙な笑顔を作るだけだった。頬が少し引きつっているような感じもするし、それを見て美樹さんが笑っていたようなのが見えた気もしたのだが僕は無言を突き通した。
エレベーターまでたどり着いた僕たちはエレベーターで四階に着いた。四階からは吹き抜けになっていないようで廊下と部屋につながる扉が並んでいた。
「こっちです」
そう言って、矢澤コーチが一つのドアを開いて中に入った。それに続くように剛田夫妻が入って最後に僕が中に入った。
0
あなたにおすすめの小説
親がうるさいのでVRMMOでソロ成長します
miigumi
ファンタジー
VRが当たり前になった時代。大学生の瑞希は、親の干渉に息苦しさを感じながらも、特にやりたいことも見つからずにいた。
そんなある日、友人に誘われた話題のVRMMO《ルーンスフィア・オンライン》で目にしたのは――「あなたが求める自由を」という言葉。
軽い気持ちでログインしたはずが、気づけば彼女は“ソロ”で世界を駆けることになる。
誰にも縛られない場所で、瑞希は自分の力で強くなることを選んだ。これは、自由を求める彼女のソロ成長物語。
毎日22時投稿します。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います
ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。
懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
《カクヨム様で15000PV達成‼️》悪魔とやり直す最弱シーカー。十五歳に戻った俺は悪魔の力で人間の頂点を狙う
なべぞう
ファンタジー
ダンジョンが生まれて百年。
スキルを持つ人々がダンジョンに挑む世界で、
ソラは非戦闘系スキル《アイテムボックス》しか持たない三流シーカーだった。
弱さゆえに仲間から切り捨てられ、三十五歳となった今では、
満身創痍で生きるだけで精一杯の日々を送っていた。
そんなソラをただ一匹だけ慕ってくれたのは――
拾ってきた野良の黒猫“クロ”。
だが命の灯が消えかけた夜、
その黒猫は正体を現す。
クロは世界に十人しか存在しない“祝福”を与える存在――
しかも九つの祝福を生んだ天使と悪魔を封印した“第十の祝福者”だった。
力を失われ、語ることすら封じられたクロは、
復讐を果たすための契約者を探していた。
クロは瀕死のソラと契約し、
彼の魂を二十年前――十五歳の過去へと送り返す。
唯一のスキル《アイテムボックス》。
そして契約により初めて“成長”する力を与えられたソラは、
弱き自分を変えるため、再びダンジョンと向き合う。
だがその裏で、
クロは封印した九人の祝福者たちを狩り尽くすための、
復讐の道を静かに歩み始めていた。
これは――
“最弱”と“最凶”が手を取り合い、
未来をやり直す物語
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】
山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。
失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。
そんな彼が交通事故にあった。
ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。
「どうしたものかな」
入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。
今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。
たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。
そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。
『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』
である。
50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。
ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。
俺もそちら側の人間だった。
年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。
「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」
これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。
注意事項
50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。
あらかじめご了承の上読み進めてください。
注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。
注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる