【仮題】VRMMOが世界的競技になった世界 -僕のVR競技専門高校生生活-

星井扇子

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選手として

【07-02】

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 「おはよう。瑠太君」

 僕が合宿所のエントランスに入ると、すぐに矢澤コーチに声を掛けられた。時間はまだだったはずだが待っていてくれたのだろうか。

 「おはようございます。遅かったですか?」
 「いや、そんなことはないよ。まだ時間じゃないしね。ここにいたのは別件だよ」

 矢澤コーチはそう言ってエントランスの端の方を見た。昨日にはなかった大き目のカメラや長い棒の付いた大きなマイクが置かれていた。その周りには何やら人が集まって準備している。

 「あれは?」
 「テレビ局の人だよ。個別のインタビューとか撮ることはいくらでもあるからね」

 テレビ局の人たちは何やら相談しながら手元にある紙にペンで何か書いている。大変そうだ。
 他にもエントランスには昨日見た人以外に多くの人が集まっていた。仕立てのよさそうなスーツを着ている人もいるのでスポンサーの人たちなのかな。昨日とは変わって喧騒が聞こえるエントランスだ。

 「大変そうですね」

 僕が率直な感想を言うと、矢澤コーチは笑みを浮かべて僕に言った。

 「君も大変だと思うよ」

 そう言った矢澤コーチの声はどこか弾んでいた。僕は矢澤コーチの言った言葉の意味が分からず聞き返す。

 「僕もですか?」
 「うん。だって君は緒方君に次ぐ『国立VR競技専門高等学校』出身の選手になるかもしれないんだよ? そんな選手をマスコミがほっとくかね?」
 「あ……」

 言われて気づく。確かに僕の肩書はマスコミの餌には十分すぎるかもしれない。僕は拓郎との会話で払拭した憂鬱感を再び感じる。

 「ははっ。そんな顔しなくても」

 悲壮感を漂わせた僕を見た矢澤コーチが笑声を出した。僕はその姿を見て軽くさらに気分が落ち込む。

 「ああ、ごめんって。大丈夫だよ。そんなに取材が嫌なら取材拒否すればいいだけなんだから」
 「取材拒否? そんな事出来るんですか?」
 「一応できる事にはなってるよ。といっても、ものによってはできないんだけどね」
 「うーん。でも、僕の立場的にはそれもできなそうな気がします」
 「立場ねー。まあ、君は国立VR競技専門高等学校の生徒だからねー」

 僕と矢澤コーチは数秒無言で考えるが、いい案は思い浮かばなかった。

 「なるようにしかならないですかね」
 「そうなるかな」

 僕は苦笑する。それに合わせるように矢澤コーチも微妙な笑みを浮かべた。

 「そろそろ時間かな」

 矢澤コーチが腕に着いた時計を見た。僕もポケットからVRデバイスを出して時間を確認する。時間は十時二分前。
 僕が時刻の確認をしているとエントランスが俄かに騒がしくなった。

 「あ、来たかな」

 僕はエントランスにいる人たちを見る。そして、そのほとんどが一つの方向を見ていることに気づく。彼ら彼女らが見る方向にはエレベーターがあり、そのエレベーターの前にはカズさんと美樹さんがいた。

 「凄いですね。やっぱり人気ナンバーワンですね」
 「そうだね。彼は特にだからね。ここにいる企業の人もほとんどが彼と友好を持とうと考えてると思うよ」

 カズさんはエントランスを見渡し、僕たちの方を見ると顔をほころばせて僕たちの方に歩いてくる。その隣には美樹さんが付いていた。

 「こっち来ますね」

 僕が彼らの動きを矢澤コーチに報告する。

 「そうだね」

 矢澤コーチはなんでもないかのように僕に相槌を打つ。その瞬間、僕の頭に嫌な予感がよぎる。

 「もしかして、カズさんを待ってたんですか?」
 「そうだよ?」
 「え、それって……」

 あっけらかんと言う矢澤コーチを見て確信する。このままだとやばい。カズさんに引かれて僕たちの方にも注目が移る。別に目立ちたくないというわけではないがなんか怖い。
 僕はアナザーワールドをプレイすることで身に着いた忍び足と気配遮断を意識する。現実世界でスキルが発動するなんてことはありえないが多少はそれっぽいことができる、はずだ。息を殺し、音を極力出さず、最小の動きをこなす。
 僕は密かに後ろに後ずさる。足音はならない。僕の忍び足はなぜかそのまま現実でも有効なのだ。
 しかし、僕の企みはいとも簡単に潰えることになる。
 僕の視線の先にいるカズさんが後ずさる僕を見て軽く驚いた顔をした。そして、何か思いついたような顔になり隣を歩いている美樹さんに耳打ちをする。すると今度は美樹さんがカズさんに耳打ちし、二人で悪そうな笑みを浮かべた。
 僕の方を見る二人。僕の頭にまたも嫌な予感がよぎる。僕は一刻も早く脱出しようと試みるが失敗したようだ。僕の行動を見ていたカズさんが僕たちに向かって声を掛けたのだ。それも大声で。

 「おーい。矢澤さん、瑠太くーん」

 大きく手を振ったカズさんの視線の先をエントランスにいる人たちが追う。その先にいるのは、日本チームのコーチをしている矢澤コーチと国立VR競技専門高等学校の制服を着ている僕だ。僕たちに気づいた人たち、とくにマスコミの人は何やら相談し始めた。僕の耳にも断片的にその人たちの会話が聞こえてくる。「あの制服を着ているのは誰か」と。
 一応、僕のことはまだ世間に公表されてないはずだ。だからこそ僕のことを知っているマスコミはいないのだ。
 その光景を見て、僕は逃走作戦が未遂で終わったことを悟った。失敗ではない。作戦を始めようした時点で僕の行動は封じられたのだ。僕は矢澤コーチの背に隠れるように移動した。せめて、目立たないように……

 「あれ? どうしたんだい? 瑠太君?」

 あからさまに悪い笑みを浮かべた美樹さんが僕にあたかも今気づいたかのような顔で聞いてきた。僕を逃す気はないらしい。僕は開き直って何でもないような顔をする。

 「ど、どうもしてませんよ?」

 少し震えた僕の声にカズさんが苦笑し僕に謝ってくる。

 「ごめんね。少し悪ふざけが過ぎたかな。美樹の提案だったんだけどね」

 僕に謝りつつも罪を自身の妻である美樹さんに押し付けようとしたカズさん。カズさんの言葉を聞いて驚いた顔をした美樹さんが慌てたようにカズさんに食ってかかる。

 「な! もとはといえば和道の方から、瑠太君が変な行動をしていると私に報告してきたんじゃないか!」
 「僕は報告しただけだよ」
 「その後、笑っていただろ!」

 二人は笑いながら言い合いを続ける。その様子からは、カズさんの第一印象である穏やかな感じも、美樹さんのクールな感じも見受けられない。そんな二人の様子を見て僕はなぜか心が温かくなった。それと同時に尊敬の念も生まれる。二人からすれば今エントランスにいる人の視線程度では何の影響も与えないということなんだろう。
 僕が少し外れたことを考えていると矢澤コーチが二人の言い合いを止めた。

 「お二人とも仲がいいのは分かったので。とりあえずは場所を移しましょう」
 「ん? ああ、そうだね。少し騒ぎすぎたかな」
 「そうね。ごめんね。瑠太君」

 二人の言い合いは矢澤コーチの一言で完全に終わり、美樹さんが僕に謝ってきた。僕も別に起こっていたわけではなかったので「大丈夫です」と返しておいた。

 「上の訓練室を使う予定なのでそっちに移動しましょう」

 矢澤コーチがそう言って僕たちを先導するように歩き出した。その矢澤コーチの動きを見て、周りで僕たちの動向を見守っていたマスコミ関係者が一気に押し寄せてきた。

 「矢澤コーチ! その子は誰ですか?」
 「剛田夫妻と仲が良いようですが?」
 「待ち合わせをしていたようですがこの後何をするんですか?」
 「今日から合宿ですがどのような内容になるんですか?」

 押し寄せてくるマスコミの人たちは矢澤コーチに矢継ぎ早に質問をしていく。それを矢澤コーチは無言で仕草のみで拒否の意を示していく。
 マスコミの人たちも僕たちに突進してくるようなことはなく矢澤コーチの歩く先は譲ってくれる。今、情報を手に入れることができればいいに越したことはないが、無理に聞こうとして後の取材で悪影響が出ないようにした方がいいという考えなんだろうか。テレビで見たことがある政治家へのマスコミの追及のような惜しくらまんじゅう状態にはなっていない。
 矢澤コーチが答えないと判断すると次のターゲットとして剛田夫妻に、ではなく、僕の方にいろいろと質問してくる。僕としては矢澤コーチが何も言わなかったので無言を微妙な笑顔を作るだけだった。頬が少し引きつっているような感じもするし、それを見て美樹さんが笑っていたようなのが見えた気もしたのだが僕は無言を突き通した。

 エレベーターまでたどり着いた僕たちはエレベーターで四階に着いた。四階からは吹き抜けになっていないようで廊下と部屋につながる扉が並んでいた。

 「こっちです」

 そう言って、矢澤コーチが一つのドアを開いて中に入った。それに続くように剛田夫妻が入って最後に僕が中に入った。

 
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