【仮題】VRMMOが世界的競技になった世界 -僕のVR競技専門高校生生活-

星井扇子

文字の大きさ
76 / 101
選手として

【07-06】夕食会前

しおりを挟む
 模擬戦後、簡単な反省をした僕は夕食会に参加するために食堂を目指して歩いていた。

 「準備が必要って言ってたけど……」

 僕は今一人でエレベーターに乗っていた。反省が終わった後、矢澤コーチは訓練室の後片付けのためにそこに残り、カズさんと美樹さんは夕食の準備をするといって上へ向かうエレベーターに乗って行ってしまった。結果僕は一人で食堂に向かっているのだ。
 エレベーターが到着の合図を鳴らす。数秒後に開かれたドアからエントランスを見渡すと朝以上の人の渦ができていた。昨日この施設に入ったときは広く感じたこのエントランスも今では狭く感じる。壁際に置かれているはずのテーブルなんかは当然見えず食堂の扉も上の方しか見えない。
 あまりの人の多さに呆けてしまった僕はエントランスの方から何やら凝視されているのに気づく。それも一人ではなく複数だ。僕は突然の事態の連続で思考を停止したまま、とりあえず食堂に向かって歩き出そうとした。

 一歩。ほんの少しだけ足を上げて前に出すと、それに呼応するようにエントランスにいる人達にある動きが広まった。僕はそれが視界に入り再び足を止める。すると、その新しくできた人の波も動きを止めた。僕は気のせいかと思い一思いにエレベーターを降りようとする。そして丁度エレベーターの外に足が出たところで両脇からドアが迫ってきた。迫りくるドアに僕はさっきの模擬戦を思い出し、挟まれる。

 「うぐっ」

 僕の変な呻きを聞いたドアは仕方ねえなと再びドアを開けた。ドアに挟まれたことに気づき、エントランスの方から視線を感じて恥ずかしさを感じた僕は速足気味に食堂への最短距離進みだした。それに遅れて僕を囲うように何人かの人が僕の前に立ちふさがろうとする。僕は羞恥により冴えわたる集中力からその人達の手にマイクのような何かが握られているのを傍目に確認した。

 「ちょっといいかな!」
 「聞きたいことがあるんだけど!」

 僕に向かって掛けられる取材の声。僕の冴えわたる洞察力で彼らがテレビや新聞の記者であることは既知の事。僕はティッシュやチラシを配る人に対して「いらないです」と示すときのように手の平を彼らに向けながら速足で人を交わしながら食堂へと急いだ。

 「あ! ちょっと!」
 「君!」
 「待って!」

 すぐ近くから新たに僕を引き留める声が聞こえてくるが僕はそれをあたかも聞こえなかったという態度で無視する。
 嵐のような「待った」の荒波を潜り抜け、ようやく食堂への扉の前に着く。僕は扉を少しだけ開けて体を通した。僕は食堂への潜入に成功したのだ。



-------



 食堂に入り扉に背を向けた形で息を吐きだして冷静になった。流石に無視したのはまずかっただろうか。僕はそんなことを考えながら食堂を見渡した。今日の昼まではちょっと高そうな普通の食堂だった室内がいつの間にかどこぞのホテルのビュッフェ会場のようになっていた。

 「へ?」

 冷静になった脳が再び思考を止める。そして見覚えのあるものを見つけて思考を再開した。右手前側にある壁際には料理を受け取る為のカウンターだった場所にドリンクの入ったコップがいくつも並んで置いてある。その反対側の左側には今日の昼に座っていた椅子たちが並べられていた。そこにはすでに何人かの女性が座っていて近くに座る他の女性と話していたり、近くに立つ男性と話したりしていた。その誰もが正装をしていて特に女性方の服装はドレスといってもいい物のように見えた。

 僕は落ち着いてドアの前から歩き始めとりあえず僕の他の生徒を探した。しかし、見つからない。食堂にいる人はどの人も正装をしていてオーラのような何かを持っているような雰囲気を醸し出していそうな人ばかりだ。僕は落ち着いた足並みを意識して歩くというあまり経験のない状態である男性がこちらに歩いてくるのに気づいた。

 「堤さん、だよね?」

 その男性は僕の方へと速足で近づき僕の名前を呼んだ。

 「あ、はい。堤です」
 「よかった。君を探していたんだ。とりあえずこっちに来てもらえるかな」

 そう言われて僕は男の人の後に付いて行く。この男性もスーツを着て正装をしているがこの食堂にいるほとんどが来ているような高いそれではないように見える。カウンターの前を通って食堂の奥へ行くと両開きの扉があった。その扉から何やら料理の乗ったワゴンが出たり入ったりしている。料理を運ぶための通路みたいだ。男性はそこへ何の迷いもなく歩いて行きドアをくぐる。僕も続いて食堂から出るとそこは通路になっていて右に伸びた通路の先にはどこぞの映画やテレビで見たことのある厨房の光景がちらりと見えた。男性は通路の正面に見えるドアの前に行きノックした。

 「大久保です」
 「どうぞ」

 部屋の中か声が聞こえた。大久保と名乗った男性のノックに返答があると男性は「失礼します」と言って中に入っていく。僕は開いた扉の隙間から中を伺いながら軽く俯きながら「失礼します」と言って中に入った。
 中はそれは高そうな家具の置かれた広めの部屋になっていた。壁紙もこの合宿施設で見たことのないような落ち着いた色になっていて置かれているソファーも高そうな黒革のふかふかそうなものだった。中央に置かれた大きな四角い木目調のテーブルを囲うようにソファーが置かれていて壁にはすでに見慣れたドリンクディスペンサーが置かれていた。

 「お連れしました。堤選手です」
 「ご苦労様」

 部屋の中にいた三鴨さんが大久保と呼ばれた男性に言った。大久保さんは軽く頭を下げて部屋から出ていった。扉の前にポツンと一人立ちすくむ僕。部屋には三鴨さん以外に一人の男性と一人の女性がいた。僕は右斜め前に置かれたソファーに座る人たちを見た。
 一人は三鴨さん。僕が入ってきた扉のある壁を正面に向くように置かれたソファーに座っている。そして、三鴨さんの座るソファーの後ろに短髪の白のシャツと黒のスーツを着た女性が立っていた。
 もう一人の男性は今朝テレビに映っていた置田選手だった。腰深くに座り背筋を伸ばした彼は僕の方に視線を向けて三鴨さんに問うた。その顔は真剣そのもので少し怖い。筋肉質というわけではないが肩幅の広い体も相まってなんか雰囲気が出てる。髪は短めの黒。燕尾服のような尖ったゴージとピョンと先だけ折れているシャツに蝶ネクタイをしている。

 「彼が?」
 「ええ。矢澤コーチの一押しでね」
 「そうですか」

 二人に視線を向けられた僕はどうしたらいいのかわからず会釈をしておいた。

 「ああ、堤君も座って」

 三鴨さんが僕に向かって席を進めた。三鴨さんは手で正面のソファーを指す。僕は「はい」と言ってソファーの前に行き座ろうとしたところで思い立つ。受験の面接のときは確か「失礼します」と言わないといけなかった。僕は三鴨さんの方に顔を向けて「失礼します」と言って座った。緊張も相まってこれでよかったのかわからなくて不安だ。

 「あとは剛田君だね」

 僕がソファーに座ったのを見た三鴨さんはそう言って時計を確認した。僕はそれを見ながらも口を開かずジッとしていた。

 「堤君、でいいですか?」

 僕が蛇に睨まれたカエルのように固まっていると隣から置田選手が声を掛けてきた。

 「はい。堤瑠太です。よろしくお願いします」
 「こちらこそよろしく。確かここの生徒なんだよね?」
 「はい」

 置田さんは話してみると優しい口調のおかげか、先程までの怖い印象が薄れていく。

 「学年は?」
 「一年です」
 「一年? それはすごいね」

 僕は置田さんに聞かれたことに答えていく、というか、答えると新たに問われ、また答えるの繰り返しになっていた。考えるフリをして三鴨さんをチラリと見ると手に持った携帯デバイスを操作していて僕たちの話を聞いていなかった。

 「ん? 今年一年だとすればキャラを作ってからまだ半年ぐらいしかたってないの?」
 「はい。そうなります」
 「んー。どんなプレイをしているか教えてもらっても?」

 置田さんは僕のプレイスタイルや装備、将来的にどんな役割《ロール》をしようと考えているかなどゲームに関して聞いてくる。余りに踏み込んだ質問に、僕自身不鮮明な部分もあってしどろもどろしながら答えたが、一番を多かった答えは「分かりません」だったと思う。

 「そっか。まあ、まだ初めて一年であればそんなところか」

 置田さんは聞きたいことを聞き終えたのかそう言って顎に手を当てる。僕はいい機会だと思い自身のプレイに対して助言を請おうと口を開く。

 「置田さ――」

 僕のちょっと出した勇気を込めたお願いは僕の左後ろにあるドアから聞こえたノックの音に遮られた。僕は音の聞こえた方へと首を回す。コンコンとドアが鳴った後に声が聞こえてくる。

 「大久保です。剛田をお連れしました」

 僕を連れてきてくれた大久保さんとカズさんのようだ。

 「ようやくか。どうぞ!」

 三鴨さんが手に持っていた携帯デバイスから顔を上げて大きめな声でドアの向こうに言う。ドアの開く音と共に「失礼します」という声が聞こえる。僕は頭だけ向けるのも良くないのかと思い軽く腰を上げてドアの方へ向き直す。

 「遅れて申し訳ありません」

 そう言ってカズさんが入ってきた。その後ろでは大久保さんが既にドアを閉めようとしている。

 「待ってました。さあ、座って」

 三鴨さんはそう言って空いた僕の左側のソファーを指した。カラッカラッとカズさんの歩く音が僕の耳まで届く。カズさんは着物を着ていたのだ。袴は履いていないが黒の着物の上に灰色の羽織を着ている。その姿には初対面の時に感じた穏やかそうな雰囲気はなく締った雰囲気を醸し出していた。ふくよかだった体型も今では風格を出すためのエッセンスのように思えてくる。それぐらい似合っていた。
 着物にしわが付かないようにだろうか、女子がよく座るときにしているような動作をしてソファーに座ったカズさん。よく見えないが来ている着物にも何か柄がついているようだった。

 「これでそろったね」

 カズさんが座ったのを確認した三鴨さんがそう言って僕たち三人を見渡す。そして背もたれに着けていた背を前に倒した。それにつられるように僕も背筋を伸ばす。

 「では、これからこの後の打ち合わせを行います。三人には夕食会の前にちょっとしたスピーチをしてもらうことになっています」

 突然の知らせ。なにも知らされていなかった僕は当然のように驚く。そんな僕を正面から見た三鴨さんがちょっと笑って僕に言った。

 「堤君は今年から強化選手として参加した事の報告だからそこまで緊張することないと思うよ」

 三鴨さんは僕に対してそう言ったが、僕としては緊張が和らぐことは一切なかった。

 「置田選手と剛田選手にはチームの代表として一言ずつお願いします。それと今年のチームリーダーは置田選手にお願いすることにしました。置田選手はチームリーダーとして紹介します。それを踏まえたスピーチをお願いします」

 今年のチームリーダーは置田選手だそうだ。僕は少しだけ早く知らされた大ニュースを聞き漏らしながらも頷いておく。

 「それと、夕食会の途中で記者向けの会見をします。三人ともそれに出てもらいますのでよろしくお願いします」

 僕に関してはもう終わったのかな、と油断していたところに告げられた緊急事態。聞き漏らさなかった僕はつい聞き返してしまった。

 「えっ?」




 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男女比1対5000世界で俺はどうすれバインダー…

アルファカッター
ファンタジー
ひょんな事から男女比1対5000の世界に移動した学生の忠野タケル。 そこで生活していく内に色々なトラブルや問題に巻き込まれながら生活していくものがたりである!

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います

ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。 懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました

グミ食べたい
ファンタジー
 現実に疲れ果てた俺がたどり着いたのは、圧倒的な自由度を誇るVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。  選んだ職業は、幼い頃から密かに憧れていた“料理人”。しかし戦闘とは無縁のその職業は、目立つこともなく、ゲーム内でも完全に負け組。素材を集めては料理を作るだけの、地味で退屈な日々が続いていた。  だが、ある日突然――運命は動き出す。  フレンドに誘われて参加したレベル上げの最中、突如として現れたネームドモンスター「猛き猪」。本来なら三パーティ十八人で挑むべき強敵に対し、俺たちはたった六人。しかも、頼みの綱であるアタッカーたちはログアウトし、残されたのは熊型獣人のタンク・クマサン、ヒーラーのミコトさん、そして非戦闘職の俺だけ。  「逃げろ」と言われても、仲間を見捨てるわけにはいかない。  死を覚悟し、包丁を構えたその瞬間――料理スキルがまさかの効果を発揮し、常識外のダメージがモンスターに突き刺さる。  この予想外の一撃が、俺の運命を一変させた。  孤独だった俺がギルドを立ち上げ、仲間と出会い、ひょんなことからクマサンの意外すぎる正体を知り、ついにはVチューバーとしての活動まで始めることに。  リアルでは無職、ゲームでは負け組職業。  そんな俺が、仲間と共にゲームと現実の垣根を越えて奇跡を起こしていく物語が、いま始まる。

処理中です...