新世界が聞こえる

はら田

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1.誰が為に生きるのか

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 夜の街は暗く乾いた空気、肌に染みない冷たく軽い風が建物の間を縫って駆け抜ける。
 閑散とする街灯もないような路地に赤髪少女は一つのランプの明かりを頼りにユラユラと歩き続けた。ランプの灯りを頼りに歩くのは彼女一人だけではない、同じ年頃の少女が数人、その少女を品定めする男達が同じように路地を歩いていた。

「君は一晩如何いかほどかな?」

 シルクハットを被った紳士。中年くらいに見える男は優しい笑みを浮かべ赤い髪の少女に声をかけた。
少女は自らの顔が見えるようにランプを掲げると、小さな声で『今夜は、二万』と呟いた。
丸い目は虚ろで、まるで生き人形だが琥珀色の瞳だけが凛と美しく光っていた。
紳士は少女の手に二万を握らせて肩を抱いた。
今日は運がいい、街へ出て1時間も経たずに声を掛けられたと少女はホッと息を吐く。
 少女のまだあどけなさの残る顔には感情は伺えず、結ばれた唇が開くことはなくただ街に据える闇を見つめている。

突然、ランプの火が不自然に揺れた。
グニャリと火が歪む。

「……? 」
「君、名前は? 」

シルクハットの男が聞くと少女はハッとして小さな声で答えた。

「アシュリーです」

 冷えている筈の夜の空気だが、さらに冷たい空気がヒヤリと頬を撫でる。身体の中芯に触れられるような冷たさが毛を逆立てた。
違和感が脳内を染めると周囲でザワザワと囁き合う声が聞こえだす。そしてたった一人、耳元で囁くようにも聞こえたその低い声に少女は足を止めた。

『迎えに来たよ』

その声だけハッキリと聞こえたのだ。低くて心地の良い優しい声。温かいミルクに溺れた時のようなまどろみが身体に沁み渡るようだ。

パチンッ。

何かが弾けた。視界がチカチカと眩しくなった。

「うッ」

 一瞬だけ、昼間に戻ったようだった。火花とも違う一瞬の明かりは到底人間に出来うるものではない。
すぐに街は夜に戻り、ランプの灯りだけが
ぼんやりと明るいだけだった。
 少女は気のせいにしてしまいたかったが、シルクハットの男は消え、自分と同じように街を彷徨いていた少女達も消えてしまっていた。
 驚いた少女がランプの明かりを乱暴に揺らし
辺りを見渡すが、ネズミ一匹いない。

「……どうして? 」

 ポツリ。少女は零すと長い赤髪が冷たい風に流された。鳥肌が立つ。それは寒さからくるものではなくて、全身の細胞が奮い立つような恐ろしさからくるものだった。

ピリリと痺れる指先。
またチカチカとする視界。

「今日は一晩いくら? 」

 ランプの火が再び揺れた。
少女はユラユラと不安そうに揺れる灯りを
声のする方へ掲げると、暗闇の中の声に答えた。

「今夜は、2万」

 低く、冷く響いた声の正体は見えない、気配すらしない。声は近くでするのに照らしても人影すら見えない。

「それで、君の命は買える? 」

「……いのち? 」

思わず後退あとずさりした少女の手を暗闇から伸びた手が掴んだ。途端、視界は暗闇に馴染む。厚手のコートを着た男が少女の手を掴み顔を覗き込んでいたのだ。

「魔力は消耗品だよ、そんな風にぞんざいに扱うんじゃない」
「ひッ! 」

 暗闇によく溶ける真っ黒な髪の隙間から、ビー玉のような美しい青い瞳が少女を見つめた。
 既に少女は限界だった。頭がグラグラと揺れ、激しく息を切らして今にも倒れそう。
男は少女の身体を引き寄せ、背中に手を回し大事そうに抱えた。

「おやすみ」

耳元で囁かれたのを最後に少女は目を瞑った。
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