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1.誰が為に生きるのか
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物が散乱するリビングには趣がある、ようにも見える。テーブルに本や紙、至る所に置かれた不思議な植物。少女にとって見たことの無い変わった物が雑多に並んでいた。
「さ、ソファに座って」
座れと言われたもののソファにも本が散らばっている。男がローテーブル挟んだ向かい側の本だらけのソファに腰掛けたのに倣って、なんとか隙間に座るとホコリが立って思わず咳き込む。
人が住んでいるにしては至る所にホコリが溜まり、掃除の形跡が少しだってない。人のいた形跡だけ残してそのまま使われなくなった空き家のような空っぽのリビングとでも言える。
しかし、この片付けない物だらけの部屋ですら似合う男は、まるで魔法使いのようだ。
町はずれの古い家に住む優しい魔法使い。
静かに慎ましく暮らす美しい絵本の世界の魔法使い。少女が思い馳せた魔法使いの姿が浮かぶ。
「名前は? 」
肩に触れるほどに伸びた艶やかな黒髪を耳に掛け、微笑んだ。目に掛かる長い前髪の隙間から見える目はとても美しい。
「……名前、ですか」
少女は『名前』を思い出せない。名前はある筈なのに、言えなかった。腹の底に引っかかって出てこないようなそんな感覚が邪魔をする。
滅多に名前なんて使わないから、忘れてしまったのだろうか。
「名前を盗られたのか。
西の山向こうの野良魔女にやられたね」
ハッとした顔した少女は思わず声を張り上げた。
「どうして分かるんですか?! 」
夢の記憶と同じ、男がピタリと言い当てたことに驚いて重たい身体で思わず立ち上がってしまった。案の定グラりと足元が歪む。
「うわッ! 」
高く一つに纏められた赤髪を揺らし、ソファに倒れ込むと男はクスクス笑った。少女は男の顔をジッと見ると夢の中の魔女の言葉を思い出した。
『オズに言うんだよ』
オズとはこの男の名前なのだろうか。
少女は目を凝らすが、彼の名前が覗ける訳でもない。
「僕の顔に何か付いてる? 」
穏やかそうに笑う男は深海、深海よりももっと深い青色の耳飾りを揺らして微笑んだ。
「西の山向こうの魔女を君は知っているの?」
「知っている、と言うか……夢で見たというか……。呪い、呪いを掛けたって」
「呪い? 」
黒髪の間から丸くなった青い瞳が見えた。
少し考え込む素振りをした後薄い花びらのような唇が言葉を落とす。
「魔女の呪いはないよ。寧ろ複雑な術が解かれている」
「え? 」
「名前を盗られただけさ。呪いはあるみたいだけど、魔女のものじゃない」
「じゃあ、夢は…? 」
あっちへこっちへ思考が移る。少女自身では理解の出来ない領域である。訳が分からなくて何も考えたくはなくなってしまう。
「夢の中の魔女は他に何か言っていた? 」
「呪いを、解いてあげるって。私の呪いって、何なんですか? 」
「それは魔女の誘い文句。君の呪いは君自身の魔力の低下から引き起こされたのさ」
「魔力……? 私、魔法なんて使えません」
少女に魔法など使える筈がない。魔法が使えていたのならもっとマシな生活をしていたはずなのだ。少女は琥珀色の温かな瞳を隠すようにわざとらしく瞬きをすると、向かい側に座る男は身を乗り出して少女の頬に触れた。
「魔力を垂れ流しているも同然だ。君、もうすぐで死ぬよ。」
「……え? 」
「早くにも1週間後。魔力が底を尽きて死ぬ、君みたいなのは特に」
魔法使いは自身で魔力を持つもの、魔力を別のものから得るものに大別されている。
どちらにも少女には心あたりがない。
無茶苦茶なことを言う男の言葉にあんぐりと口を開け変な顔をするしか少女には出来ない。
ホコリで煙たいのを忘れてしまう位には驚いた。
「君はどこから来たの? 」
「…ッケホ。」
「さ、ソファに座って」
座れと言われたもののソファにも本が散らばっている。男がローテーブル挟んだ向かい側の本だらけのソファに腰掛けたのに倣って、なんとか隙間に座るとホコリが立って思わず咳き込む。
人が住んでいるにしては至る所にホコリが溜まり、掃除の形跡が少しだってない。人のいた形跡だけ残してそのまま使われなくなった空き家のような空っぽのリビングとでも言える。
しかし、この片付けない物だらけの部屋ですら似合う男は、まるで魔法使いのようだ。
町はずれの古い家に住む優しい魔法使い。
静かに慎ましく暮らす美しい絵本の世界の魔法使い。少女が思い馳せた魔法使いの姿が浮かぶ。
「名前は? 」
肩に触れるほどに伸びた艶やかな黒髪を耳に掛け、微笑んだ。目に掛かる長い前髪の隙間から見える目はとても美しい。
「……名前、ですか」
少女は『名前』を思い出せない。名前はある筈なのに、言えなかった。腹の底に引っかかって出てこないようなそんな感覚が邪魔をする。
滅多に名前なんて使わないから、忘れてしまったのだろうか。
「名前を盗られたのか。
西の山向こうの野良魔女にやられたね」
ハッとした顔した少女は思わず声を張り上げた。
「どうして分かるんですか?! 」
夢の記憶と同じ、男がピタリと言い当てたことに驚いて重たい身体で思わず立ち上がってしまった。案の定グラりと足元が歪む。
「うわッ! 」
高く一つに纏められた赤髪を揺らし、ソファに倒れ込むと男はクスクス笑った。少女は男の顔をジッと見ると夢の中の魔女の言葉を思い出した。
『オズに言うんだよ』
オズとはこの男の名前なのだろうか。
少女は目を凝らすが、彼の名前が覗ける訳でもない。
「僕の顔に何か付いてる? 」
穏やかそうに笑う男は深海、深海よりももっと深い青色の耳飾りを揺らして微笑んだ。
「西の山向こうの魔女を君は知っているの?」
「知っている、と言うか……夢で見たというか……。呪い、呪いを掛けたって」
「呪い? 」
黒髪の間から丸くなった青い瞳が見えた。
少し考え込む素振りをした後薄い花びらのような唇が言葉を落とす。
「魔女の呪いはないよ。寧ろ複雑な術が解かれている」
「え? 」
「名前を盗られただけさ。呪いはあるみたいだけど、魔女のものじゃない」
「じゃあ、夢は…? 」
あっちへこっちへ思考が移る。少女自身では理解の出来ない領域である。訳が分からなくて何も考えたくはなくなってしまう。
「夢の中の魔女は他に何か言っていた? 」
「呪いを、解いてあげるって。私の呪いって、何なんですか? 」
「それは魔女の誘い文句。君の呪いは君自身の魔力の低下から引き起こされたのさ」
「魔力……? 私、魔法なんて使えません」
少女に魔法など使える筈がない。魔法が使えていたのならもっとマシな生活をしていたはずなのだ。少女は琥珀色の温かな瞳を隠すようにわざとらしく瞬きをすると、向かい側に座る男は身を乗り出して少女の頬に触れた。
「魔力を垂れ流しているも同然だ。君、もうすぐで死ぬよ。」
「……え? 」
「早くにも1週間後。魔力が底を尽きて死ぬ、君みたいなのは特に」
魔法使いは自身で魔力を持つもの、魔力を別のものから得るものに大別されている。
どちらにも少女には心あたりがない。
無茶苦茶なことを言う男の言葉にあんぐりと口を開け変な顔をするしか少女には出来ない。
ホコリで煙たいのを忘れてしまう位には驚いた。
「君はどこから来たの? 」
「…ッケホ。」
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