新世界が聞こえる

はら田

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1.誰が為に生きるのか

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「オズさん、驚かないんですか?」

 サルモネがまつ毛の長い美しい横顔を眺めながら聞くと、オズの目がぬるりとサルモネを捉えた。

「どうして? 」
「性別が変わって別人ですよ、俺」

 そう言うとオズは顔に似合わず豪快に口を開け、声を上げて笑った。

「アハハ! 知ってたさ、君は赤髪の良く似合う青年だってこと。サルモネ、その名前も」

 オズはサルモネの肩をギュッと寄せると、長いまつ毛を伏せた。

「僕はずっと待っていたんだから」

顔にかかる前髪で表情は伺えないが、オズは泣いていた気がした。何故か、そう思ったのだ。
サルモネは何も言えず、ただ黙って寄り添っていた。はじめて美しいと思えた朝日を浴びながら、掴みかけている居場所から離れまいとコートをギュッと握りながら。

「空を人間の二本足で歩くのはあまりに無謀だったかぁ」
「え? 」

 オズはサルモネの身体を離さないよう器用にコートを脱ぐと、サルモネに押し付けた。

「ちょっと持ってて」
「えッあ……」

コートを脱いだオズの背には気がつけばカラスのような真っ黒な羽が生えていた。黒く靱やかな翼は一度羽ばたかせるだけでグンッと前に進んむ。

「うわぁッ!! 」
「すぐ慣れるさ」

風を切り、どんどん前に進む。
景色も流れるように変わってゆく。

「凄い……」
「サルモネだってこの空を飛んで行ったろう? 」
「……はい、だけどあまり憶えていなくて」

 夜と風が違う。爽やかで包まれるような風だ。
木々が並んでいる森から、見知らぬ街。それを抜けると見覚えのある大きな家が見えた。サルモネが家を見つけた頃にはオズは下降をし、あっという間に地面に立っていた。

「さ、着いたよ」

 昨晩、サルモネがのたうち回ったらしい場所に草木が萎びている。それを見つめ、サルモネは「ごめんなさい」と呟くとオズが不思議そうな顔をして視線の先を追いかけた。

「あぁ、気にすることない」
「でも……」

 肩を落とすサルモネの背をポンと叩き、一歩前に出て、森の入口、折れた木々に手のひらを差し出した。

「サルース」
 
 ふぅっと息を吹くと、さぁっと優しい風が吹いた。

「……凄い」

 木々が忽ち起き上がり、元の姿に戻った。
いとも簡単に治してしまう魔法に感心する他ないサルモネは目を輝かせて自然と踵が浮いた。

「僕、君を引き取ろうと思うんだ」
「……え? 」
「行くあてが無いのなら、魔法士として僕の弟子になって欲しい」
 
 その言葉にサルモネは口を開けてポカンととぼけてみせた。

「魔法士に、なれますか。俺は」
「君には才能がある。才能を活かすだけの力も」
 
 誰にも必要とされていなかった。思い出せる限りの記憶の中に、自分は必要とされていなかった。
サルモネは心臓が押し潰されそうになるくらいに嬉し泣きそうな感情を押し殺していた。

「弟子に、して下さい」
「うん」
「よろしくお願いします」

 頭を下げたサルモネは眉間に力を込めてから顔を上げたが、オズの顔を見て少し驚いた。
同じ顔をして、笑っているのだ。今にも泣き出しそうな笑顔にサルモネは笑ってしまった。
朝日がすっかり顔を出し、二人照らされながらしがらみは足元に張り付いたままなのを無視した。


「おーい! オズウェルさぁん! 」

 心地の良い沈黙を破ったのは王宮からの使いのドッグドッグだ。少年のような風貌をしていながら四足で駆けてくる。
勢いそのままに二本足だけで駆けつけるハンチングを被った少年はサルモネを視界に捉えると愛想良く「おはようございます」と言った。

「オズウェルさんもおはようございます。お早いですね、お出掛けですか? 」
「いいや」
「それならよかった。それはそうと……こちらの方は? 」

 ドッグドッグはサルモネをジッと見つめ、スンスンと匂いを嗅いだ。

「サルモネ。僕の弟子」
「へぇ……お弟子さんで…………
え?! 弟子?! 」

キィンと耳がなるくらいには大声だ。オズは耳を塞ぎ、もう一度サルモネが弟子であると告げるとドッグドッグは目をまん丸にしてサルモネにピタリとくっついた。

「オズさんが……弟子を。コモ様に至急お伝えしなければ、これは大ニュースだ」
「ドッグドッグ、サルモネが困ってる」
「すみません。少し、不思議な匂いがしたもので」

 名を馳せたオズの弟子は今までに一人もいなかった。オズの繊細で強力な魔法を継承する者がいないと嘆かれていた。
アリスフォードの王も長く続く魔法士一門の途絶えは悩みの種であった。
 ドッグドッグは胸を撫で下ろし、ようやくサルモネから離れた。

「すみません。名前も名乗らず。
僕はドッグドッグ、アリスフォードの王宮の使いです。どうぞよろしく」
「サルモネです。よろしくお願いします」

 差し出された手をサルモネは握り、満面の笑みのドッグドッグに合わせて笑った。
同じくらいの歳に見えるドッグドッグに惹かれているようだった。

「ところで、今日はなんの用?」
「あぁ! そうです!
また出たんです! 墓荒らしが」
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