宇宙戦鬼バキュラビビーの情愛

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バキュラビビーの葛藤

バキュラビビーの選択

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アイスベルクの言葉で、あたり一面が静かになった。

こういう時間を「天使が通る瞬間」というのだと、茅野宮美郷の記憶にある。

だがその静寂も、本当に一瞬のこと。

「この後におよんで、何を言ってんだこの野郎!」

佐山定が大声が響いた。
周囲の視線が集まる。

「てめえにそんなこと言う資格があると思ってんのか? このストーカーが!」

佐山定は止まらない。

だが、その怒声を前にしてもアイスベルクは怯む様子がない。

「まったく。あなたという人は怒鳴ることしかできないのですか?」

佐山定の血走った目を見返しながら、アイスベルクはたんたんと言い返した。

「彼女がバキュラビビーになってから、あなたは本当の意味で彼女と向き合いましたか? 彼女の話を理解し、彼女の世界を想像し、受け答えすることがあなたにできましたか?」
「なんだと、このインチキ泥棒野郎。美郷は俺の婚約者だ!」
「やれやれ、まったく会話にならない。その調子で自分のわがままを押しつけてきたんでしょうね」

アイスベルクが肩をすくめる。

「私は彼女に全力で向き合いましたよ。そのためなら盗撮だろうと盗聴だろうやりますよ。彼女のためを思って最速最短の手段を選んできたつもりです」
「たしかに、このメモの書き込み……半端な覚悟じゃないっすね。それはみとめますよ、コーリヤマサン」

いつの間にか、サイバラがパラパラとメモをめくっていた。

「お前はどっちの味方だ!!」

佐山定が唾を飛ばしていた。

(みっともない姿だな)

荒れ狂う佐山定の姿を見ながら、私は思考が明晰になっていくのを感じていた。

「誰のって、俺はちーちゃんの味方っすよ。今までも、これからも。ちーちゃんにフェアな情報を渡したいだけなんすよ」

サイバラが私のほうを向き直る。
そして、

「ちーちゃん、もういいだろう。選択の時間だよ」

そう言った。

「ちーちゃんがどうしたいのか。自分で決めるんだ」

アイスベルクの真実を知ってなお、サイバラは私の意思を尊重してくれているのだ。

「ありがとう、サイバラ」

私は呟いた。
大きく息を吸い込むと佐山定のほうに向き直る。

「すまなかった、佐山定。私は君の生活と未来を台無しにしてしまった。だから償いのために、君の生活を維持するため、結婚するのが当面の使命だと思っていた」
「前もそう言ってただろ」
「しかし、私は疑問を覚えるようになった。私といるときの君はいつも苦しそうだった。君は本当は結婚を望んでいないのではないかと思うようになった」
「違う。結婚を望んでないのはお前だろう、美郷」

佐山定が私を睨む。

「そう、まさにそれなのだ。私は君の意思を尊重するつもりでいた。君が結婚を望むなら結婚し、望まないのであれば結婚をやめるつもりでいた」

私は佐山定から視線をはずし、アイスベルクとサイバラのほうを見た。

「しかしそれではダメなのだと、この2人が気付かせてくれた。結婚とは2人の意思によって成り立つものなのだな。君の意思だけで決めるものではなかった。私はようやくそれを理解することができたよ」

佐山定の血走っていた目は、いつの間にか怯えを含んでいた。

「だから、君とは結婚できない。申し訳ない」

私は座ったまま、頭を下げた。下げ続けてた。

「…………」

佐山定は何も言わなかった。

そしてそのまま、10分ほど時間が経過した。

私が顔を上げると佐山定は黙って俯いていた。
彼の中から何かが抜け落ちている最中のようだ。

このまま反応を待っているのも時間の無駄のようだった。

「じゃあ、私は帰るね」

私は『擬態』に戻り別れを告げた。

私が席を立つとアイスベルクも席を立った。付き添ってくれるようだ。

「待てよ」

佐山定がようやく声を出した。

「俺と別れてそいつと一緒になるっていうのか?」

佐山定の声は震えていた。

「今は彼と一緒に戦いたい。それだけよ」

私は事実だけを述べた。
私の気持ちまでは伝えなかった。

「俺と別れるのはいい。だけど、そいつと付き合うのは許せん」

突如、佐山上が身を乗り出し私の腕を掴む。

「痛いわ」

驚きはしなかった。
彼が感情的になることは予測の範囲内だったからだ。

「結局、あなたはそうやって力に頼るしかできない。うまくいかないことを、無理やりにうまくいかせようとするだけ」

しゃべりながら、私の中で佐山定に対する失望が広がっていく。

「あなたのそんなところが嫌いだった。浅いのよ、あなたって。格好つけてばかりで、体裁を取り繕うのに一生懸命で」

なぜか私の口が滑らかに動く。
この気持ちは茅野宮美郷の記憶からくるものなのだろうか。

「ほんと、みっともない」

私の言葉に、佐山定が顔を歪めた。
よほどショックな言葉だったらしい。

「そろそろ離したらどうっすか、佐山さん」

サイバラが見かねたかのように割って入る。

「お前はこれでいいって言うのか? お前だって郡山が嫌いだっただろ!」

すがるように喚く佐山定。
やっぱりみっともない。

「俺は……ちーちゃんが全てを知って、それでもコーリヤマを選ぶなら、もう言うことはないっす」

無表情のままサイバラが言った。

「美郷、お前……こいつの何がいいって言うんだよ……。俺には分からんよ……」

私の腕をつかむ手に力を込めながら、なおも佐山定は問う。

私は少し考えたのちに答える。

「あなたと逆なの。この人は深いの。絶えず情報を収集して考察することをやめない」
「……まるで俺がバカだっていってるみたいじゃないか」
「まあ、そういうことになるかな。彼に暴力じゃなくて知力で……そうね、ゲームで勝てるなら撤回してもいいけれど……」
「ちーちゃん、それくらいにしとけって。これ以上は危険だ」

サイバラが止めに入った。
気がつくと佐山定の顔は……なんと表現したらいいのか分からないが、とにかくグチャグチャになっていた。

「もういいですよ、行きましょう。バキュラビビー」

アイスベルクが促した。

「支払いは済ませましたのでご心配なく」

私が喋っている間にそんなことをしていたらしい。

私は最後の最後に、佐山定に一声だけかけることにした。

「最後に茅野宮美郷として伝えておくね。いままでありがとう、ジョー。さようなら」

そして佐山定の反応を確認せずに、私たちは店を出た。

扉を閉じるときに呻き声のようなものが聞こえた気がしたが、気のせいかもしれない。

「エレベーター待ちで彼らと鉢合わせしてもバツが悪いですね。階段で降りましょうか」

アイスベルクの提案に私はうなずいた。

階段はビルの端の方にあり、人気もなく、シンとしている。

私は擬態を外してアイスベルクに話しかける。

「やはりすごいな、アイスベルクは。佐山定の気迫に負けず、終始冷静だったな」
「……ちっとも冷静なんかじゃありませんでしたよ」

彼はそう言って私の手を握った。

彼の手は汗でしっとりと濡れていた。

「正直、ずっと緊張していました」
「そうか、君でもそんなことがあるのだな」

私の口からふふッと笑みが漏れ出た。

「それはそうですよ。だっては私はただの地球人ですからね」

アイスベルクも笑っていた。

「いいさ。宇宙人でも地球人でもアイスベルクはアイスベルクだ」

そんな会話を交わしながら、私たちは階段を降りる。

握った手はそのまま離さなかった。

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