宇宙戦鬼バキュラビビーの情愛

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インタールード

シュヴァルツヴァルツァーのしらべ

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「来ませんねえ……」
「またリスケとか勘弁して欲しいんですけどねえ……」
「来週こそ必ずとか言ったのは誰でしたかね……」

打ち合わせルームで、私と高木とファッションコーデの井上は30分間待ちぼうけをくっていた。

前回延期した衣装合わせも含めて、今日は長時間の打ち合わせするはずだったのに、佐山と美郷が現れる様子はない。

(この私との約束をすっぽかすとはいい度胸だわ)

「佐山さんは電話に出ませんか?」
「ダメですね。電源が切れてるみたいです」

などと井上と高木が会話しているが、私の直感は告げていた。

(あー、これ、だめなやつわー)

おそらく、2人の間に何か良くないことが起きただろう。

最近、2人の間に流れる空気がおかしかった。

こうなるのも時間の問題だったのかもしれない。

さらに30分待ったが、彼らからは何の連絡もなかった。

「東島さんごめんね。今日はもう帰っていいよ」

高木が私に謝ってくる。

「いえ、高木さんが悪いんじゃありませんから」

私はそう言って打ち合わせルームを後にした。

(時間を無駄にしたわ)

と、内心ムカついているものの、おかげで少し時間ができた。

私はいつもの場所へと足を向ける。

大型アミューズメントセンター「ギャラクシーパレス」。
用があるのは4階だ。

「コーヘーいる?」

フロアに着くなり私は呟く。

「はい。ここに」

どこからともなくコーヘーが現れた。

小柄で細身で無口で無表情。

しかし主人には常に忠実で仕事は確実。
それが私の従者、コーヘーだ。

「軽く流すわ。付き合いなさい」
「御意」

私は「StarShipBondage」のポッドに入り、一番激しい戦場を選ぶ。

軽く戦場を荒らすだけだ。
今日はコマンダーでいこう。

戦いが始まり、自軍の戦力を分析する。

「なんか足手まといがいるわね」

味方の中に、笑ってしまうようなド下手クソが混じっていた。

店内からの参戦になっているので、初心者が気軽な気持ちで店内マッチングに迷い込んでしまったのだろう。

「邪魔ね。ここは子どものくるところじゃやいわ」

無能な味方は敵よりも有害だ。

私は誤射を装ってド下手クソ機に弾を叩き込む。

あっという間にヘタクソは爆散した。

「汚い花火ね」

悪態をつきつつ前線にでる。

コマンダーの能力は支援に特化しており、火力は前線系ユニット比べると貧弱だ。

しかし武装が皆無なわけではない。

「コマンダーだからって侮らないことね。PSの差を味わいなさい」

撃破、撃破、撃破、撃破。

私は1チームまるまる、コマンダー機で蹂躙し、壊滅させる。

「ふふふ……」

弱小戦力で敵を壊滅するのは気持ちがいい。
相手チームにとっては屈辱的なことだろうけど。

ちょっとだけ気分が晴れる。
あくまで、ちょっとだけ。

とにかく私は苛立っている。

今日、佐山に約束をすっぽかされたせいもあるが、ケチのつき始めは2週間ほど前に遡る。

私がクランの仲間でチームを組んで初心者狩りもしていると、突然、謎のゲストアカウントに強襲を受けた。

奴は私たちのチームを蹂躙し、はてはジェネラルである私まで単機で撃墜してしまったのだ。

「ジェネラルがアサルトにタイマンで負けるとか……!!」

しかも、このSランクの私を。

「許せない……」

苛立ちが止まらない。
やられたら倍返しにしないと気が収まらない。

しかし相手はゲストアカウント。
アカウント検索することもできない。

苛立ちは別の何かにぶつけるしかなかった。

自宅に帰っても、苛立ちは収まらない。
私は八つ当たりのためにフォーティーナイトで初心者狩りを繰り返していた。

そんなある日、郡山というキモオタのアカウントがオンラインになっていることに気づいた。

そのキモオタとはリアルの連絡先を交換しているだけの間柄だったが、SSBアカウントは、コーヘーに突き止めさせていた。

八つ当たりにはもってこいの獲物……のはずだった。

しかし、郡山をひねりつぶす直前に邪魔が入った。
予想外かつ正確な射撃により私はキモオタを取り逃すことになった。

あの真っ黒なアバター。
アカウント名は忘れもしない。

「バキュラビビー!!」

いつかひねりつぶす。
マッチングしたときは3倍返しにしてやる。

「あんた、さっきバキュラビビーって言ったか?」

戦場を殲滅し終わった私がポッドから出ると、さっき誤射で爆破したド下手クソ君もポッドから出てきた。

そいつの顔には見覚えのあった。

「佐山……さん?」

今日、打ち合わせをすっぽかされた相手、佐山だった。

「……あんたさぁ。予定をほったらかしてこんなとこで何やってるわけ?」

おっと、イライラの限界を突破して地が出てしまった。

「予定……ああ、今日、打ち合わせの日だっけ?」

ボケ老人みたいになってる。

「美郷とは……別れたんだ……」
「は? マジで?」

あーあ、こんなタイミングで別れることになるとは。

ご愁傷様。

「あなたが自分勝手に物事すすめてきた
ツケがきたんでしょうよ」
「ちがう……あいつが、あいつがバキュラビビーでなければ……」

そこまで言うと佐山さんはボロボロと涙を流しだした。

(うわあ、大のおとながゲーセンの中でマジ泣きしてるよ)

みっともないことこの上ない。

「邪魔だからこっちに来なさい」

泣き続けている佐山さんを隅のドリンクコーナーまで引っ張っていく。

「あなた、バキュラビビーの何を知ってるの? 全部話してちょうだい」

涙のおさまった佐山を詰問する。

佐山は語った。
婚約者が突如としてバキュラビビーを名乗りだしたことを。
自分は宇宙戦闘機だとか言い出した事を。
オンラインゲームにハマりだして自分には見向きしてくれなくなったことを。
そして、郡山という男の元に行ってしまったことを。
ゲームで郡山に勝ってみろと罵られたことを。

「なるほど……ね」

思わぬところから宿敵の身元が割れた。

(これでいつでもリベンジできるわ)

しかし、まだだ。

勝負を仕掛けるのは、あいつを圧倒的な戦力で蹂躙できるようになってからだ。

「コーヘー」

私は目立たぬようによりそっていたコーヘーに声をかける。

「全軍に通達。これからわれわれ『シュヴァルツヴァルツァー』は、バキュラビビーへの再戦に向けて態勢を整える。各自、準備を抜かりなく行うように」
「イエス、マム」

コーヘーが返事をして去っていく。

「しゅばる……なんだって?」
「シュヴァルツヴァルツァー。黒の舞踏。私のクランの名前よ。私たちの総力を持って、バキュラビビーに勝ってみせるわ。で、あなたはどうするの?」
「おれ?」

ボケた顔をした佐山がこちらを向いた。

「このままの調子では、あなたはいつまで経っても郡山に勝つことなんてできないわ。でも、私と組むなら、バキュラビビーと郡山に勝てるように鍛えてあげる」
「……ほんとうか?」
「でもいくつか条件があるわ。まず、私に従属すること」
「え? なんだって?」
「従属。私のクランに所属して、私には絶対服従を誓うこと」
「え……?」
「それから披露宴はキャンセルしないこと」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。こんな状況で式も披露宴もできるわけないだろ」
「式までに茅野宮さんを取り戻せばいいでしょう。だめだったらあなたが式の代金を全額被ればいいだけよ。それだけの覚悟もなく、彼女を取り返そうなんて甘っちょろいんじゃない?」
「むちゃくちゃだ……」
「嫌なら美郷さんのことは忘れて帰りなさい」
「……」
「私は別にどっちでもかまわないからね」

しばらくして、佐山は小さく

「わかった。やるよ」

と、呟いた。

さてさて、どこまでついてこれるものやら。

「それじゃあ、早速始めましょうか」

佐山を連れてポッドに戻る。

(茅野宮美郷……ギタギタにひねりつぶしてやるから覚悟していなさい)

気分が高揚していた。

「さあ、踊りましょう。黒の舞踏を。あいつらの絆を壊しててやりましょう」
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