宇宙戦鬼バキュラビビーの情愛

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バキュラビビーの葛藤

フォーティーナイト(下)

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バキュラビビーがアカウント設定を始めたのを横目で見ながら、私は指定されたバトルフィールドに入室した。

対戦を申し込んできたのは東島佳奈美。

街コンで無理やり連絡先を交換させられた女だ。

今回、はじめて彼女から着信があった。

実をいうと、もはや忘れかけていた。

まさか、私がログインするタイミングを見計らって電話をかけてくるとは。

山崎大吾が私のアカウント名を漏らしたのだろうか。

『覚えてますか? 東島です。今、40ナイトにログインしてますよね? よかったら一緒に遊びませんか?』

電話に出るなり東島佳奈美はそう言った。
言葉の上では丁寧だが、私は彼女の本性を知っている。

『ギタギタにしてやるからかかってこいよ、Cランク』

という獰猛な気持ちが丸見えだった。

(まあ、バトロワですから、出会う前にお互い死亡することもありますけどね)

バトルフィールドはジャングル。
植物や川の中に上手にステルスできるかどうかが勝負の分かれ目になる。

「とりあえず、周囲に落ちている物資を拾って武装を強化していきましょう」

バキュラビビーに解説しながら進めていく。

「武器に弾薬にシールド。これでひととおり体制は整いました。攻勢にでます」

手ごろな標的を探すために索敵を始めたとき、ディスプレイが真っ暗になった。

「なにっ?」

このタイミングでPCの故障?
違う。
これは敵の『目眩し』だ。

「奇襲を喰らったようですね」

ガーンガーンと効果音が響いてくる。
真っ黒だった画面が赤みを帯びていく。
攻撃を受けているのだ。

「今日はヘッドセットを用意していないんですよね……」

攻撃を受けたら銃声の聞こえる方向から敵の位置を割り出す。
それが定石だ。

だが、ヘッドセット抜きで音の方向を割り出すなど私にはできない。

「しかたありませんね」

やみくもに銃を乱射する。
敵が怯むのを期待するが、銃撃は止まない。
こちらへのダメージは続いている。

「それなら、ひたすら動くしか」

暗闇の中をひた走る。
やがて目眩しの効果が終わり、暗闇が晴れた。

真っ赤に染まった視界の先には、ゴツいゴーレムのようなキャラクターが仁王立ちしていた。

『トードー』とキャプションがついている。

「狙われた!」

トードーは、完璧な間合いで拳を振り下ろしてきた。

こちらはシールドが解けた状態。
近接攻撃をくらえばアウトだ。

やばい。

バックステップで距離をとる。

その瞬間、私は転倒した。

「え?」

何が起きたのか分からなかった。

仰向けに倒れる私の目の前に、トードーの拳がせまる。

ジ・エンド。

私の負けか。

「君の後ろに伏兵がいたようだな、アイス」

呆然としていた私の横から声がした。

「バキュラ?」
「よく見ろ。まだ戦闘は終わっていない」

振り下ろされたはずのトードーの拳が視界から消えていた。

まだ生きている。

「バキュラ、あなたが助けてくれたのですか?」
「待機は性に合わないからな。急いで途中参戦させてもらったよ」

立ち上がり周囲を見渡した。

太い枝の上に、飛行ユニットを背負った真っ黒なテクスチャのキャラがふんぞりかえっている。

「真っ黒……ですか。すごいアバターですね」
「急いでたから一律塗装ですませた。それに、これでいいんだ。昔の私によく似ている」

そういうと、バキュラはライフルを2発発射した。

「着弾」

周囲を見渡すと、トードーと迷彩柄の小男が倒れているのが見えた。

「今がチャンスだ、アイスベルク。たっぷりとやり返してやるといい」

「あ、はい」

トードーの立ち上がりを狙ってトリガーを引く。

さすがに避けられずにのけぞるトードー。

いける。

トードーもさすがに距離を取ろうとするが、

「逃さんよ」

バキュラの威嚇射撃で行動を阻害される。

「これで終わりです」

トードーにありったけの弾丸をたたき込こもうとしたとき、

「アイス! 避けろ!」

バキュラの声に咄嗟にバックステップを踏む。

さっきまで私が立っていた場所に、迷彩柄の男が突っ込んできていた。

「なんだ、タックルですか」

と、思った瞬間、ごおおおおおんという音が響き渡り、画面が灰色に包まれる。

「自爆……か?」

爆風が煙幕となって周囲が視認できない。

「トードーはどこに?」

煙幕が晴れるころには、トードーの姿はすでになかった。

「捨身で仲間を守ったか」

感心したようにバキュラが言った。

「敵ながらアッパレというところですね。ありがとうございました。バキュラ」

「例はいらない。私からのせめてものオカエシだ」

「それでですね、せっかく助けてくたところ悪いのですが……」

そのとき、画面の中のバキュラビビーとアイスベルクがボンという音をたてて弾け飛んだ。

「……なに?」
「説明してなくてすみません。時間内に決められたエリア内にいないと、敗北になるんです」
「……くっ」

ゲームオーバーの表示とともに、虚しく映し出される「戦績0」の文字。
私たちの戦闘は終了した。

私たちはその画面をしばらくボンヤリ眺めていた。

「……結局、知り合いとは遭遇できなかったようだな」

我にかえったバキュラビビーが言った。

「いえ、あのトードーとかいうゴツいのがそうだと思います」

東=トウ、島=ドウ。

私を狙い撃ちにしてきたことからも間違いないだろう。

トードーは東島佳奈美だ。

「そうなのか。殺す気マンマンだったな」
「ええ。あなたがいないと死んでましたよ」

東島佳奈美から着信があるかもしれないと思いスマホを見てみるが、特に新しい通知は来ていなかった。

「だが、結局敗北してしまったな。世話になっているオカエシになればと思ったのだが……」

「いえいえ、トードーを追い払ってくれただけで十分ですよ」

「いや、それでは私の気が収まらない。そうだな……」

バキュラビビーが私のほうに顔を寄せる。

近い。

「それでは、こういうオカエシはどうだろう」



バキュラビビーの唇が、私の唇に触れる。

その唇は、柔らかくて、そして温かかった。
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