レモンが好きだと言いたくて

蓮見 七月

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2人の年末

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「クリスマスの日に学校が終わるなんて、最悪」
 学校からの帰り道、隣のレイがそう漏らした。赤色のマフラーに顔を埋めながら言っている。12月の下旬にスカートは寒そうだ。
 
 修学旅行が終わってからさらに一ヶ月が経ち、二学期が終わっていた。正直なところ、これで暫く学校へ行かなくていいのだと安心している。
「いいじゃん。とりあえず学校が終わったんだから」
 こちらもマフラーの中からそう言った。寒い空気に白い息が溶けていく。
「それに期末テスト。なんとかなっただろ」
「ね! 奇跡だよ。ぼくが赤点取らないなんて」
 期末テストに関しては勉強の成果が出たと言っていい。と言うのもレイとシュンを心配して、俺と圭吾が勉強させたからだ。いつか使った物置部屋でテスト対策に勤しんだ。途中からアオイちゃんも参加して、とにかく赤点回避に重点を置いて勉強した。結果として誰一人、赤点は取らなかったのは努力の成果だろう。

「まぁ一番心配されてたからな」
「うーん。ぼくは心配してなかったんだけどね」
 とぼけたようにレイが言う。お茶目なところが憎めない。もしかしたら俺はレイが人を殺してしまっても許してしまうんじゃないだろうか。
 そんな事を考えながら下校する。二人で居るときは幸せだ。
 
 駅が近くなると一宮高校の生徒も多くなる。人混みの中でやはりレイの顔は覗かれたりする。もちろん隣にいる俺もだった。
 居心地が良いのは自分のクラス。それも圭吾やシュン、アオイちゃんと計5人で固まっている時くらいだろう。

「早くいこう。今日は特別な日じゃん。準備バッチリだよ。ここも」
 言いながらレイは耳たぶを指差した。今日はクリスマス。しかし学校もあって遠くには行けそうもない。それで今日はピアスを空ける日、という事にした。
 空ける場所はレイの部屋。到着してすぐ、レイはマフラーとマスクを脱ぎ捨てた。そしてすぐに観音開きの白いドレッサーに腰かける。
 やる気は満々らしい。

「まずは消毒ね」
 バッグから取り出すのはエタノール消毒液。ティッシュに染み込ませてレイの耳たぶを拭く。
「なんか、くすぐったいね」
 鏡越しに見えるレイの顔が紅潮した。意外な弱点を見つけてしまったかもしれない。
 プレゼントした雫型の小さなピアスをレイから受け取る。今度はピアッサーの準備が必要だ。
 白い長方形。くぼみに耳たぶを挟んで穴をあけるための小さな装置。可愛らしい見た目で、使命は人体に穴をあける事。

「穴をあける場所はここでいい?」
 レイの耳たぶに黒いペンでマークを付けた。
「うん。痛くしないでね」
 妙に色っぽい言い方をする。しかし今回は悪戯できない。
 ピアッサーを右の耳たぶにセットしてトリガーに指を掛ける。

「なんか……。銃殺されるみたいじゃない?」
「うるさいよ、レイ。ビビってる?」
 顔もやけに揺れていた。左を見て右を見て。そわそわしている。
「ビビってないよ! 早くやって」
 そうは言っても両手は膝の上で握られているし、顔は動かなくても目が泳いでいる。
「大丈夫だよ。俺もやったんだから」
 自分の耳を指して言った。ようやくレイの顔が止まる。今しかない。思い切ってトリガーを引く。

「あっ……。痛い」
 空けた後、顔を歪ませるレイ。まぶたは閉じて、眉毛が痛そうに曲がっている。我慢しているのか、上唇と下唇が勾玉みたいにくっついている。
 鏡に映る苦しむレイ。自分のしたことでレイがこんな顔をするなんて。自分の中に背徳感と嗜虐心が湧くのを感じた。

「今度は左ね」
「……うん」
 完了すると、両耳に雫型のピアスがしっかり付いている。
「似合ってるよ」
 レイは無言のままゆっくり頷いた。

 2021年の冬休みは毎日のように会っていた。レイの家に遊びに来るか、泊まるかのどちらかを一週間ほど繰り返した。それだけですぐに年末が来る。時の流れは速すぎる。

「これにさぁ。ジンを入れると美味しんだよね」
 ガラス机に置かれたマグカップ。その中に揺れるホットココアを見てレイが言う。
「レイ?」
「分かってるよ。お酒はハタチになってからね。あーあ。あと二年も待つのか」
 天井を見てそう呟く。
「あと二年なんてすぐだよ。その時は一緒に飲もう」
 言うとレイはジッとこちらの顔を見た。目をしっかり捉えて、首は少し右に傾いている。

「なに?」
「いや……。二年後も一緒に居てくれるんだって思って」
 目が合ったまま言われると恥ずかしくなった。これよりもっと恥ずかしい事を一緒にしてきたはずなのに。純粋な言葉を真剣に言われるのが一番恥ずかしい。
「……うん」
 目は逸らさずに答えられた。二年後なんて想像もつかない未来の事だ。それでもワンシーン。きっとある未来が見えるのは幸せな事なのだろう。

「もういいよ。ゲームしよう」
 そう言ってバッグから赤と青のコントローラーが付いたゲーム機を取り出す。一週間、協力プレイを続けていた。
「ぼく年末の静けさがすごい好き。みんな休んでるんだろうね。テレビ見たりしてね」
「俺たちは年越しゲームだ。今年中にクリアしちゃおうよ」
 言ってテレビにゲームを映す。大画面で進む重厚なストーリー。大人になったらゲームする時間なんて無くなるかもしれない。今のうちに楽しむべきだ。

「ねぇ。そのパジャマ、可愛いよね」
 コントローラーを持ったまま、レイは頭を傾ける。こちらの左肩にレイの小さな頭が乗っかった。
「これ? ジェラートピケって言うメーカーの」
 服をつまんでそう答える。灰色と白を混ぜた、それこそココアの様な服。感触はもちろん、もこもこしている。

「え? ハヤトにそんな趣味あった?」
 テレビ画面では主人公がザコ敵を剣で吹き飛ばしていた。男が好きそうなシーンを、女子が好きそうなパジャマを着て見ている自分。
 こういう光景もおかしいとは思わなくなっていた。

「なんか、レイと付き合って趣味が変わったんだよね。可愛いモノが好きになったと言うか」
 ネットの通販サイトでも女性人気の高い洋服をチェックするようになっていた。レイに似合うかもと思うと同時に、この服が好きだという気持ちが湧いてきた。

「へぇ。それ自体が可愛いな。やっぱりハヤトってネコだよね」
 レイが操作するキャラクターの動きが鈍る。コントローラーから右手を離して俺の左腿に置いたからだ。ジェラピケの上から手の熱を感じる。

「ネコって。どちらかと言うと犬っぽいって言われるけどね」
 左腿に置かれた手に自分の右手を重ねて言った。
「ハハハハ。やっぱりハヤトはネコだよ。教えてあげようか? ネコの意味」
 結局、ゲームの年内クリアはお預けになった。
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