レモンが好きだと言いたくて

蓮見 七月

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将来なんてクソくらえ

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 1月4日は雪が降った。傘に雪が積もって重い。スニーカーが雪を踏むときに音が出る。嫌いな音だ。
「あのネットミーム知ってる? 恋人といる時の雪って特別な気分に浸れて僕は好きです。ってヤツ」
 好きじゃない雪の中、好きな人に訊いてみる。背の高い恋人は左上から白い息と声を出す。
「ネットミーム? おもしろ画像とかのだよね。元ネタは知らないけど、悪くないと思うよ。堂々と言えるのは素敵」
「確かに、テレビの前で言えたら凄いかも。でも今、同じ状況だけどさ。特別だとは思わないんだ」
 
 ロマンチックな言葉に、自分の心はイエスと言ってはいなかった。確かに雪は好きじゃない。服は濡れるし、靴にも水が浸み込んだりする。そして何より寒すぎる。
 でも、こうしてレイの隣で歩いている。向かう先はカラオケ店。一体何が不満なのか。自分でもよく分からない。

「うーん。まぁ雪なんて普通に降るモノだからじゃない?」 
「そうか。普通か」
 そう言われると腑に落ちる。雪だから特別な気分。これは間違いで、好きな人と一緒に居るから特別な気分になるのだろう。
 そして俺はレイの隣にいる事が普通になっているらしい。これでは特別とは感じない。この普通の状態が俺にとっての特別なんだ。

「そうだ。ハヤトのご両親に言うの忘れてたよ。お汁粉。美味しかったって」
 左手の人差し指を立ててそう言うレイ。
 青いロングコートに白いセーター。ジーンズにヒールの付いたショートブーツ。顔は男性のままで今日はメイクをしていない。
 女性的なファッションで、男性的な顔を持ったレイ。この人と手を繋ぐことも普通になっていた。

「あぁ言っておくよ。そう言えばお母さんとお父さん驚いてたな」
「ね。前に会った時は、ぼく女装してたしね。そうじゃない時に行ったから」
「いつか驚かなくなるんだろうな」
 特別が普通に移り変わる。その瞬間を我が家はまだ迎えていない。いつか瀬七家でも学校でも普通になると良いのだけれど。

「逆にレイのお母さんは動じないよな」
「うん。なんて言うか。芯が強いのか、天然なのか。よく分からないよ」
「真顔でさ、病気には気を付けなさいねって。意味深なのか、そのままの意味なのか分からなかったよ」
 
 マスク越しに出る笑い声と白い息。
 車が道路を通ると痛々しい音が出る。雪が潰れる嫌な音。それでも歩きたいと思うのは隣の恋人と待っている友人のためだった。
「着いたよ。大場君たちはもう着いてるかな」
 
 林みたいに連続して建つビル。そのうちの一本。一階にはカラオケ店の看板がある。予約してくれたのはシュンだった。
 スマートフォンを確認すると、シュンがもう部屋に入っていると言っていた。受付の男性に話すとすぐに部屋へと通される。

「二人とも、あけおめ」
 久しぶりに見る前かがみ。青いジーパンと暗めの赤いセーター。年が変わってもシュンは変わらない。

 変わっているのは圭吾の方だ。黒のスキニーに白いタートルネック。黒い髪はワックスで左に流されている。
「あけましておめでとう」
 律儀に立ち上がる圭吾の隣。ミルク色のニット帽を目の前の机に置いて、アオイちゃんが礼儀正しく座っていた。
「おめでとう二人とも。年末年始は楽しんだ?」
 座りながら訊くアオイちゃんの表情は明るい。君は楽しかったのかと訊くまでもない。きっと圭吾と一緒に居たのだろう。

「早く歌おうぜ」
 マイクを一番に取ったのはシュンだった。歌ったのは流行りの曲。少し暗い。たしか小説にインスパイアされた歌だ。シュンは俺たちを信頼しているのだろう。そうでなければ歌えない曲だ。
 歌い終わると拍手が起きる。歌い切った本人はマイクを置かずに言い放つ。

「ちょっと将来の事を話します」 
 シュンが言うと丁度、正面に座っていたアオイちゃんが反応する。
「ど、どうしたの? 改まって」
 シュンはすぐには答えない。沈黙する友達に全員の視線が集中した。

「俺は心理学部に進学します。それで恋愛について研究して、もっともっと女の子と遊びまくる。それが俺の将来の夢です」
 2秒ほど誰も声を出さなかった。最初に訊いたのは一番付き合いの長い圭吾だ。
「不安だったのか? 将来が。俺は馬鹿らしいとは思わない」
 その答えに他の三人は驚いた。シュンだけが素直にうなずいている。圭吾の予想はピッタリ悩みにハマっていたらしい。

「うん。そろそろ将来について聞かれる時期じゃない。俺は本当に女の子と遊びたいんだ。でも正面切って言うのは難しい。だからみんなに宣言しちゃったんだ」
「なるほどな。気持ちは凄く分かるよ」
 俺が応じると全員が頷いた。高校二年生はやたらと将来について訊かれるものだ。17歳で未来を決められるワケが無い。それなのに大人がやたらと訊いてくる。こちらが不安になるだけだ。
 その点シュンは今、大人を超えたのかもしれない。

「次、歌うのは私ね」
 アオイちゃんがすぐにマイクを握りしめた。歌ったのは坂道シリーズの曲。静かな大衆と言う意味のタイトルが付けられた曲。
「私は、大学に進学します。ただ、どこでも良いワケじゃなくて。だ、大学は圭吾と一緒の大学が良い……です」
 アオイちゃんは言い終わるとニット帽で顔を隠した。

「わぉ。圭吾だって」
 口を半開きにしてレイがそう言った。事実上の交際宣言。なんとなく察しは付いていたが、びっくりした。
「それ言われた後は歌えないな。真剣に言おう。俺もアオイと一緒の大学に行くのが今の目標だ。二人は?」
 さらりと言ってマイクをレイと俺の間に向ける。他の三人はこちらを見ている。
 
 レイが細い指でマイクを握って話し出す。
「ぼくは将来の事は決めたくない。まだ知らない事も多いし。ぼんやりと服飾の仕事が良いのかなって思ってるけど、それは先生とか、大人に対する模範解答。今大事なのは……。この人です」
 
 最後の言葉と共にマイクがこちらに向けられる。レイの左手から右手でマイクを受け取った。
「俺は皆ほどハッキリ言えない。でも思っていることを言います。俺もレイと同じで将来が分からない。ただ俺はこの曖昧な状態が悪いとは思わない。皆、将来はどうするのって聞きたがるけど、あんな質問に意味は無いと思う。この状態に名前なんて無いよ。ずっと曖昧に生きていく。それで今、俺が大事なのはやっぱり恋人のレイだ」
 
 声が体から離れた場所から出た気がした。言った感覚はほとんどない。でもみんなの顔を見ると自分が自分らしく意見を言った事がよく分かった。どこか満足げな表情。きっと自分も似た顔をしているに違いない。俺はそっとマイクを机に置いた。

「よかったよ。ハヤトがそう言ってくれて」
 レイが右手を俺の左肩に置いていた。恋人に言われた言葉を再度、自分の中で確認すると全身から力が抜けた。
「あー。スッキリした。めっちゃ大声で歌いたい気分」
 シュンが両腕を上に伸ばしてそう言った。

「よし。歌うか」
 短く圭吾がそう言うと、すぐにアオイちゃんがマイクを渡した。
 それから5人で歌って、飲んで、食べて、笑った。この状態に名前はきっと付けられない。ただこうしたいから、こうしているだけ。
 曖昧な楽しい時間がここにはあった。
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